本音
私は管理局の屋上に立っていた。
風が、髪を揺らす。
空は、青い。
でも、私の心は――少しだけ、曇っていた。
(ねえ、ポン吉いま2044年だよね)
《ん、そうだけどどうした?》
(そうするとさ、この時代の私って今10歳だよね)
《ああ、そうだな》
(半魔に、なってるのかな)
《……どうだろうな。お前の時と同じなら半魔になってるだろうけど》
私は、空を見上げる。
雲が、ゆっくりと流れていく。
(確認したい)
《確認?》
(遠巻きに見れば分かるよね? 多分、向こうのポン吉もいるだろうし)
《……お前、大丈夫か?》
(大丈夫だよ)
私は、笑う。
(ただ、気になるだけ)
《何かが違って、半魔になってない可能性もあるぞ》
(そっか)
私は、呟く。
(でも、そうだったら良いなぁ)
《ったく。んじゃ、明日にでも確認だけしに行くか。確認だけだぞ?》
(ありがと! ポン吉)
翌日、私は車で住んでいたアパートに向かった。
住所は、覚えている。
何十年経っても、忘れるはずがない。
車を停めて、少し離れたところからアパートを見る。
変わっていない。
そして――。
「パパ、早く早く!」
駐車場で女の子が飛び出してきた。
黒髪のロング。
明るい笑顔。
それは――私だった。
10歳の、私。
「はいはい、待って」
その後から、男性が出てくる。
父だ。
私の、父。
(……生きてる)
《おい、大丈夫か?》
(生きてる……父さんが、生きてる)
《……ああ、そうだな》
父は、笑顔で私の頭を撫でている。
10歳の私は、嬉しそうに笑っている。
その光景が、眩しかった。
(もしかしたら)
私は、思う。
(魔物被害で死んでしまっていたのかもしれない)
《そうかもしれないな。だとしたら》
(私が、それを未然に防げていたのかもしれない)
《お前のやってきたことが無駄じゃなかった証明が出来たな》
(私、知らないうちに自分を救ってたんだ)
少し複雑で、でも少し嬉しかった。
その時、二人の会話が聞こえてきた。
「パパ、今日はどこ行くの?」
「秘密。でも、すっごく楽しいところだよ」
「やったー!」
10歳の私が、跳ねる。
「ママは?」
「ママは、家でゆっくりしてもらうんだ」
「そっか」
「だから、昴は思いっきり楽しんで、お土産話聞かせてあげないとね」
「うん!」
二人は、車に乗り込んだ。
そして、走り去っていく。
(お父さんは、家族思いの人だったんだ)
私は、呟く。
(私、お父さんの記憶は6歳までしかないから、ほとんど覚えていなかった)
《娘には楽しみを。妻には休息を》
(父親の理想だね)
素敵な人だったんだ。私の、父は。
そして――。
(母さんに、会いたい)
《おい》
(今日明日は、父さんと私もいないみたいだし)
《会ってどうするんだよ》
(わかんない)
私は、正直に答える。
(でも、会いたい)
《未来のお前じゃ見て、わかるはずないんだぞ》
(わかってる)
私は、歩き出す。
(でも、会いたいんだ)
《ほんと我儘なお姫さんだこと》
なんだかんだ言っても、ポン吉は許してくれる。
気づけば、アパートの部屋の前に立っていた。インターホンを押すか迷う。
(どうしよう)
《迷うくらいならやめとけって》
(でも……)
《あーもう好きにしろよ!》
その時――。
扉が、開いた。
「あれ、どちらさ……」
母が、立っていた。
そして――。
「……昴?」
母が、私の名前を呼んだ。
「ごめんなさいね、そんなはずないのに」
母が、笑う。
「なんだか、成長した昴に見えて」
(え……?)
私は、固まる。
(なんで……)
「……かったの」
私の声が、震える。
「え?」
「なんでわかったの」
「どういうこと?」
「私が未来の昴だって、なんでわかるの」
涙が、溢れ出る。
「会わないって、帰ろうって思ったのに」
母が、驚いた顔をする。
でも、すぐに優しい顔になった。
「よくわからないけど」
母が、私の手を取る。
「あなたが昴なら、お家に入りなさい。ゆっくり話聞かせてちょうだい」
その言葉に、私は泣き崩れた。
リビングで、私は母に全てを話した。
紅茶を淹れてくれた母は、黙って聞いてくれている。
「今の昴と違って、私は6歳で半魔になったの」
「……半魔?」
「人間と魔物の、中間みたいな存在」
母が、頷く。
「お母さんと、うまくいかなくて」
私の声が、震える。
「話が、できなかったの」
「……」
「16歳の時、お母さんが魔物になったの」
母の目が、少し悲しそうになる。
「でも、仲間ができた」
私は、続ける。
「世界一大事な人が、できた」
「……そう」
「でも、全員死んじゃった」
涙が、また溢れる。
「なんとかするために、過去に戻ったの」
「今よりもずっと昔」
「半世紀、頑張ってきた」
私の手が、震える。
「でも、また同じことを繰り返してしまったらって、不安なの、怖いの」
「……」
「大好きなあの子に再会して、また好きになってもらえなかったらって」
私は、顔を覆う。
「なんとか取り繕ってるけど、人の上に立つなんて私向いてない」
「……」
「もう全部投げ出して、やめたくなる」
私の声が、かすれる。
「でも、そうしたら乙葉に会えないから」
「乙葉……?」
「逃げられないの」
私は、泣き続けた。
母が、私を抱きしめてくれた。
「よく頑張ったね」
その言葉に、私は声を上げて泣いた。
「よく、頑張ったね」
母が、私の頭を撫でる。
「辛かったね」
「……うん」
「苦しかったね」
「……うん」
「でも、よく頑張った」
母が、優しく言う。
「あなたは、偉いよ」
その言葉に、私は涙が止まらなくなった。
何十年も、誰にも言えなかった。
何十年も、一人で抱えてきた。
でも――。
母は、全部受け止めてくれた。
「ありがとう」
私は、呟く。
「ありがとう、お母さん」
「こちらこそ」
母が、笑う。
「話してくれて、ありがとう」
私は、母の胸で泣き続けた。
子供のように。
しばらくして、私は落ち着いた。
母が、また紅茶を淹れてくれる。
「ねえ、昴」
「……うん」
「その乙葉ちゃんって子、どんな子なの?」
母が、優しく聞く。
私は、少し笑う。
「すごく可愛いの」
「そうなの?」
「うん。ふわふわで、ぽやぽやで」
私は、乙葉のことを思い出す。
「いつも笑ってて、優しくて」
「……」
「でも、寂しがり屋で」
私は、続ける。
「一人でいるのが、嫌いなの」
「そっか」
「だから、いつも一緒にいたかった」
私の目から、また涙が溢れる。
「でも、守れなかった」
「……」
「私のせいで、死んじゃった」
「昴……」
「だから、今度こそ」
私は、拳を握りしめる。
「今度こそ、守りたいの」
「……そう」
母が、私の手を握る。
「なら、頑張りなさい」
「……え?」
「あなたなら、できるよ」
母が、笑う。
「だって、もう半世紀も頑張ってきたんでしょ?」
「……うん」
「なら、あと少しだけ頑張りなさい」
母が、私の頭を撫でる。
「その子に会うまで」
「……」
「そして、幸せになりなさい」
その言葉に、私は涙が溢れた。
「……ありがとう」
「頑張ってね」
「……うん」
私は、頷いた。
そして――立ち上がった。
「もう、帰らないと」
「そう」
母が、玄関まで送ってくれる。
「また、来ていいかな」
「いつでも」
母が、笑う。
「いつでも、待ってるから」
「……ありがとう」
私は、母を抱きしめた。
そして――家を後にした。
車の中で、私はポン吉に話しかける。
(ねえ、ポン吉)
《ん?》
(ありがとう)
《オレは、反対してただけだぞ》
(でもいつも最後は背中押してくれるじゃん)
《……それがお前の決めたことなら協力するしかねぇだろ》
ポン吉は、いつもそうだ。
《オレはお前のなんだ? 相棒様だぜ?》
(ふふ、そうだね。最強無双の相棒様だもんね)
《おう、頼むぜ最高無敵天才美少女》
(もう67歳の美少女だけどね)
私は、前を向く。
道路が、まっすぐ続いている。
《ロリでは無いから、ロリババァでは無いよなぁ》
(16はロリでも良いんじゃ無い?)
《んじゃ最高無敵天才美少女ロリババァだな》
(なんかめっちゃ強そうで、物語終盤で仲間庇って死にそう)
《お前は死なない。オレが守るから》
(アウトじゃねそれ)
《んま、最強コンビは負けねぇから大丈夫だ》




