ある半魔の記憶3
紅蓮寺灯は、自分の部屋で天井を見つめていた。
夜の静寂が、部屋を包んでいる。でも、灯の心は静かじゃなかった。
いつも、何かが燃えている。
破壊したい。
壊したい。
その衝動が、いつも灯を苛んでいた。
あたしは、どうしたら良いんだろう
灯は、自分に問いかける。答えは、出ない。
どうしようもないこの破壊欲求を、日々抑圧して良い子ちゃんで過ごしている。
この衝動は、保育園の時からあった。
小学校でも。
中学の今でも。
これから受験する高校でも、きっと変わらないだろう。
灯は、優等生だった。
勉強は完璧。テストはいつも満点。
スポーツも万能。陸上でも、バスケでも、何でもできた。
だから、この粗暴な話し方や格好も許されている。
周りは、個性的な天才として灯を見ていた。
でも、本当は違う。
破壊欲求を誤魔化すために、勉強やスポーツに打ち込んでいるだけだ。
過激なファッションを試しているのも、自分の中の暴力性を外に出すためだ。
もちろん、両親には何も言えない。
灯の両親は、素晴らしい人たちだった。
優しくて、温かくて、灯を心から愛してくれている。
こんな口の悪い、柄の悪いヤンキーみたいな娘を、可愛くて良い子って愛してくれる。
灯も、両親が大好きだった。
だけど――どうしようもないんだ。
人を見ると、殺したくなる。
物を見ると、壊したくなる。
そんな自分が、嫌いで嫌いで許せない。
いつも、自分に怒っていた。
自分が、化け物みたいに思えた。
ある日、灯は学校でいじめの現場を見つけてしまった。
放課後の体育館の裏、男子が数人で一人のひ弱な男子を囲んでボコボコにしているところだった。
「金を出せよ」
「出さないと、もっと痛い目に遭わせるぞ」
男子たちが、笑いながら殴っている。
ひ弱な男子は、泣いていた。
普通なら、可哀想と思うだろう。
普通なら、怖いと思うだろう。
でも、灯は違った――ずるい。
そう思ってしまった。
私もやりたかったのに。
その瞬間、灯は自分に腹が立った。
恥ずかしく思ったのと同時に、激しい怒りが湧いてきた。
チャンスじゃないか?
灯の頭に、悪魔のささやきが聞こえた。
あのいじめっ子たちなら、壊して良いんじゃないか?
そう思ってしまった。
自分への怒りなのか、できないことをやっているいじめっ子に対しての怒りなのか、それはわからない。
ただ、激しい怒りが体を巡った。
熱い。
燃えるように、熱い。
「おい、お前ら」
灯は、声をかけていた。
男子たちが、振り向く。
「あ? 紅蓮寺か。何の用だよ」
「……お前ら、最低だな」
「はぁ? お前に関係ねえだろ」
「関係ある」
灯は、拳を握りしめる。
「お前らみたいなクズ、ぶっ壊してやる」
「何言ってんだ、こいつ」
男子たちが、笑う。
でも――次の瞬間。
灯の体が、燃え始めた。
いや、実際に燃えているんだ。
炎が、灯の体を包んでいる。
「うわっ!」
男子たちが、驚く。
灯は、笑った。
初めて、心から笑った気がした。
「さあ、始めようか」
灯は、男子たちに飛びかかった。
殴る。
蹴る。
壊す。
気づけば、男子たちはボロボロに倒れていた。
灯の手は、血で濡れていた。
でも――。
気持ちいい、楽しい。
そう思ってしまった。初めて、満たされた気がした。
灯は、自分の手を見つめる。
炎が、まだ燃えている。とうとう本物の化け物にってしまった。
「紅蓮寺灯ちゃんだよね?」
突然、声がした。
振り向くと、この世のものとは思えない美しい人がいた。
長い黒髪を靡かせ、透き通った白い肌によく映える黒いスーツ。
まるで、天使のような――悪魔のような存在。
「私は、鏡昴」
女性が、笑う。
「君のその衝動、ぶっ放してみたくない?」
その言葉に、灯の心が揺れた。
「……ぶっ放す?」
「そう。我慢しなくていい場所があるの」
昴が、手を差し伸べる。
「一緒に来ない?」
灯は、その手を見つめた。
もう、この衝動を我慢しなくても良いなら。
もう、自分を抑えなくても良いなら。
なんでも良かった。
「……行く」
灯は、二つ返事で答えた。
昴が、満足そうに笑った。
昴の車に乗って、灯は連れて行かれた。
「ご両親には、もう話してあるから心配しなくて良いよ」
昴が、運転しながら言う。
「住む場所は寮になっちゃうけど、いつでも会いに行って良いからね」
「……え?」
「八罪管理局っていう組織があってね」
昴が、説明を始める。
「魔物と戦う組織なんだ。君みたいに、特別な力を持った人たちが集まっている」
「魔物……?」
「そう。人間の感情が暴走して生まれる、化け物」
昴が、真剣な顔をする。
「君は、憤怒の半魔って言う存在になったの」
「半魔……」
「人間と魔物の、中間みたいな存在」
昴が、灯を見る。
「でも、悪いことじゃない。その力で、人を守れるよ」
「……守る?」
「そう。魔物を壊しながら、人を守れるんだよ」
その言葉に、灯は少しだけ救われた気がした。
守るために、壊せる。
それはどれだけ幸せなことか。
車を降りながら昴は思い出したかのように言う。
「あと、貴方の教育係には、おんなじ系統の人をつける予定だからね」
昴が、笑う。
「彼、すごい世話焼きでお節介で、うざったいくらいだけど、すっごい優しいから」
「うざったい……?」
「でも、良い人だよ」
昴が、また笑った。
管理局に着くと、一人の男性が待っていた。
赤い髪に、ガッチリした体格。
傷だらけの手。
でも、目は優しかった。
「局長、うざったいってのは失礼じゃないっすか?」
男性が、苦笑する。
「えー、だってやたらとみんなの健康に気を遣ったり、口出ししたりしてて、みんな言ってるよー?」
「それは! その、みんなに元気でいてほしいからで……」
「ふふふ、知ってる。烈志くんは可愛いねぇ」
昴が、男性の頭を撫でる。
男性が、顔を赤くする。
「紹介するね。君の指導をしてくれる、赤城烈志くん。二十歳のお兄さんだよ」
「赤城烈志だ」
男性が、灯に向き直る。
「ちょっと前まで、お前くらいの妹がいたから、兄貴だと思って接してくれて良いぞ」
その言葉に、灯は少しドキッとした。
優しい目をしている。
でも、どこか悲しそうでもある。
「二人の相性はいいと思うから、これからよろしくね」
昴が、二人を見る。
灯は、烈志を見つめた。
かっこいい。
初めて会ったのに、そう思ってしまった。
でも――恥ずかしくて、ぶっきらぼうに挨拶だけにしてしまう。
「紅蓮寺灯。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
烈志が、笑う。
その笑顔を見て、灯の心が少しだけ温かくなった。
初めて、誰かに守られている気がした。
初めて、自分が受け入れられている気がした。
灯は、思った。
ここなら、自分でいられるかもしれない
灯は、拳を握りしめた。
炎が、また燃え始める。
でも、今度は違う。
恐れじゃない。
希望の炎だ。
「お、火出てるぞ。早速訓練所いくか」
烈志が、灯の肩を叩く。
「まずは能力の簡単な制御みにつけなきゃな」
「……はい」
灯は、烈志について歩き始めた。
数週間後、灯は訓練場で烈志と向き合っていた。
「いいか、灯。怒りは悪いことじゃない」
烈志が、真剣な顔で言う。
「でも、向ける相手を間違えるな」
「……わかってます」
「お前の炎は、誰かを守るためにある」
烈志が、灯の頭を撫でる。
「だから、恐れるな」
その言葉に、頭を撫でられたことに嬉しくなってしまって、顔を俯かせる。
「……ありがとうございます」
「よし、じゃあやるぞ」
烈志が、拳を構える。
灯も、拳を構える。
炎が、二人を包む。
でも――今は、恐くない。
ここには、仲間がいる。
理解してくれる人がいる。
だから――大丈夫。
灯は、笑った。




