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悪魔の隣りでお昼寝させて~幼い私があなたをお慕いしていることは誰にも内緒です~  作者: 吉沢月見


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38.ミランの復讐

 私が本を閉じると同時にミランが血相を変えてやって来た。


「ライゾン様?」


 私を一瞥してミランは口を噤む。


「ライゾン様なら書斎よ。今、誰もいないの。お茶を淹れるわね」

 と私は席を立った。


 ミランにだって過去があるのだろう。ライゾン様を慕うということはそれなりに面倒な。


「これであの男を追い詰められる」

 というミランの台詞が台本の言葉のように聞こえる。


「気を抜くなよ。今までやって来たことが無駄になる」


「わかってるわ」


 ドア一枚隔てているだけなのにわかり合う二人と何も知らされない私。疎外感は味わったことある。小さいとき、私だけ盗人集団に入れてもらえなかった。当然、分け前ももらえない。飢えて死んでしまうのではないかと思った。でもこの世界に未練もなかった。今はある。もう少しだけ、あなたのそばにいたい。


「キリーナ、ミランが出かけるからついて行ってやってくれ」


 ライゾン様が呼んでくれて部屋に入ることができた。


「いいわよ」


 ミランは迷惑そうだった。


「事情はわからないけど役に立つわ。知ってるでしょう?」


 私が言うとミランは押し黙った。確かに子どもの私の話は幾度となく正しい証言にはならずとも裏付けにはなった。


「あの人のお酒になにか入れているの見たわ」「女の子の手を引いて店を出て行った」「あの男がナイフを買っていった」


 嘘をつかなさそうなこの顔に生まれてきてよかった。悪いことをしている大人は顔に出てしまうのはなぜなのだろう。ライゾン様は一見いい人。しかし目の奥はいつも冷たい。


 馬車の中でもミランは黙ったままだった。これではうまく動けない。しかも着いたのは娼館だった。


 私たちが到着したときには男が警察に連れてゆかれるところだった。


「あの人が陥れたかった人?」

 私は尋ねた。


「そう。私から全部を奪った。銀行のお偉いさんが立場を利用して私腹を肥やし、それだけのみならず若い女の子を養女にしては弄んでいる」


 ミランがほくそ笑むのを私は見逃さなかった。


「あなたの筋書き通り?」

 私は聞いた。


「最初はギャンブルで儲けさせ、そのあと借金まみれになったところで悪行に手を染めさせた。幼女好きは予想外だったけど女の子をたちが証言もしてくれた。もう彼には積む金も助ける人もいない。一生監獄でしょう。今夜は祝杯ね」


 家族がバラバラになったのが彼のせいなのかもしれないし、大人になってから恋人を死に追いやられたのかもしれない。


 私を送ってくれたミランをライゾン様がもてなす。シャーロットさんも戻っていて、肉を焼いて待っていてくれた。外で飲んでは嬉しさのあまり酔って口を滑らすかもしれない。ミランの今までの苦労を知っているからこそライゾン様はちょっといい葡萄酒を開けた。


「あの男は詐欺罪と収賄罪だけど、そのおかげで息子の結婚は破談になるだろうし、そうなればあのでしゃばりな母親も静かになるでしょうよ」


 ミランはその一家全員を恨んでいるようだ。私は私の家がどうなったのか記憶にない。誰かが生き残っていても感動的な再会をするつもりはないの。私はもう、ライゾン様に生かされている小娘の人生でいい。

「ようございましたね」


 シャーロットさんが蒸した芋を取り分ける。ミランはお酒もそんなに飲んでいないし食事にもほとんど手をつけていない。長年の恨みを達成した夜はそんなものなのかもしれない。


 成し遂げたなら、むしろ明日から腑抜けになってしまわないかしら。私はきれいに髪を結っているミランが好きだわ。


「明日からはどうする?」


 ライゾン様も気にする。


「変わらないわ。今まで通りよ」


 ミランが葡萄酒をくっと飲んだ。ライゾン様に恩があるから仕事を続けるのだろうか。


「よかったわ。ミランがいないとお化粧困るもの」


 私があえて子どものような発言をするとミランが頭を撫でてくれた。


「あいつには娘がいる。今は寄宿舎だが、卒業後はお前の養女にしていじめ抜いては?」


 ライゾン様が皿の上の肉を小さく切りながら言う。


「嫌よ、そんな人と関わりたくもない」


 私だったらライゾン様の言う通りにするだろう。性格が悪いのかしら。気に入らない人の子どもまで嫌いになって当然。


 ミランを見ていると思う。恨みを晴らしてもすっきりはしないのかもしれない。過去が変わるわけじゃないから。

 シャーロットさんは浮かない顔。新しい情報はなかったのだろうか。聞けない。旦那さんの遺体が見つからないほうが彼女の希望のような気もする。見つかってしまったら泣き明かして、悲しむだけ。


「うちは厄介な人間ばかりだな」


 ライゾン様だってそうなのだろう。恨みつらみがあるのでしょう。だから私たちを捨てられない。気にかけてしまう。


「誰のせいかしらね」

 と私が言うと、

「はははっ」

 と珍しく大口を開けて笑った。


「シャーロット、スティーブを呼んで二人も飲んでくれ。酒が終わりそうにない」


「かしこまりました」


 私が早く大人になりたいのはあなたに肩を並べたいからだけじゃないの。こういうとき、私だけジュースが嫌なの。みんなと、飲み明かしたいじゃない。

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