恋愛脳の半魔たち
今日は2041年の春。窓の外には桜が咲き誇り、新しい季節の始まりを告げている。
私は管理局の局長室で、今年のスケジュールを確認していた。デスクの上には半魔候補者たちのファイルが並んでいる。一人ひとりの過去、そして未来を知っている私にとって、この作業は特別な意味を持つ。
(えーと、2041年だから、今年に加入するのは……)
《いろは、誇、依里だな》
(そうだった。ありがとう)
私は、壁にかかったカレンダーを見る。赤いペンで印がつけられた日付が、いくつか並んでいる。それぞれが、誰かの人生が変わる日だ。
(ってか、私、昴ぴちぴちの64歳!)
《ぴちぴちって。お前、見た目16のままだろ》
(でも64歳だよ? すごくない?)
《すごいの意味がわからんけどな。お前の場合、中身も16のままだからな》
(ひどい。毛むしってやる)
《お前のが酷いぞそれ!?》
私は、ため息をつきながら笑う。ポン吉との掛け合いは、何十年経っても変わらない。この変わらなさが、時々救いになる。
そして、三人の資料を開く。一番上にあるのは、艶見いろはのファイル。写真には、まだ少女の面影が残る彼女が写っている。
(いろはさんは、ビッチ化して女とやりまくって虚しくて色欲へ)
《言い方よ》
(え? 間違ってないでしょ?)
《間違ってないけど、言い方!》
(細かいなぁ)
私は、次の資料を手に取る。高城誇。十二歳の少年の写真。まだ幼さが残るが、すでに凛々しい顔立ちをしている。
(誇さんは、一家離散したけど、自分だけでも依里ちゃんを守り抜くって言う、子供ながらに傲慢な考えから半魔に)
《起源がもうシスコンだもんな》
(シスコン貫く人生……全然かっこよくねぇわ)
《かっこよくしようとしたけど無理だったな》
最後のファイルを開く。高城依里。六歳の少女。ツインテールの髪が可愛らしい。
(依里ちゃんは、テレビで兄妹は結婚できないって知って絶望して憂鬱へ)
《六歳で、想い人と添い遂げられないって知って絶望するって、一体……》
(マセガキってこういう人のこと言うんだね)
《今日はやけに口が悪いな》
(この三人は、恋愛脳で半魔化した人らで、未来で結ばれる人に出会ってるからね)
《それは……》
(だから羨ましい)
私の声が、少しだけ沈む。ポン吉が、何も言わない。
静寂が、部屋を包む。
窓の外では、桜の花びらが舞っている。
私は、資料を閉じる。
(もうさ、高城兄妹はさ、半魔で人間じゃないし、くっ付ければいいよね)
《倫理観どこやったよ》
(えー、やり直す前だってエッチしてたし、もういいじゃん)
《言い方! 俺以外には気をつけろよ、ほんと》
(当たり前じゃん? ポン吉にしかしないって。特別な相棒だもん)
《お、おう》
私は、いひひと笑う。楽しくなると、自然と笑いが出るようになった。
(でもさ、二人は本当に愛し合っていたんだよ?)
《それはわかってる》
(だったら、いいじゃん)
《……まあ、半魔に関してはお前が絶対的な権限あるからな》
(うん)
私は、立ち上がる。椅子がきしむ音が、静かな部屋に響く。
(んで、明日、いろはさん半魔化するから迎えに行くけどさぁ)
《ああ》
(私が行ったら、絶対惚れるじゃん?)
《すげぇ自信だけど、否定できねぇ》
(でしょ?)
《お前、ほんと自己評価高いな》
(だって本当のことだもん)
《……見た目は最高に可愛いからな》
(だから、根倉きゅんに行ってもらって、射止めてもらおう)
《射止めてもらう?》
(そう。根倉きゅんなら、いろはさんを惹きつけられるでしょ)
《お前、根倉のこと買いすぎだろ》
(だって、未来でもいろはさん惚れてたじゃん?)
《まあ、そうだけど》
(でしょ?)
私は、窓の外を見る。桜が綺麗だ。新しい命が、また生まれる。それが、春というものだ。
翌日、根倉きゅんがいろはを連れてきた。
会議室のドアが開き、二人が入ってくる。いろはは、長い茶髪に色白の肌。グラマラスな体型で、オフショルダーのワンピースを着ている。まさに、色欲の半魔という感じだ。でも、その目には深い悲しみが宿っている。
「いろはさん、よろしくね」
私は、笑顔で迎える。作り笑いじゃない。本当に、嬉しいんだ。
「こちらこそ」
いろはが、笑う。その笑顔は、どこか寂しそうだった。きっと、まだ心の傷が癒えていないんだろう。
「ここでの面倒は、根倉きゅんが見てくれるから、思いっきり甘えていいよ」
「根倉きゅん……?」
いろはが、根倉を見る。興味深そうな目だ。
「おじの魅力に気づいちゃうかもね」
「局長、三十七になってきゅんは、やめてくださいよー」
根倉が、顔を赤くする。面白い。
「えー、でも、恋人も全部失った直後に私に惚れちゃった根倉きゅんだしなぁ」
「ちょ、それ、ほんとにやめてください」
根倉が、慌てる。いろはが、クスクスと笑う。良い雰囲気だ。
「えー? 今は好きじゃないの?」
「素敵な人だとは思ってますけど、自分には勿体なさすぎます」
「そっかぁ。まあ、私、男とか無理だしね」
「……え?」
いろはが、驚いた顔をする。その目が、少しだけ輝いた気がした。
「まぁ、いろはさんはそうでもなさそうだけど、ね」
私は、ウインクする。いろはの頬が、少し赤くなる。
「こんな感じでゆるいところだから、気負わずやってね」
「は、はい」
「なんでも根倉きゅんが助けてくれるから」
「よろしくお願いします」
いろはが、根倉に頭を下げる。根倉が、優しく笑う。その笑顔は、本当に優しい。
「こちらこそ」
(うん、いい感じ)
《お前、ほんとに世話焼きだな》
(だって、二人お似合いだもん)
《強制はしてないしなぁ》
私は、満足そうに頷いた。二人の未来が、少しずつ形になっていく。
数日後、私は高城兄妹を迎えに行くことになった。
車を運転しながら、ポン吉に話しかける。春の陽気が気持ちいい。
(ぶっちゃけさー、子供の時の誇さんとか想像できんし、どういうスタンスでいけばいいん?)
《もうさ、依里と誇に結婚したい? させてあげるよとか言えばいいんじゃね》
(それだ!)
《はあ? 冗談で言ったんだが》
(完璧だよ、ポン吉。二人はもう魂レベルで好き合ってんだから、それで良いんだよ!)
《お前、ほんとに倫理観どうなってんだよ》
(いいじゃん、二人とも幸せになるんだから)
《もうさ、仲間になるならなんでも良いとか思ってね?》
(ちょっとね)
私は、車を停める。目の前には、古いアパートがあった。外壁は剥がれ、階段は錆びている。ここに、高城兄妹が住んでいる。
(さあ、行くか)
《ああ》
私は、車を降りる。アパートの階段を上る。一段一段が、きしむ音を立てる。
そして、ドアをノックする。
「はい」
中から、少年の声が聞こえた。警戒しているのがわかる。
ドアが、ゆっくりと開く。そこには、十二歳くらいの少年が立っていた。黒髪の短髪。切れ長の目。すでに、凛々しい顔立ちをしている。でも、その目には疲れが見える。
「高城誇くん?」
「……はい。そうですが?」
少年が、警戒した目で私を見る。知らない大人に対する、当然の反応だ。
「私、鏡昴と申します。八罪管理局という組織の者です」
「……何の用ですか?」
少年の声は、年齢に似合わず低い。
「君と、妹さんを迎えに来ました」
「妹を?」
少年の目が、一瞬で鋭くなる。妹を守ろうとする意志が、そこにある。
「妹に何かあったんですか?」
「いえ、大丈夫です。ただ――」
私は、笑う。できるだけ優しく。
「君たち、大きくなったら結婚したいでしょ?」
「……は?」
少年が、呆然とする。予想外の質問だったんだろう。
「結婚。君と、依里ちゃん」
「……何を言ってるんですか」
「だって、君たち、お互いのこと好きでしょ?」
「……」
少年が、黙る。その沈黙が、全てを物語っていた。否定しない。できない。
「いいんだよ、隠さなくて」
私は、優しく言う。この子たちを、責めるつもりはない。
「君たちは、半魔だから」
「半魔……?」
「人間じゃないの。だから、人間の法律に縛られる必要はない」
「……」
「結婚できるよ。ってかさせてあげる。私がそうする」
少年の目が見開かれる。
「本当……ですか?」
「本当」
私は、頷く。嘘じゃない。絶対に、この約束は守る。
「だから、来て。私たちの組織に」
「……」
少年が、部屋の奥を見る。
「依里、出てきて」
奥から、小さな女の子が出てきた。六歳くらい。黒髪のツインテール。可愛らしい顔立ちだ。でも、その目には不安が宿っている。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫だ」
少年が、女の子の手を握る。その手は、震えていない。
「この人は、俺たちを助けてくれる」
「……本当?」
「本当だ」
少年が、私を見る。その目は、決意に満ちている。
「お願いします。俺と依里を、連れて行ってください」
「もちろん」
私は、笑った。心から、嬉しかった。
「二人とも、歓迎するよ」
(よし、成功)
《お前、ほんとに……》
(いいじゃん、二人とも幸せになるんだから)
《もはや悪魔だな》
私は、二人を車に乗せた。二人は、小さな荷物だけを持っていた。それが、全財産なんだろう。
そして、管理局へ向かう。車の中で、二人はずっと手を繋いでいた。




