第98話
俺は寝巻をまとって部屋に戻った。
びっくりした。まさかラピアが浴場に入ってくるとは思わなかった。
貴族の子女ってあんなものなのか?
いや違うはずだ。
そもそも淑女の部屋に男性が一人で入ることはマナー違反とされる。だったら裸の付き合いなんて論外だろう。
間違いが起きる前に、フランスキー伯爵にビシッと言ってやらねば。
俺は一人意気込んで苦笑する。
どの口でフランスキー伯爵に告げ口しようと言うんだろう。置き手紙だけ残してフランスキー領を出たくせに。
フランスキー伯爵はあれだけ俺に懇意にしてくれた。
裏の思惑があったのは分かっている。それでも屋敷でお世話になった恩は忘れていない。
伯爵と合わせる顔がない。その一言に尽きる。
でも会わないなんてもっとあり得ない。何を話すか考えておかないと。
思考をめぐらせる内にドアがコンコンコンとノックされた。
家令から案内を受けて大広間に入った。初老の男性にチェアを引かれて、俺は会釈して腰を下ろす。
遅れてレベッカとラピアが大広間に踏み入った。
レベッカとラピアがドレスを身にまとっている。
鮮烈な赤に、上品な落ち着きある青。対になる色合いが互いに相手の美を強調している。
髪もドレスアップに合わせて結い上げられている。二人の露出した肩と鎖骨のラインが実にセクシーだ。
「お待たせカムル。どうかしらこのドレス」
「ああ、二人ともすごく似合ってるよ」
声は平坦。俺は平静を装うことに成功した。
ラピアが表情をほころばせる。
「よかったです。二人でじっくり選んだ甲斐がありました」
「私はそこまで熱心に選んでないけどね」
「またまたー。あれだけ不安そうに試着の感想を聞いてきたじゃないですか」
「ちょっ、あんた何言ってるの!」
「あの時のレベッカ可愛かったですよ。カムル様にも見せたかったです」
「ラピア!」
家令の男性がコホンと咳払いした。
二人の給仕がそれぞれチェアを引いた。レベッカとラピアが口をとじてチェアに座る。
フランスキー伯爵は不在らしい。屋敷に戻るのは翌日になるそうだ。正直ほっとした。
給仕が大広間と廊下を行き来してテーブルに皿を並べる。
パイや肉のいい匂いが漂って食欲がわく。
肉、貝、魚。野菜たっぷりのスープなどスタミナのつく料理が多めだ。
ラピアは馬車の中で俺の疲労を心配していた。俺の体力が戻るように献立を口添えしてくれたに違いない。
俺はラピアたちに続いて形式上だけ神への祈りを捧げる。
「さあ、冷める前に召し上がってください」
ラピアの一言で食事に手をつけた。
当たり前と言えば当たり前だけど、料理の質は大学で食べられるものと比較にならない。祝いの席もあって料理の手が進む。
「今日は静かな席になってすみません。大勢呼んでカムル様の無実を盛大にお祝いしたかったのですが、個人的なわがままで人数を絞らせていただきました」
「構わないよ。にぎやかなのは苦手だからな」
他の面子だって異端審問にかけられた者と関わりたくないだろう。
そういう態度を見たら、きっとラピアたちも嫌な思いをする。だったら他の貴族なんていない方がいい。
「それでカムル様、今日までの足跡を聞かせてくれませんか? 審問が終わった時からこの時間を楽しみにしていたんです」
「聞いてもあまり楽しくはないだろうけど、それでもいいのか?」
「カムル様のお話が楽しくないなんてことはありませんよ。私は」
「さりげなく自分を強調しないでよ。私だって聞きたいわ」
「そうか? じゃあ」
俺は例のごとく魔王国関連の話を伏せて語る。
伏せようか迷った末に、勇者がジマルベス陥落に関わっている可能性も伝えた。
レベッカとラピアは教会相手に戦ってくれた。そんな二人に事実を隠すのは不義理な気がしたから。
「ちょっと待って。ジマルベスの陥落に勇者が関わってるって本当なの?」
「あくまで可能性の話だよ。光属性の魔法らしきものを遠目に見たってだけだ」
言葉ではそう告げたものの、俺は勇者の関与を確信している。光属性以外に黄金光を発する魔法を俺は知らない。
何より俺は六幻征との戦いで目撃した。
想起するのは、ビューレを消し飛ばしたあの一撃だ。黄金の柱が立ち昇るあの光景は、クランシャルデたちと遠目に見た光の柱と似ていた。
いかに中立国家の守護神といえど、あの理不尽な英雄を前にしてはひとたまりもなかっただろう。
「可能性と言っても、光属性の魔法を使えるのは勇者とカムル様だけです。ほぼ確定と言っていいでしょう」
「三人目が暗躍した可能性はないのか?」
「ありえないわ。子供に魔法の適性が見られた際には、例外なく親が届け出ることになっているもの」
「ましてや光属性の魔法なんて希少中の希少。重用が確定しているのに魔法を伏せる理由がありません」
レベッカとラピアが神妙な面持ちになる。
呆然とするほど驚いているようには見えない。異端審問の件で勇者に疑念でも抱いたんだろうか。
「二人はどう思う」
「どうって?」
「勇者がジマルベスを陥落させたことについてだよ。勇者は大衆に人気があるし、ジマルベスには大勢の魔族が住んでいた。すっとしている人も多いんじゃないかと思ってさ」
告げる途中で言い淀みそうになった。
問いを投げた身で勝手な話だけど、二人の答えを聞くのが少し怖い。
「私は、ひどいと思います」
先に口を開いたのはラピアだった。
レベッカも「そうね」と短く続けた。
「ひどい?」
「はい。正直私も魔族は怖いです。でもジマルベスでは人と魔族が共生できていたと聞きます。わざわざそこに踏み込んで剣を突き込まなくても、と思わずにはいられません」
「私も同感。別の国のことなんだから放っておけばよかったのよ。勇者のことは尊敬しているけれど、それとこれとは話が別」
二人の返事を耳にして、俺は内心ほっと胸をなで下ろす。
勇者が正しいと言われたらどうしようかと思った。
「陥落の件はここだけの話にしましょう。誰に言ってもカムル様の言葉を信じようとしないでしょうから」
「そうだな。審問にかけられた俺の証言じゃ証拠にならないし、二人も教会から目をつけられかねないもんな」
「それなら大丈夫よ。もう遅いから」
「そうですね。この前の審問で、私たちはカムル様の側につきました。教会にはマークされたと思っていいでしょう」
俺は思わず息をのむ。
そうだ、どうして気づかなった。
俺に有利な証言をしたのは王認勇者だが、彼を神の使徒と持ち上げたのは教会だ。そんな人物を今さら引きずり下ろせばそれこそ教会の権威が揺らぐ。
レベッカとラピアにはそれがない。
勇者に匹敵する実績もネームバリューもない。伯爵令嬢とはいえ教会に敵視されないとどうして言える。
「ごめん。俺はもう二人を巻き込んでたんだな」
俺は手元に視線を落とす。
迷惑はかけないと誓ったのにこの体たらく。どうして俺はいつもこうなんだろう。
「私もレベッカも覚悟して動いたんです。カムル様が気にするようなことじゃありません」
「でも、もし二人に何かあったらそれは俺のせいで」
「その時は、カムル様が私たちを助けてください」
俺はおもむろに視線を上げる。
ラピアの微笑と目が合った。
「私たちはもう小さな子供じゃありません。教会を敵に回すリスクとカムル様を天秤にかけて後者を選んだんです。その意味を胸にとめておいてくれると嬉しいです」
意味。
その言葉を耳にして、異端審問でレベッカが告げた言葉を思い出す。
レベッカは人類の行く末を案じていた。ラピアも魔王軍の動きが活発化している現状を不安に思っているのだろう。
そこには少なからず俺の責任もある。自覚的であれってことか。
「分かった。有事の際には二人を守れるように、俺頑張るよ」
「はい。カムル様はずっとお慕いできる方でいてください」
「二人とも、よくそんな面映ゆい言葉が出てくるわね」
レベッカが顔を隠すようにグラスの中身を口に含む。
俺も照れくさくなってグラスに腕を伸ばした。




