人は平等ではない
ピエロマスクの周囲で、改良された武器庫がゆっくりと口を開くみたいに展開していく。
白い刃。白い槍。白い銃口。
私が思いつきで作った武器の群れを、あいつは無駄を削ぎ落として、もっと殺すことに特化させた形で並べていた。洗練されてる。腹立つくらいに。
地面に片膝をついたまま、私は血の混じった唾を吐く。
熱線で肩を焼かれて、雷で脇腹を貫かれて、冷気で腕の感覚まで鈍っている。痛いし熱いし寒いし忙しい。ほんと最悪だ。
(まぢイラつく。乙葉の胸でスーハーしたい)
《欲望がダダ漏れだよ。お前本当なんで色欲じゃ無いん?》
(しるか! そもそも真面目に戦うとかわたしの性に合わないんだよ!)
《いや60年近く真面目に戦ってきましたやん?》
(うるさいよ!)
ピエロマスクが、盾の上に立ったまま片手を広げた。
「どうしました? 先ほどまでの勢いがありませんねぇ」
(うるせえ!)
《お前のがうるせぇの、笑うわ》
「……人は!」
私は立ち上がる。ふらつく脚に力を込めて、剣を投げ捨てる。
「平等ではない!」
ピエロマスクの仮面がわずかに傾いた。
「そう。私は神に愛された超絶天才最強最高美少女!」
痛い。脇腹が痛い。けど気分は大事だ。
「平等でないが故の私の能力を知っているか?」
《何その演説》
(こういうのは勢いなんだよ)
「私こそが究極の虚飾の使い手! そしてー私の能力の真骨頂は生成にあらず! 想像力だ!」
息を吐く。
身体の奥に沈んでいた熱が、まとめて持ち上がってくる。
「深昇化」
世界がすっと遠のいた。
風の感触が変わる。
工場地帯の夜気が、私の身体に沿って別の温度へ塗り替わる。
まず視界の上半分の雌狸の仮面。それが上品で、それでいてどこか悪戯っぽい輪郭へとさらに変わっていく。
青を基調にしたタキシード風のドレス。男性用のタキシードを思わせる端正な線なのに、胸元から腰のくびれ、脚へ落ちる形は明らかに女の身体に合わせて作られていた。タイトなロングスカートに深いスリットが入り、より妖艶により高貴になる。
ピエロマスクが細く笑った。
「なるほど。装いまで変えるとは。虚飾らしい」
「でしょ?」
私は肩を回す。
(そしたらーポンえもんなんか出してよー)
《はぁ!? あんな啖呵切って無策かよ!》
(ぽんえもーん)
《うっざ……。じゃあ、めちゃくちゃバウンドする靴で高速で飛び回って殴るとか?》
(いいね! 採用!)
私は地面を蹴った。
ヒールがコンクリートに触れた瞬間、そこからありえない反発が返ってくる。踏み込んだ一歩で身体が上に跳ねる。いや、跳ぶなんてもんじゃない。撃ち出される、の方が近い。
「なっ」
ピエロマスクの目の前へ一瞬で滑り込む。
拳を叩き込む。
そのまま盾を踏み台に反対側へ跳ねて、今度は回し蹴り。さらに壁、床、空中のリフレクトを蹴って、三次元に跳ね回る。足場も時間差も位置関係も、全部めちゃくちゃだ。
でも。
雷光になったピエロマスクが、その全部を紙一重で避けた。
空振る。
次も。
その次も。
私は空中で一回転しながら着地して、思わず吹き出した。
(雷光より速いわけなかったわ)
《普通に避けられたな》
(うん、避けられたな。笑う)
でも、ピエロマスクの空気が一瞬だけぶれた。
予想外の動きだったのは間違いない。
(でもビビった雰囲気出してたな、ザマァ)
《そのポジティブさ嫌いじゃねぇよ》
「面白いですねぇ」
ピエロマスクが盾を引き戻しながら言う。
「え、褒めてくれるの?」
「いいえ。不快だと申し上げているのです」
熱線が3本。
雷が1閃。
ナイフの群れがそれを追いかける。
私は跳ねる。壁を蹴る。天井の見えない空間を捻るみたいにして位置をずらす。脇を熱がかすめ、髪先が焼け、頬をナイフが裂く。でも止まらない。
(んじゃビーム行こうぜビーム)
《どんな理屈だよ》
(空間歪曲させて光を集めてビームにして放て!)
《雑すぎるだろ!》
(ノリだよノリ!)
両手を前に突き出す。
目の前の空間をぎゅっと絞るみたいに圧縮する。夜の工場地帯のわずかな光、熱線の残滓、月光、火花、全部。集めて、束ねて、逃げ場を潰して。
次の瞬間、白い奔流が放たれた。
真っ直ぐじゃない。
空間の歪みに沿って、わずかに捻れた光の奔流。
ピエロマスクが盾を前に出す。
盾が焼ける。押し切る。熱線で相殺しようとして、逆に飲み込まれる。冷気で壁を作っても貫通する。ついに一条が肩口を掠め、白いタキシードの一部を焼き飛ばした。
(おほー)
《当たったな》
(当たって焦ってる。たのちぃ)
実際、ピエロマスクは今度こそ明確に間合いを下げた。仮面越しでも分かるくらい、苛立ちの温度が上がっている。
「……そのような、でたらめを」
「褒めて褒めて?」
私は跳ねて位置を変えながら笑う。
乙葉ちゃんと珠洲ちゃんの顔が、ちらりと脳裏をかすめた。合流した時のあの顔。頼もしさと可愛さと、あとご褒美って言ってた熱っぽい声。
(倒したらご褒美くれるかな?)
《乙葉と珠州か?》
(うん)
《お前もご褒美あげるんだろ?》
(もちろん)
《プレゼントは、わ・た・し》
(きっしょ)
私は思わず口元を引きつらせる。
(違うわ。私は可愛くラッピングされて差し出される側じゃなくて、上から抱きしめてもらう側なんだよ)
《ほら集中しろよ。奴怒ってるぞ》
ほんとだ。
ピエロマスクの周囲の空間が、また大きく歪む。今度はナイフも盾も熱線も、全部まとめて来る気配だ。さっきまでの「見物」じゃない。押し潰す気の圧だ。
(デュヘヘヘ)
《だめだこいつなんとかしないと》
「ふざけるのも大概にしていただきたいですねぇ!」
ピエロマスクが吼えた。
ナイフの雨。
盾の突進。
雷の奔流。
熱線の薙ぎ払い。
まとめて真正面から。
「じゃあラブラブバリアー!」
私は両手を広げた。
展開されたのは、やたら分厚くて丸い、ピンク色の巨大な障壁だった。透明感のあるマシュマロみたいな質感。ふわっとしてそうなのに、熱線が当たった瞬間ぼよんと弾き返し、ナイフは沈み込んで止まり、盾は柔らかいくせにびくともしない。
雷すら表面でぱちぱち散って霧になる。
ピエロマスクが一瞬、本気で絶句した。
「……は?」
「どう? 可愛いでしょ」
《お前ほんと想像力の方向おかしいよ》
(だって強いもん、愛の力は)
バリアの表面を蹴る。
弾力が足に返る。
そのまま私は砲弾みたいに打ち出され、ピエロマスクの懐へ入り込んだ。
拳。
膝。
踵。
全部、ノリで繋げる。
次どう動くかなんて自分でも分からない。分からないまま、でも気持ち良く身体が動く。思いついたものをその場で作って、その場で捨てて、その場で次を出す。
剣じゃない。
巨大なハリセン。
殴るたびにやたらいい音がする手袋。
やたら跳ねる足場。
突如として現れる斜面。
リフレクトを板じゃなくて曲面にして、敵の熱線をそのまま顔面へ返す。
ピエロマスクは対応しきれなくなっていた。
真面目に、綺麗に、効率よく積み上げた技術は強い。強いけど、こっちがその場のノリでめちゃくちゃを重ね始めると、最適解の計算が追いつかない。
だって、こっちは自分でも次に何するか分かってないんだから。
「なっ、く……!」
熱線を返され、盾で自分の足場を割られ、マシュマロみたいなピンクの壁に雷を吸われて、ピエロマスクの姿勢が大きく崩れる。
私はそこへ、思いきり飛び込んだ。
「倍返しだ!」
拳を叩き込む。
仮面にひびが走る。
さらにそのまま、バウンド靴で踏み込み直してもう一発。
吹き飛ぶ身体を、空間をずらして先回りし、膝蹴り。
そこへ、さっき奴がやったみたいに盾を叩きつける。しかもピンクでハート型のやつを。
ピエロマスクが地面に激突した。
工場の床が砕ける。
白いタキシードが埃にまみれる。
私はその上に、マシュマロバリアの欠片みたいな足場をぽんぽん並べながら着地した。
息が上がってる。
傷も痛い。
でも、笑いが止まらない。
(やっぱこれだわ)
《何がだよ》
(ふざけて戦うのが、本来の私の戦闘)
真面目にやれば綺麗にはなる。
でも私の虚飾は、綺麗に整えた瞬間に弱くなる。
雑でもいい。
ノリでもいい。
可愛くても変でも、相手が対応できなきゃ勝ちなんだから。
私は地面に沈んだピエロマスクを見下ろす。
「どうしたの? さっきまでの余裕は?」
ピエロマスクはすぐには起き上がらなかった。
でも、消えていない。
終わってもいない。
仮面の割れた隙間から、細い笑い声だけが漏れる。
その気配に、私はゆっくりと重心を落とした。
(……まだ来るね)
《ああ。ここからが多分、本番だ》
私は口元を拭って、笑い返した。




