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人間嫌いの転生貴族 ~散々恋破れたので美少女に言い寄られてもなびきません~  作者: 監色共色


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第97話

 俺はレベッカたちに礼を告げて修道院を後にした。


 外の空気がおいしい。肺のにたまった淀んだ空気が新鮮なものと入れ替わるのを感じる。


 審問が始まる前も外に出たけど心持ちが違う。吹かれた羽毛のように浮き上がってしまいそうだ。

 

 ノルデンさんはニーゲライテ領でやることがあるらしい。俺はレベッカたちと三人で馬車に乗り込んだ。


 馬車がフランスキー領に向けて出発する。


 無実を勝ち取るにあたってラピアたちには世話になった。


 現場にこそ来なかったが、レベッカたちはフランスキー伯爵やロールレイン伯爵の人脈を大いに使ったはずだ。二人にもあらためてお礼を言わないと。


 ラピアは二つ返事で了承した。


 その一方でレベッカは難色を示した。


 ラピアと違って親子仲はあまりよくないようだ。縁談を断ったことや剣を握ったことで関係が冷え込んだらしい。


 俺は責任を感じて謝ろうとしたが、レベッカに謝罪はいらないと突っぱねられた。


 レベッカは今の自身を誇りに思っている。俺に謝られると今日までの努力を否定されるみたいで嫌なのだとか。


 自分を信じられない辛さは身にしみて知っている。


 レベッカが今の自分を誇れると言うなら、俺から言えることは何もない。


 目尻に流れる景色を眺めていると、二人から今までの足跡について問われた。


 レベッカには大まかな後悔しか伝えていない。重要なことは伏せて伝えようと思ったが、その前に眠気が来た。

 

 夜更かしと監禁の日々は予想以上に俺の体力を奪っていたみたいだ。俺は眠気に抗えずに意識を手放した。



 次に目覚めると俺は横たわっていた。


 まだ揺れている。馬車の中にいると察して上体を起こそうとすると、やわらかな感触に頭部を軽く抑え込まれる。


 青い瞳と目が合った。


「お目覚めですか?」

「ああ……ちなみにどういう状況?」

「カムル様が眠ってしまったので、私たちもひと眠りしようって話になったんです。私たちも協力要請のために奔走して疲れていたのでちょうどよかったです」


 横目を振ると、レベッカが窓際にもたれかかって寝息を立てている。


 凛とした雰囲気の少女が無防備な姿をさらしていると、妙な背徳感を覚えるから不思議だ。

 

「苦労をかけたな。今度何かお礼するよ」

「はい。楽しみにしてます」


 俺は再度上体を起こそうと腰元に力を込める。


 またラピアの手によってひざ上に戻された。


「あの、ラピアさん?」

「さんづけはやめてください。距離が遠のいたみたいで嫌です」

「それはごめん。ひざまくらしてくれてありがとう。おかげでぐっすり眠れたからもう十分だ」

「カムル様の役に立ててよかったです」


 細い指が俺の髪をそっととく。

 

 愛でるような優しい感触がくすぐったい。


「カムル様はきれいな髪をしていますね。さらさらです」

「そうなのか」

「はい。触っていて気持ちいいですよ」


 日本で暮らしていた頃から湯浴びは積極的に行ってきた。髪の質がいいのはそれが影響しているんだろうか。


「そうだ、私上級魔法師認定試験に受かったんですよ。カムル様がお屋敷を去ってから一生懸命勉強したんです」


 ラピアが自身の胸元を指差す。


 オオカミに似た獣を模したバッヂがオレンジの光を反射する。


 上級魔法師の資格を示す証が、ラピアの発言を事実だと物語っている。


「すごいじゃないかラピア。それも屋敷に着いたら祝わなきゃな」

「嬉しいです。楽しみに待ってますね」

「ああ。それで」

「そうそう、言い忘れていました。カムル様の荷物ですが、審問の前にニーゲライテ先代男爵から預かっているんです。馬車の倉庫にあるのでお屋敷に着いたら渡しますね」

「ああ、助かるよ」


 のらりくらりとかわされている気がする。もしかしてひざまくらしたいのか。


 そんなわけないよな? 


 だって頭は重い。ひざに乗ったままじゃラピアも快眠できないだろう。


 首が疲れる。筋肉がぷるぷるする。


 頭部を浮かせるのもそろそろ限界だ。


 俺は一気に跳ね起きようとして靴裏を浮かせる。


 頭をなでられてとっさに断念した。


「私が小さい頃、母がよくこうしてくれたんです。お屋敷に着くまでもうしばらくかかりますし、もうひと眠りしてください」

「……はい」


 いい笑顔で言われたら従うしかない。色々助けてもらった手前、強引に押しのけるのは気が引ける。


 俺は首から力を抜いた。後頭部に伝わるやわらかさにあまんじる。


 眠れない。ラピアの太ももから伝わる熱が左胸の奧をバクバク言わせる。


 ラピアってこんな子だったっけ。記憶にあるフランスキー嬢はもっとシャイな感じだったのに。


 俺は薄く目を開いてレベッカに念を送る。


 起きてくれレベッカ。


 男性に軽々しくこんなことをするなと、審問の場みたくラピアを叱ってやってくれ!

 

 心の中で叫ぶものの、レベッカは眉をピクリともさせない。

 

 まどろみが再来するまで、俺は少しばかりの幸福感と恐怖を堪能する羽目になった。





 目を覚ますとラピアがレベッカに小さい声で叱られていた。


 俺が起きたことを知るなりラピアが微笑を浮かべた。


 レベッカの存在を忘れたような振る舞いに、小さく嘆息するレベッカ。二人がどういう関係性なのか察するものがあった。


 日が落ちた頃合いになって馬車が停まった。

 

 甘い香りとやわらかさから解放された時はほっとして脱力した。


 フランスキー伯爵と会う手前、ぐったりしているのは失礼にあたる。俺は背筋を伸ばしてお屋敷へと踏み出した。


 お屋敷の扉が開かれるなり使用人に出迎えられた。


 あいさつを交わして杖や荷物を預けた。案内されるがままに廊下を進む。


 フランスキー伯爵邸の内装は相も変わらず華やかだ。拘束に使われた施設が陰鬱としていたから余計にそう感じられる。


 案内された先は、以前俺が寝泊まりしていた部屋だった。


 その一方で家具は買い替えたみたいにピカピカだ。ベッドもふかふかして寝心地がいい。


 レベッカもこの屋敷に泊まると聞いた。ラピアと二人でお泊り会でもするんだろうか。


 うらやましい。俺にも男友達がいればなぁ。


 部屋で待機しているとドアがノックされた。


 使用人がうやうやしく一礼して、湯浴みの準備が整ったむねを告げた。


 俺は道具を借りて一階に下りた。衣服を脱いで浴場に入る。


 湿気のある明るい空間。地下牢に閉じ込められていた時間を想起すると思わず涙が出そうになる。


 自由な身のありがたみを感じつつ体を清める。

 

 キィッと音がした。


「カムル様。ラピアです」

「まだ入浴してなかったんだな」

「はい。長期間拘束されて疲れているでしょう? カムル様に一番にくつろいでほしかったんです」

「ありがとう。気持ちは嬉しいよ」


 またぺたっと足音がした。


 近づいてくるのを気配でも感じる。


「早めに出るから外で待っててくれないか」

「せっかくですしお背中流します」

「いや、いいよ」


 俺はタオルでこする手を速める。


 牢獄に入っている間は湯浴びが許されなかった。


 ラピアたちは馬車の中で平然としていたけど、地下牢はお世辞にもきれいな場所ではなかった。少なからず臭いはしたはずだ。


 ラピアたちに臭いと思われたくはない。

 

「石鹸を取ってくれませんか?」

「本当にいいのに」

「私が洗いたいんです。魔法を教わった恩は返せませんでしたし、これくらいはさせてください」


 そこまで言われると断りづらい。


 当時は何も言わずに屋敷を出たようなものだ。少なからず罪悪感はある。


 体の大部分はこすったし、そろそろ近づかれても大丈夫か。


「分かったよ。じゃあ少しだけお願いしようかな」

「はい」


 俺は石鹸を手に取って後ろを振り向く。


 大きなふくらみが映って一瞬脳がフリーズした。


 大事な箇所は布で隠されている。それでも透き通るような白い肌と曲線美が平坦だった心を波打たせる。


 俺は我に返ってラピアに背を向けた。


「ラ、ラピア、何で服を脱いでるの?」

「お背中洗いっこできたらと思いまして」

「いやいやいや、駄目だろ常識的に考えて」

「どうしてですか?」

「どうしてって、色々あるだろ色々と!」

「色々って二回言いましたね」


 くすくすと笑い声が響く。


 何でラピアはそんなに落ち着いてるんだ。


 淑女なんだろ? それともお見合い相手とのあれこれで男性の体を見慣れたのか?


 それはそれで少しショックだ。


「いやそうじゃなくて駄目なものは駄目なんだって! ラピアは自分の体をもっと大切にして!」

「心配してくれてありがとうございます。嬉しいです」


 ああ駄目だ、これじゃらちが明かない。


 ラピアは絶対こんなに大胆な子じゃなかった。一体何が彼女を変えたんだ。


 俺は石鹸のついた布でせっせと背中をゴシゴシする。


 湯で石鹸を洗い落とすなり腰を浮かせた。


「俺上がるからゆっくり入っててくれ!」

「あ、カムル様!」


 俺は制止の声を無視して浴場を後にした。


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