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管理局最強

「はーい、皆さん。ここで局長から特訓合宿のお知らせです」


 パチン、と手を叩いた瞬間、会議室の空気がちょっとだけ引き締まった。


 みんなの視線が一斉にこっちに向く。うんうん、この注目されてる感、嫌いじゃない。


 《嫌いじゃない? 大好きの間違いだろ》


 (うっさい)

 

「これより一週間。――まぁ、ものにできるなら早く終わってもいいんだけどさ」


 私は椅子の背に腰を乗せたまま、指先でひとりを指す。


「乙葉ちゃんに、深化(アビス)または昇化(レイズ)を覚えてもらいます!」


「……へ?」


 乙葉ちゃんの口から、見事な間抜け声が飛び出した。可愛い。隣で珠洲ちゃんがぱちぱち瞬きしてるのもセットで可愛い。


「なので、皆さんにはそのサポートをお願いしまーす」


 両手を広げて全員を見る。また局長がなんか言ってるとでも言いたげな顔だ。


「そしてー魔物の対応は、この! 局長が! 全部やっちゃうから」


 ひとつひとつ言葉に合わせて自分の胸を親指でトントン。


「乙葉ちゃんは、任せたよ」


(決まった)


《ただの奇行にしか見えてねぇぞ》


(そんな事ないもん!)

 

 誇が立ちあがりながら声を上げる。


「局長、それは――」


「はいはい。危ないから反対って言うでしょ? ノンノン」


 指を左右に振って遮る。


「どのみちオリジンシンが動き出してる以上、暴食の半魔である乙葉ちゃんが、今のままってわけにはいかないからね。どうせやるなら、ちゃんと時間取って一気にやった方が効率がいいわけよ」


「理屈は分かりますが」


 根倉きゅんが眉間を押さえる。その顔に、ちょっとだけ笑いそうになる。


《根倉がいつも面倒ごと押し付けられてて笑う》


(ねー。可哀想)


《仕掛けてる本人が言うとか、根倉が哀れ過ぎる》

 

「魔物の対応は全部自分でやるという前提が、既に理屈から外れてるんですよねぇ……」


「そこはほら。私強いし? このくらいなら余裕余裕」


 実際、余裕だ。


 時間逆行前に比べれば、笑っちゃうくらい。


「というわけで。特訓期間中、乙葉ちゃんは通常任務は免除。授業と訓練と食事と睡眠以外、全部特訓にぶっこみます」


 乙葉ちゃんの肩がびくっと揺れて、膝の上で手をぎゅっと握るのが見えた。


《それだと、任務ない以外普段と変わらんくね?》


(え? まぁ細かいことはいいんだよ)


「あと、細かいスケジュールとか指導担当の割り振りは、根倉きゅんに丸投げするので、よろしくね!」


「丸投げって言っちゃったよこの人」


 根倉きゅんのため息が聞こえたところで、いい感じに締め。


「では解散でーす!」


 くるっと踵を返して、会議室を出る。


「あ、局長」


 いろはが何か言いかけたけど、私は振り向かずに片手だけひらひらと振った。


「大丈夫。ちゃんと無理ぜずやるから。ね、乙葉ちゃん」


 最後だけ振り返って、乙葉ちゃんにウインク。反応に困ってあたふたしてる。可愛い。


 ドアが閉まって、廊下の静けさが戻る。


(そこはさ、照れて赤面でもして欲しかったなぁ)


《フラグ折れてるのをお忘れか?》


(皆まで言うな、私の身が持たぬ)


 私は人気のない曲がり角まで歩いてから、天井を見上げる。


 気を逸らすかのようにポン吉が話題を変える。


《ってか、ぶっちゃけチョロだよなー》


(それな過ぎる。前の世界じゃ深度1が毎日十数体、深度2も珍しくない。終盤は深度3の集団も出てきたし)


《それに比べたら、深度2単体が毎日来たところでなぁ》


(まぁいつオリジンシン仕掛けてくるかわからんから、省エネで戦うにしても余裕過ぎるな)


《この頻度、アイツらの成長にも丁度良いよな》


(それそれ。私が同行すれば事故はないけど、それなりの経験詰めるから。この状況に持ってきた私有能すぎね?)


《自分で言っちゃうあたりなって言いたいところだけど、これに関しては比較対象が酷すぎる分よくやったとしか言いようがない》


(やけに素直に誉めるじゃーん)


《うっせ。っと、お客様がおいでなさったぞ?》


 同時に、腰の端末が震えた。


 魔物発生アラート。


 私は端末を取り出して、位置情報を確認する。


「……郊外の山間部。深度……3?」


 思わず声が漏れる。


 深度3。久々の数字だ。


(やれやれ。特訓一日目から、なかなかのご挨拶じゃん)


《どうする? 応援呼ぶか?》


(全員、乙葉ちゃんの特訓で使うって言っちゃったしねーってか、原罪魔群(オリジンシン)でもない深度3単体なんて1人でも余裕すぎる)


 画面をスクロールしながら、現在位置と周辺状況を確認する。


 人里からは少し離れている。避難指示ももう出てる。被害はまだ少ない。


(ここは、局長さんが格の違いを見せちゃうターンでしょ)


《出た、イキリスバル丸》


(いやいや、実際チョロいって)


 前の世界で、私たちを何度も地獄に叩き落とした数字。


 でも今の私にとっては――本気を出すまでもない、はずの相手だ。


(行くよ、ポン吉)


《おう、少しは楽しませてくれればいいな》


(それイキリキャラの負けフラグじゃん)



 

 現場は、都心から少し離れた山間部の工業団地だった。


 工場の煙突がいくつも伸びていて、その一本が途中から折れている。コンクリートの地面には、巨大な何かが踏みつけたような跡が残っていた。


 遠巻きに、警察と消防の車両が止まっている。一般人は、もう避難済みだ。


 空気が重い。


 圧力と熱と、何より――自分以外全て下等という、鼻につく気配。


《傲慢だな》


(だね)


 少し歩くと、見えてきた。


 壊れた工場の屋根の上。夕焼けを背に、一体の影が立っている。


 全身を覆う黒い鱗。背中から生えた巨大な翼。こめかみから伸びる二本の角。


 爬虫類と人間を混ぜて、王様の衣装を着せたようなシルエット。


 それが、私のほうを見下ろして笑った。


「女が、ひとりか」


 声は低く響いて、耳の奥を震わせる。


「退屈していたところだ。丁度いい。おもちゃにしてやろう」


(うん、やっぱり深度3。単体。舐め腐ってるな)


《楽できて良かったな》


(おもちゃとか卑猥すぎ)


 私は肩を回しながら、視線を合わせた。


「こんにちはー。管理局の者でーす。今日の担当窓口は私、局長の鏡昴でーす」


 魔物は、鼻で笑った。


「局長? 人間の肩書きなど、ここでは意味を持たん」


 ドラゴンの瞳が、細く細く笑う。

 翼をはためかせると、風圧が地面を抉る。


「では、手始めにお前から踏み潰してやろう」


「こわー。とかげしゃん私と遊んでー」


(さて。変身なしでどこまでいけるか、試してみよっか)


《ほどほどにな。油断してうっかり死なれたら、オレも洒落にならん》


(その時はポン吉も一緒に消えるから寂しくないよ)


《だからだよ!》


 私は一歩、前に出た。


「じゃ、やろっか。反射(リフレクト)


 指先ひとつ動かすだけで、透明な壁が展開される。


 傲慢のドラゴン――深度3の魔物が、咆哮とともに飛び降りてきた。


 頭上から、巨大な爪が振り下ろされる。


 リフレクトの壁に、火花のような衝撃が散った。工場の屋根が、その余波だけで粉々に砕ける。


 なんとか防げてるが――問題は、そのたびに地形が崩壊していくことだけ。


《ほどほどに受けるだの試すだの言ってる場合かこれ》


(だって、せっかくの深度3だよ? 身体のキレくらい確認したいじゃん)


 私は、ドラゴンの爪が滑り込んだ瞬間を狙って、壁の角度を変える。


虚な複製品(ホロウレプリカ)


 空間に、一本の剣が生成される。真っ白な、虚構の剣。


 それを、ドラゴンの手首めがけて叩き込む。


 鱗にヒビが入り、血が飛び散った。


 けれど、致命傷にはほど遠い。


「小癪な」


 ドラゴンが翼をはためかせる。


 瞬間、視界すべてが炎に染まった。


 炎の壁。炎の槍。炎の雨。


 私は、その全部を三角状に展開した(リフレクト)で受け流していく。


 リフレクトの壁は必要最低限。虚な複製品(ホロウレプリカ)で作った足場を、空中に点々と浮かべながら、その上を駆ける。


 地面に炎を落とさせないように。


 工場の建物を崩し過ぎないように。


 ――正直、めんどくさい。


(いやぁ、やっぱ深度3になると、ちゃんと考えて動かないとダメだねぇ)


《前の世界でこいつらとやり合ってた時は、そんなこと言ってる余裕なかったけどな》


(あの時は、こっちの戦力がギリギリすぎたんだよ。それに周りに生存者なんていなかったし)


 でも、今は違う。


 私は、いったん大きく距離を取る。


 工場の屋根に着地して、息を整える。


「どうした。逃げ回るだけか、女ぁ」


 ドラゴンが嘲笑う。


「その程度の力で、何を守るつもりだ?」


「うん。そういうの、強者が言うセリフだけどさ。君が言うと滑稽にしか聞こえないんだよね。ただのトカゲがさぁ」


 私は、小さく笑う。


「なんだとォ!?」

 

(さて。そろそろ、遊び時間は終わりでいいかな)


《だな。あんまり長引かせると、避難完了したはずの範囲にまた誰か入ってくるかもしれん》


(はいはい。じゃあ――)


 私は、力の一端を解放する。


欲望解放(デザイアリリース)


 視界が、光に包まれた。


 制服の感触が消えていく。代わりに、身体を包むのは、よく知った重み。


 タキシードをベースにしたドレス。ウエストを絞ったシルエット。膝下まで伸びるタイトなスカートと、足元のヒール。


 頭上から、ふわりと何かが降りてくる。


 ポン吉の姿が、光の粒になって分解され、私の顔に貼り付く。


 雌狸を模した仮面。上品で、ちょっとだけ悪戯っぽい、私の相棒の顔。


 仮面の下で、唇だけが外気に触れる。


 髪が長く伸びて、腰まで届く。視界の端を黒が揺れた。


 そして――。


(うん、私ってば美し過ぎる)


 私は、自分の腕を握ってみる。


 中身が、生身じゃない感覚。空っぽなようで、ちゃんと力が通う。


 虚飾の四肢。

 変身後なら――いくらでも調整がきく。


「腕力マシマシ、脚力スピード特化っと」


《普通ならぶっとくなって、どちらか片方しか無理なのにな》


(ふふふ、虚構の手足だからね。好きに調整できるんだよねん)


 私は屋根を蹴った。


 さっきまでと段違いの加速で、視界が一瞬で塗り替わる。


 ドラゴンの目の前まで、一息。


 私の姿が消えたように見えたはずだ。


「な――」


 驚愕の声が出る前に、私はドラゴンの顔面に拳を叩き込んでいた。


 強化済みの腕。さっきまでの数倍、どころじゃない。


 鱗が砕け、空気が悲鳴を上げる。


 ドラゴンの巨体が、山の斜面を転がり落ち、何本もの木をなぎ倒していった。


《圧倒的じゃないか我が昴は》


(そうだろそうだろ。格の違いってやつを見せてあげようではないか)


 私はドラゴンを追いかけて、空中に(リフレクト)を展開し足場として並べる。


 跳ぶ。さらに跳ぶ。


 地面に叩きつけられる前に、ドラゴンの腹に回り込んで、もう一撃。


「っ……!」


 呻き声が洩れる。


 深度3らしく、まだまだ余力はありそうだ。


 翼を広げて、私を払いのける。炎のブレスが近距離から吐かれた。


「近い近い」


 私は片手を上げる。


反射(リフレクト)


 半球状に展開した透明な壁が、炎を受け止める。


 

(やっぱり、深度3ってのはそれなりにやるよね)


《逆行前もこんだけ余裕ならよかったのにな》


(それは言ったらダメなやつ)


 私は、空中に無数の武器を生成する。


虚の武器庫(ホロウアーマリー)


 指を鳴らすと同時に、武器達が一斉に飛び出した。


 ドラゴンの周りを回るように、鱗の隙間だけを狙って突き刺さる。


 悲鳴が、山に響いた。


 それでも、まだ立ち上がる。


 さすがは傲慢だ。


「人間風情が……その力いつまで持つんだ?」


 ドラゴンが、唸るように笑う。


「正直これだけならいつまでも?」


 私は肩をすくめる。ぶっちゃけ私にも私の底が見えない。


(ああ、美し過ぎる上に強過ぎるなんて……)


《頭が残念過ぎるから、バランス取れてるな》


 仮面の下で笑ってみせる。


「まあ、もっとヤバいの何回も相手したから。正直、君のこと練習相手ぐらいにしか思えないんだよねぇ」


 そして、私は拳を構えた。


「正面から殴り合い、続けようか。そっちが負けを認めるまで」


 傲慢の撃破条件は、力でねじ伏せること。ただそれだけ。


 ドラゴンは、唇を歪めて笑った。


「望むところだ、人間」


 そこからは、ただの殴り合いだった。


 炎と拳と爪と、虚構の盾と剣。


 地形が抉れ、木々が倒れ、岩が砕ける。


 でも結界の外には、一切影響が漏れない。


 私の手足は、折れる寸前で形を変え、傷つく前に再構築する。


 ドラゴンの体は、何度もダメージを負いながら、それでも立ち上がる。


 何発目の拳だったか、もう数えていない。


 ついに、ドラゴンが片膝をついた。


 肩で息をしながら、私を睨み上げる。


「……馬鹿な」


 血の混じった唾を吐き捨てる。


「この俺が……人間ごときに、ここまで――」


「人間ごときじゃないよ。天才最強美少女昴ちゃんだよ」


 私は、その額に手を当てた。


「認めなよ。負けは、負け」


 しばらくの沈黙。


 やがて、ドラゴンはかすかに笑った。

 

「いいだろう。お前の勝ちだ、人間」


 その瞬間、ドラゴンの身体にヒビが入る。


 光とともに、鱗が剥がれ、角が砕け、翼が砂になって風に散った。


 残ったのは、ただの黒い核。


 それも、やがて霧のように消えていった。


 私のタキシードドレスも空間に溶けていき、いつもの制服に戻る。


 ポン吉が、肩の上にふよふよと出てきた。


《……はい、おつかれさん》


(ん)


 私は山の斜面に腰を下ろした。少し息が上がっている。


 深度3を単独で処理して、この程度で済むなら上出来か。


「私が出ててよかった」


 つい、口に出た。


《お》


(おじ二人は除外したとしてさ。他のメンバーには、ちょっと大変だったかもね)


 竜司と根倉きゅんなら、何とかできたかもしれない。でも、その場合は被害もそれなりに出ていたはずだ。


 誇や烈志たちには、無傷での討伐は不可能だろう。


 だから、やっぱり私が出るしかない。


《そういう意味じゃ、役割分担としては良かったな》


(でしょ)


 空を見上げる。


 夕焼けが、少しずつ群青に変わっていくところだった。


(……まぁ、この程度は働かないとね)


《普段珠洲と乙葉きゃわわって言ってるだけだしな》


(ちゃんと他のこともしてるもん!)


 私は仰向けになって、空に手を伸ばした。


 指先が、何も掴めずに空を切る。


(本当に乙葉ちゃんと珠洲ちゃんのフラグ折れてるのかな?)


《んー。珠洲のあれは完全に母ちゃん大好きのそれじゃん? 乙葉のは普通に尊敬はしてるけど、恋愛としては見れんだろう。70オーバーのババアとは》


(だよね、去年までは普通の世界で生きてきて、いきなり70オーバーの美少女ロリババアがいる世界に来たんだもん。価値観ってそうすぐに変わらないよね)



(珠洲ちゃんに今の昴は、きらいって言われちゃったしね)


《言葉どおりの意味じゃないのは分かってるくせに》


(分かってるよー?)


 だけど、あの瞬間、自分の中の何かがぽきっと音を立てたのも事実だ。


(でも、頑張ってる私のこと認めて欲しかったなぁって思うのはわがままかなぁ?)


《70オーバーのババアが、ガキみたいなこと抜かすんじゃねぇよ》


(体はぴちぴちの16歳だもん!)


 遠くで、サイレンの音が小さくなっていく。


 私は一度だけ深呼吸して、立ち上がった。


「さて。乙葉ちゃんの特訓、どこまで進んでるかなー」


《お前、手足無くなってかえって良かったな》


(だねー。今頃怪我しまくりでやばかったかも)


 私は制服の裾を払って、歩き出した。


前世界線の最強さんよりもっと強いぞ

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