何時だろ?全員集合
「1人で? 間違っているよピエロマスク」
私がそう言った瞬間、ピエロマスクの仮面の奥の笑みがわずかに深くなった。
「ほう?」
周囲を埋め尽くすオリジンシンたちが、いっせいに気配を濃くする。ドラゴンの翼が重なって夜空を覆い、イフリートの熱が工場地帯を赤く染め、バンシーの泣き声が耳の奥を湿らせる。スライムが地面を侵食し、ゴーレムが金属の腕を鳴らし、オークが鼻息を荒くし、サキュバスが甘い吐息で空気を汚し、ミラージュの仮面がそこら中で月光を反射していた。
数えきれない。
でも、そんなのは最初から分かっている。
「私は1人じゃない。オリジンシン? 私の仲間がそんな簡単にやられるとでも?」
ピエロマスクが、肩を揺らして笑った。
「強気ですねぇ。嫌いではありませんよ」
「知ってる。そういう気持ち悪いところ、ずっと変わらないよね」
《あいつもはやオレたちのこと好きだろ》
(やめてよ気持ち悪い)
《モテる女は辛いねぇ》
その時だった。
背後の高架の上から、重い足音がひとつ響いた。次の瞬間、巨大な影が夜の工場地帯へ飛び込み、目の前のオークを真正面から殴り飛ばす。肉の塊みたいな巨体が何度も転がって、鉄骨の山に突っ込んで止まった。
「なぁおっさん?」
私は口元を上げたまま、そっちを見る。
竜司さんが、肩を鳴らしながら立っていた。夜風に髪を揺らし、獰猛な笑みを浮かべている。
「おっさんだぁ? あんたの方が年上だろが!」
「コラ竜司、乙女にそんなこと言って良いのかな?」
「70過ぎの乙女がいるか?」
「竜司、終わったら覚えときな?」
「おう、怖ぇ怖ぇ。終わったら聞いてやるよ」
言いながら、竜司さんは次に飛びかかってきたドラゴンの首を掴み、そのまま地面へ叩きつけた。コンクリートが爆ぜる。さすが人類最強。頼もしいねぇ。
そのすぐ横に、ぬっと別の影が立った。
「私もいますよ、昴さん」
低く落ち着いた声。狩野くんだ。いつもの無骨な顔で、周囲を囲むゴーレムたちを睨んでいる。
「あ、狩野くんはちょっと視界に入らないとこで戦ってもらって良い?」
「相変わらず、私に対して扱いが酷い。でもそれがまた……」
そこまで言って、狩野くんはひとつ咳払いした。
「……分かりました。離れて戦いますよっと」
うん、聞かなかったことにしよう。
私はピエロマスクに向き直る。
「で? 1人がなんだって?」
竜司が鼻で笑う。
「そのうち他の連中も合流するぜ?」
ピエロマスクは一瞬だけ黙り、それから仮面を押さえてくつくつと笑った。
「たかが数人増えたところで、この数に対応出来ますか?」
指先がひらりと動く。
その動きに合わせて、また闇の奥から新しい影が現れた。ドラゴンの後ろにまた別のドラゴン。イフリートの火の海からさらに別の火影。サキュバスの群れが空中に浮かび、バンシーの泣き声が何重にも重なる。地面を這うスライムが一気に広がり、ゴーレムの群れが鉄の壁みたいに並んだ。
囲まれる。
上下左右、逃げ場なんて最初からないみたいに。
《うっわ》
(増やしすぎじゃない? サービス精神旺盛にもほどがあるよ)
《ありがた迷惑ってやつだな》
竜司さんが低く舌打ちする。
「うじゃうじゃと……」
狩野くんは何も言わない。ただ少しだけ前に出て、拳を握った。
その時、頭上から鋭い風切り音が落ちてきた。
見上げた夜空を、黒い影が横切る。
大きな翼。揺れる尾。月を背負って降りてくる、見慣れたシルエット。
「待たせました、局長!」
誇の声が響く。
竜人形態のまま急降下してきた誇が、上空を飛んでいたドラゴンの顔面に拳を叩き込んだ。鱗が砕け、巨体が別の群れへ突っ込んでいく。その背から、依里がひらりと飛び降りた。
「兄さん、右から3体来ます」
「分かってる!」
「依里! 無茶するな!」
「兄さんと一緒なら大丈夫、です」
依里の足元から冷気が広がる。前方のスライムとゴーレムの動きが一瞬で鈍り、誇がそのど真ん中へ突っ込んだ。拳圧だけで空気が裂ける。
「局長! 遅れてすみません!」
「いやぁ、むしろベストタイミングだよ誇くん。ちゃんと空から来るの、映え意識高くて好き」
「そんなつもりはありません!」
「兄さん、ちょっと嬉しそう」
「嬉しくない!」
そこへ、敵の群れの横っ腹を突き破るみたいに二つの影が滑り込んできた。ぬるりとした軌道で、でも速い。前に立つオリジンシンたちが、何かに押し退けられるように左右へ弾かれる。
根倉きゅんといろはさんだ。
一対のスライムが半液状になった腕を伸ばしてゴーレムの足を払いつつ、魔物たちの間をすり抜けやってくる。
「はぁ……。なんでこういう時に限って、数が多いんだか」
「局長、怪我は?」
「心配ありがと、いろはさん。ぴんぴんしてるよ」
「見れば分かります。そういう意味じゃないです」
いろはさんがぴしゃりと言う。
でもその手は、もう次の敵へ向けて動いていた。
根倉きゅんがこちらを見ずに言う。
「昴さん。終わったらみんなに奢りでお願いしますね」
「なんで?」
「なんとなく?」
「雑だなぁ」
「昴さんがそうさせたんじゃないですか」
言いながら、根倉きゅんは前方のスライムの群れを一気に呑み込んで、そのまま圧縮して潰した。相変わらずえげつない。
そして正面。
真っ向からオリジンシンの群れを薙ぎ倒しながら、2つの影がこちらへ一直線に駆けてくる。
1人は大きく踏み込み、1人は静かに、でも確実に。
乙葉ちゃんがオークを殴り飛ばし、その横を珠洲ちゃんの停滞が走る。前にいたサキュバスも、バンシーも、まるで時間を置いていかれたみたいに遅れて、その間を乙葉ちゃんがぶち抜いた。
「昴さん!」
ああ、来た。
ちゃんと来た。
「乙葉ちゃん!」
「遅くなってごめんなさい! でももう大丈夫です!」
その顔に迷いはない。まっすぐ前だけを見ている。
珠洲ちゃんはいつものブランケットを引きずりながら、その隣に並んだ。
「……昴、来たよ」
「うん。知ってた」
「待たせた」
「全然」
珠洲ちゃんがほんの少しだけ目を細める。乙葉ちゃんは私を見て、それから周囲を囲むオリジンシンたちを見た。
「これ、全部倒せばいいんですよね?」
「そうなるねぇ」
「じゃあ、頑張ります。ご褒美期待しても良いですか?」
柔らかい声なのに、いつになく熱い。耳元で囁かれて、私の顔も赤くなる。
いい顔だ。すごく。そそられる。
《全員揃ったな》
(だね)
私はゆっくりと前へ出る。
背後に竜司さん。少し離れて狩野くん。上には誇と依里。横を抜ける根倉きゅんといろはさん。正面に乙葉ちゃんと珠洲ちゃん。
視界の端で、ピエロマスクがわずかに沈黙したのが分かった。
「……なるほど」
仮面の奥の声が、少しだけ低くなる。
「よくもまあ、ここまで」
「だから言ったでしょ」
私は肩をすくめる。
「私は1人じゃないって」
竜司さんが獰猛に笑う。
「さぁて、借りは返させてもらうぜ」
誇が翼を広げる。
「局長、指示を!」
「簡単だよ。目の前のやつ全部ぶっ潰して」
「了解です!」
乙葉ちゃんが一歩前に出る。
珠洲ちゃんがその隣に並ぶ。
依里の冷気が後方から広がり、いろはさんの気配が敵を乱し、根倉きゅんが進路をこじ開け、竜司さんが笑いながら拳を鳴らす。狩野くんは本当にちょっと視界の外へずれていった。真面目だなぁ。
夜の工場地帯を埋め尽くすオリジンシンの群れ。
その中心で、私はピエロマスクを見据えた。
「じゃあ第2ラウンド開始と洒落込もうか。ピエロマスク?」
そして、全員が同時に踏み込んだ。




