17.酔っぱらったライゾン様
その晩遅くなってもライゾン様は戻らなかった。翌日、まだ朝焼けの頃にようやく帰宅なされた。微かな音に敏感なのは昔の私のおかげ。いつでも逃げられるように熟睡なんてしなかった。
扉が閉まる音があまりにも大きくてびっくりして私は階下に降りた。
「旦那様、大丈夫ですか?」
スティーブさんがおろおろするほどの酩酊ぶり。
「んんんんー」
廊下に座ってしまって動かないようだ。ライゾン様ったら大きな子どもみたい。
「ライゾン様?」
近づいただけでもお酒臭い。でも寝室に運ばなくては。こんなとこで寝たら風邪をひくし、体のあちこちが痛くなってしまう。
「キリーナか。最初に会ったときはこんなに小さな子どもだったのに」
ライゾン様が手を広げるが、赤子でももう少し大きいですわよ。私の肩に体重をかけてくる。でもスティーブさんはたまにぎっくり腰になるから彼ばかりに頼れない。
「ライゾン様、階段ですよ。ほら、歩いてください」
重い。私まで肩を貸す羽目に。
ベッドに放り投げてしまえば衣服もそこそこに放置。
「やれやれ」
スティーブさんは腰をとんとん。
「もう一人、若い男性でも雇ったら?」
階段を下りながら私は言った。
「仕事柄難しいと坊っちゃんが」
「坊っちゃん? ああ、ライゾン様のことね」
仕事柄、人を見る目があるだろうに。選ぶのだってよりどりみどりではないだろうか。奴隷の中から気の利く人を探すのは難しいのかしら。
違うか。家に入れるということは仕事をするのとは別問題。信用以上に、金でその人が動かないことが重要。ライゾン様の裏家業はネタになるし、金にもなる。絶対に裏切らない人の条件などわからない。
弱みを握られてもその人を消してしまえばいいのではないだろうか。それもまた弱みになる。悪いことは警察がどうにかしてくれる正しい世界をみんな望んでいる。実際は賄賂が横行している。ライゾン様がしていることだって悪いこと。
「キリーナ様、ライゾン様に水を持って行ってくれるか? 今日はシャーロットが休みだから」
「わかったわ、スティーブ」
水飲みと瓶を彼の手から奪う。
ライゾン様の部屋は更にお酒の匂いが強くなっていた。私は少し窓を開けた。
浴びるほどお酒を飲まなければいけない状態だったのかな。うちに来た女の人に一瞬でも心を奪われたりしたのだろうか。彼女が嫁いだり、それに似たようなことがライゾン様の心を一瞬惑わせたのかもしれない。
人の心など知りたくない。見たくない。隠していてほしい。ライゾン様の本心を知ってしまったら生きられないかもしれない。
「キリーナ?」
「ライゾン様、起きた? お水をお持ちしました」
「うっん」
目は開いていない。
「あら、寝言?」
寝言で私の名前を呼んでくださるのね、嬉しいわ。夢を見ているの? 夢の中で私はまだ子どもですか?
ライゾン様の手に触れることに躊躇した。いつからだろう、いつまでだろう。そのごつごつした手でいつまでも私の頭を撫でまわしてほしい、永遠に。私の願いはそれだけなの。そのうちもっと欲しくなるのが人間なのだろうか。
こっそり添い寝することを誰も咎めないで。




