27.適当な女1
ライゾン様のお屋敷の扉はいつだって開いている。つまり、私は逃げることは可能なの。鍵がかかっていても内側からなら開けることは容易い。でも逃げるところなんてない。ライゾン様に捨てられるまでここで身につけられることはぶんどるつもり。まだ一人で生きるには素養が足りなさすぎる。ようやく旬の野菜や果物を覚えつつある。季節の移り変わりは好きだけれど、そろそろ苺が終わってしまう。一人でも生きられるよう知恵をつけねば。あつかましさなんて人からは見えない場合が多い。
コーヒーカップを手にしたままライゾン様が屋敷の外を眺めて微動だにしない。こういうときは厄介な仕事を抱えている証拠。尋ねてみたけれど、今回の依頼ばかりは子どもの私の出番じゃないみたい。
ライゾン様の秘書であるフランクの知り合いから、
「妻に似た女の人を用意してほしい」
という依頼。奥様を亡くしてから、彼女とつまらない話をしていた日々があんなに幸せだったなんてと嘆いているそうだ。
「自業自得ね」
私は言ってしまった。
「そうかな」
ライゾン様はいつでも相手の気持ちを慮る。
「わかりますわ」
と言ったのはシャーロットさんだった。
「年頃もシャーロットくらいを希望なんだ」
ライゾン様がため息をつく。シャーロットさんくらいの年齢の女性で人生を決めていない人は少ない。誰かの妻であり母である人が大半なのだろう。シャーロットさんが普通のメイドなら、
「君が行ってみるかい?」
とライゾン様は言いたいのだろう。シャーロットさんは潔癖だ。この屋敷で働いているのも仕事だから。私のようにライゾン様を慕ってはいない。むしろ私をうまく使っているライゾン様を嫌っているようにさえ感じる。
「私も昨晩、夫の夢を見ました。普通に生きていて普通に話すんです。目が覚めたときの私の寂しさも知らずに」
シャーロットさんが私のティーカップにお茶を注ぐ。
「ありがとう」
こちらからは目を伏せるシャーロットさんにお願いはできない。シャーロットさんは亡くなった旦那さんの話をするだけで今でも涙ぐむから。
「もしも私で役に立てることがあれば仰ってください」
シャーロットさんはそう言って暖炉のある部屋から出て行った。この暖炉を使用する頃、私はまた田舎の別荘に連れてゆかれるのだろう。田舎だって冬は寒いのに。前回は馬車の不具合で免れたのだ。社交界のシーズンしか王都にいない令嬢が多いそうだが、そんなの誰が決めたのかしら。あと何年生きたら私はずっとライゾン様のそばにいられるのだろうか。
それからもライゾン様は依頼主に見合った奴隷を探したが、手持ちの人間にいい人材がおらず、
「奴隷街に行くが、キリーナも見ておくか?」
と私を誘った。
「いいの?」
「ああ。でも絶対に俺から離れるなよ。お前、小さいから人攫いに遭いそうだ」
と言った。
「怖いけど行くわ」
見ておきたかったの。人が売買されるところ。
そこは武具屋の隣りの店。オークション形式ではなく、普通に人が檻の中にいた。きれいな女の人といかつい体の男の人が高い。子どもらは安価。
「40代の女? そんな年増、うちでは扱いませんよ」
ここでも該当するような人物に出会えない。
「小ぎれいで普通の女でいいんだが」
ライゾン様が袖の下の金を見せる。
「普通の女はこんなところにはいませんよ。娼館はどうです?」
赤ら顔の店主は答えた。
「病気持ちでは困るんだ。それにあっちに長けている必要もない。むしろ清楚な女がいい」
会話の後半でライゾン様は私の耳を塞いだけど聞こえてしまった。その意味はぼんやり。
「その辺の女を搔っ攫ったら?」
それは犯罪だ。
ライゾン様は知り合いの娼館に顔を出した。理由を話したが、
「生憎そういう女はいませんね」
とあしらわれる。
「金なら払うぞ」
「うちは若い子しかおりません。年増ならもっと場末の店のほうがよろしいのでは?」
紹介された店に足を運んだが、病んでいるような人しかおらずライゾン様が困っている。私が急に歳を取れたらいいのだけれど。魔女ならできるのかしら。
ライゾン様と外でお茶をするなんて初めてに近い。ごはんだって稀だ。こうしていると周りからは父と娘にしか見えないんだろうな。
「落ちぶれた家の娘さんとかいないのですか?」
私は尋ねた。
「いいうちの令嬢ではプライドが高い」
「なるほど。じゃあ田舎の行き遅れか、もしくは出戻りとか」
「そんなちょうどいい女いないさ」
珍しくライゾン様が気弱。フランクの知り合いということもあって情報を知りすぎているせいかもしれない。客の理想に合わせるあまり、この女のしとけと押し付けられない。
「それをうまく仕立てるのがあなたの仕事でしょう」
私がそう言うとはっとしたかのように頷いた。私はライゾン様と同じホワイトコーヒーが甘くなくて失敗したなと思いながらも飲み干した。




