倍返しだ
ピエロマスクは、取り囲むオリジンシンたちの中央で、まるで舞台の幕が上がるのを待つ役者みたいに静かに立っていた。
奴の姿だけが、夜の工場地帯で異様に浮いて見える。
「良いでしょう」
仮面の奥の声が、やけに澄んで響いた。
「認めましょう」
空気が、ぴんと張る。
「貴女が私の最大の障害であると」
その声を聞いた瞬間、私は自然と半歩だけ重心を落としていた。
「誠に面倒ではありますが、私の全力を持って相手させていただこうと思います」
(うわ、やだ)
《ここに来てようやく本気って、ザ悪役って感じだな》
(舐められてたのは知ってたけどさぁ。改めて言われると腹立つね)
《やるのはいいけど、やられるのは嫌なんだよな》
(うるさいよ)
次の瞬間、ピエロマスクの周囲の空間が、ぶわりと歪んだ。
そこから生まれたのは、無数のナイフ。
銀色の刃が、空中で一斉に私へ向きを変える。
雨、なんて可愛いものじゃない。
夜空そのものが金属に変わって、まとめて降ってくるみたいな量だった。
私は反射的に透明な壁を何層も重ねた。
刃がぶつかり、甲高い音がいくつも重なる。
けれどその一部は途中で軌道を変え、まるで生きてるみたいに脇から、下から、背後から回り込んできた。
「ちっ……!」
足場をずらす。身体を捻る。頬をかすめた一本が、熱い線を残した。
続けて飛んできたのは、空飛ぶ二対の盾だった。
ただの盾じゃない。
大きさも角度も絶妙に調整されていて、1枚が足場になり、もう1枚が死角から叩きつけてくる。しかもそれを、ピエロマスク自身が軽やかに踏みながら高度を変えていた。
(器用だなぁ、おい)
《性格は最悪だがな》
「どうしました? 先ほどまでの余裕は」
上を取られた。
私が足場にしていた透明な壁の上に、ピエロマスクが盾を蹴って着地する。そこから熱線が3本、一直線に伸びた。
速い。
避ける前提の速度じゃない。
「うる……さいよ!」
私は咄嗟に剣を数本生成して斜めに差し込み、熱線の軌道をズラす。1本は頭上を、1本は肩を焼き、残り1本が工場の地面を深く抉った。
熱に歪んだ視界の向こうで、ピエロマスクが片手を振る。
今度は冷気だった。
白い霧が壁みたいに広がる。
熱線の余熱を一瞬で消し、砕けた鉄骨やコンクリートの破片までまとめて凍りつかせる。私は足場を後ろへずらしたけれど、靴底に冷気が這い上がってくる感覚に、ほんの少し遅れた。
その遅れを、見逃してくれる相手じゃない。
好機とみたピエロマスクの身体が、眩い雷光になる。
消えた、と思った時にはもう横にいた。
電撃を纏った肘が、私の脇腹を深く抉る。
衝撃で息が詰まった。
視界が白く弾ける。
そのまま吹き飛ばされる寸前で、私は空中に壁を一枚出して背中から受ける。けれど勢いまでは殺しきれない。透明な足場が砕けるみたいにきしんだ。
「どうです? これが、私の改良摸倣」
ピエロマスクが、熱線の残光と冷気の霧の中で両手を広げた。
「一度受けた攻撃を解析し、より美しく、より鋭く、より効率的に仕上げて返します」
ナイフがまた増える。
盾が回る。
雷が散る。
「実に素晴らしい力でしょう? 相手の誇りを、努力を、あっという間に踏み越えることが出来るのですから」
嫌な笑い方をする。
でも、言いたいことは分かった。
こいつは強さを誇りたいんじゃない。
相手が積み上げたものを、より上手く真似して、より上手く壊して、絶望する顔を見るのが好きなんだ。
(趣味悪っ)
《昴より性格悪い奴いたんだな》
(え?)
《え?》
私は一気に距離を取る。
足場を3枚、4枚、5枚。斜め上へ駆け上がっていく。ピエロマスクはそれを追わない。代わりにナイフの群れと、雷と、熱線を同時に撃ち上げてくる。
剣を生み出して弾く。
熱線を壁で受ける。
雷を誘導して地面へ逃がす。
忙しい。
しかも全部、1つ1つが重い。
さっきまでの舐めプは何だったんだってくらい、火力も精度も変わった。真正面から押し潰しに来てる。
私は空中で体勢を整えると、そのまま剣を大量に並べた。
長剣、短剣、槍、斧、銃器。
全部まとめて。
「へぇ」
ピエロマスクが笑う。
「ようやく本気ですか?」
「その通り、さっきまで手抜いてたんだよ」
「そうですか。私は、貴女がどこまで耐えられるか見物を続けたいと思いますね」
腹立つ。
すごく腹立つ。
だから私は、口元だけで笑い返した。
「じゃあ、その余裕いつまで続くか見物させてもらうよ!」
両手を広げる。
私の周囲の空間が裂けるように開き、無数の武器が夜空を埋めた。
そこから先は、言葉にするより先に手が動いた。
剣の雨。
槍の一斉射出。
銃弾の面制圧。
前後左右、逃げ道を潰しながら、盾の間を縫うように叩き込む。ピエロマスクが踏み台にしていた二対の盾を砕き、その落下先にさらに別の刃を置く。避ければ次、弾けばその裏、受ければ角度を変えてまた別の武器が来る。
工場地帯の夜が、白い武器庫に塗り潰される。
これならどうだ。
そんな思いで押し込んだ、その瞬間。
ピエロマスクの仮面の口元が、ゆっくり吊り上がった。
「素晴らしい」
嫌な予感が、骨の奥まで走った。
その背後。
空間が、同じように裂ける。
現れたのは、私の武器庫とよく似ていて、でも明らかに違う光景だった。
刃の数が多い。
配置がいやらしい。
軌道が洗練されてる。
私が正面制圧を意識して並べた武器たちに対して、あっちは殺意の密度だけを高めたみたいな陣形だった。上下の高さ差、死角への回り込み、退路を読む配置。しかも私の武器より一回り速い。
《武器の貯蔵は十分か?》
(いや、相手の方が生成多くて足りないっすわぁ)
「では、お返ししましょう」
振り下ろされた手に合わせて、武器の津波が来た。
「――っ!」
ぶつかる。
空中で、私の武器庫と、ピエロマスクの改良版が正面衝突する。
金属音が爆発みたいに重なる。
何百、何千の刃が噛み合って砕け散る。
押されていく。
私の剣が打ち負けていく。
槍が弾き飛ばされる。
銃弾の雨が、逆に切り裂かれてくる。
その差は、ほんの少しだ。
でも戦闘では、そのほんの少しが致命傷になる。
私は反射的に後ろへ飛ぶ。
足場を一枚。
二枚。
三枚。
でも改良版の武器庫は、それすら読んでいるみたいに角度を変えて追ってきた。
(うーん、詰んだ?)
《諦めるの早すぎぃ!》
(じゃあどうするんよ)
肩を裂く。
太腿を掠める。
腹を浅く抉る。
浅い。けど浅い傷がいくつも続くと、それだけで集中が削られる。
《さぁ?》
(おい!)
しかも、そこへ熱線が重なる。
冷気が視界を奪う。
雷が足場を砕く。
忙しいなんてもんじゃない。
こっちが1手打つ間に、あっちは3手4手と重ねてくる。
「どうです?」
ピエロマスクが、空中の盾を再び足場にしながら近づいてくる。
「貴女の誇る武器庫。悪くはありませんでしたよ」
くるり、と指先が回る。
「ですが、まだ甘い」
その一言と同時に、改良版の武器庫が軌道を変えた。
今度は正面じゃない。私の退路に先回りして、逃げ道そのものを削りに来る。
上に逃げる。
盾が飛んでくる。
横へ飛ぶ。
雷が走る。
下へ潜る。
熱線が貫く。
逃げる方向を選ぶたびに、それに合った攻撃がもう置いてある。
(うっっっざ)
《いつも攻める側だから、逆に責められると弱いんだよな》
(そうそう、乙葉と珠州に攻められちゃうと……って今はそれどころじゃない!)
私は熱線を剣で逸らし、その反動で横へ飛ぶ。
直後に雷が空を裂いた。
髪が焦げる匂いがした。
そこへ、ナイフの雨。
透明な壁を何枚も重ねて受ける。
受けた瞬間、ピエロマスク自身がその壁の上に着地した。
近い。
仮面越しに、愉悦の気配が分かる。
「追い詰められる気分はいかがです? 大切なものを守ろうとする者ほど、顔が歪む」
片手が振り下ろされる。
そこから生まれたのは、今度は私の剣によく似た白い刃。
嫌らしい。わざわざそれを見せるか。
私は受けるんじゃなく、空中で体をひねってすり抜ける。
刃先が頬を浅く裂いた。
そのまま距離を取ろうとして、右足場が砕ける。
遅れた。
雷。
脇腹へ直撃。
体が痺れて、一瞬だけ呼吸の仕方を忘れた。
その隙に、盾が横から叩きつけてくる。
防ぐ。
でも次は冷気。
腕が鈍る。
さらにナイフ。
やっとのことで地面に着地した時には、私はかなり息が上がっていた。
工場の床に片膝をつく。
血が垂れる。
呼吸が熱い。
ピエロマスクは盾の上に降り立ち、私を見下ろしていた。
「まだ立ちますか?」
当然だ。
そんなの決まってる。
私はふらつきながらも立ち上がる。
剣を一本、手の中に作る。
「その程度で、へばると思った?」
「思っていませんよ」
ピエロマスクは、ゆっくり首を傾けた。
「ですが、そろそろ見えてきたのではありませんか?」
仮面の奥の視線が、ぞっとするほど真っ直ぐこっちを射抜く。
「貴女は私に届かない」
熱線がまた灯る。
雷が揺れる。
ナイフが浮く。
盾が回る。
「どれだけ足掻いても、どれだけ工夫しても、より上手く返される」
一歩、また一歩と近づいてくる。
「貴女の強さそのものが、貴女を追い詰める」
ぞわりとした寒気が背筋を撫でた。
気持ち悪い。
でも、分かる。
こいつは今、私が絶望する瞬間を待ってる。
自分の方が上だと、私自身に認めさせたい。
そうやって折れた顔を見るのが好きなんだ。
(最低)
《だったら……わかるよな?》
私はゆっくり息を吐き、ポン吉に頷く。
まだ大丈夫。
まだ折れてない。
まだ、こんなのは終わりじゃない。
ピエロマスクの周囲で、改良版の武器庫が再び並び始める。
私が使ったものすべてを、より鋭く、より速く、より悪意たっぷりに並べた兵器群。
そしてその中央で、ピエロマスクが静かに笑った。
「さぁ、そろそろ幕引きと行きますか?」




