第96話
「無礼だぞ! この場をどこだと心得ている!」
衛兵がレベッカに歩み寄る。
レベッカが一礼してロールレインを名乗った。
「非礼はお詫びいたします。ですがどうしても審問をやり直していただきたいのです。この審問の結果次第で、我々人類の行く末が決まる気がしてなりません」
「ならぬ。もはや結論は出た。これ以上は時間の無駄だ」
「俺からも頼みたい」
威圧的な声を耳にして息が詰まる。
レベッカの後方から顔に火傷痕のある男性が現れた。
「あの方は、王認勇者じゃないか」
「どうしてこんな所に」
騒めきが起こる中、勇者に遅れて大小の人影が入室する。
一人は学者風の知的な男性。
もう一人は金髪の少女。高そうな青い衣服や気品あるたたずまいが貴族的な空気をかもし出す。
同年代に見える。レベッカの知り合いだろうか。
大審問官が口を開いた。
「王認勇者殿。何故このような場にいらしたのですか」
「審問の行く末を見届けようと思ってな。こちらの都合で悪いが傍聴を認めてもらいたい」
大審問官たちが小さくうなる。
大審問官でも王認勇者を前にしては頭が上がらないらしい。
程なくして入室許可が出た。
王認勇者と金髪の少女が観客席に移動する中、学者風の男性が俺の弁護人と話をつける。
弁護人もどきが席を立って俺の視界から消えた。新たな弁護人がトマス・ノルデンを名乗って審問の現状把握を求めた。
書記官が作成した文書を元に情報の整理が行われる。
「現状は把握いたしました。闇属性魔法の使用が禁忌として問われていますが、何ら問題はないように見受けられます」
「バカな、そんなはずがあるか。何を根拠にそんな世迷い事を告げた」
「この異端審問はサクエル法を下にして行われています。ですが、厳密にはサクエル法に闇属性の魔法を異端とする記述はないのです」
観客がどよめいた。
静粛に! そう張り上げられた声が室内を駆けめぐる。
その通りだ。俺は闇属性魔法が異端扱いされていることを知った当時に、フランスキー伯爵領でサクエル法を調べたことがある。
どの文書を閲覧しても闇属性魔法を異端とする記述はなかった。
その一方で世の中には闇属性魔法を異端とする空気がはびこっている。審問の際には、知識のない民衆が感情に任せて被告を非難する。
ただ未熟なシステムで構成された異端審問だ。審問官の目や観客の怒声が弁護人を委縮させる。
正義感に任せて弁護しても教会に恨まれる。弁護人が我が身可愛さに被告を見捨てて、冤罪が生まれやすい土壌ができ上がっていた。
それでも審問は審問。弁護人は知識や社会的信用のある学者だ。
権威を大事にする審問官が、感情でサクエル法を押し流すことは許されない。
新たな弁護人が審問官に対して物怖じせず受け答えする。
金髪の少女が連れてきた男性はよほど肝がすわっているようだ。
大審問官が咳払いをして場を仕切り直す。
「弁護人の言いたいことは分かった。だがまだ疑いは残っている。被告と魔族がつながっていないことは証明されていない」
「それなら問題ございません。証人をこの場にお連れいたしました」
「証人だと? それは誰のことだ」
「他ならぬ王認勇者でございます」
大審問官が目を見開く。
そりゃ驚きだろう。異端審問の恒例で告発者は隠されているが、俺を告発したのはおそらく王認勇者その人なのだから。
観客が騒めく中、審問官たちの視線が王認勇者に向けられる。
「王認勇者。被告の弁護人が言ったことは本当ですか」
「何のことかは分からない。しかし俺の証言が真実追及に必要だと言うなら証人となる機会をもらいたい」
「許可しましょう」
言葉を受けて王認勇者が前に出た。
「それで弁護人。どうして王認勇者が被告の無実を証明する証人になるのですか」
「それにはまず、証人に現場で起こったことを話してもらう必要があります。王認勇者、被告と戦った時の様子を教えてください」
「了解した」
王認勇者が、俺を叩きのめした時のことを語る。
光属性の魔法を連射したことから、光の柱こと灼き焦がす光が地形を変えたことまで語られた。
「光の柱は、以前クルエスタ辺境伯領でも確認された事象です。今や神がクルエスタ辺境伯に助力した件は広く知られております。今回も神がお二人の戦いに介入なさった。そうは考えられないでしょうか」
審問官たちが目に見えてうろがえる。
俺は思わず呆然とする。
弁護人は突然何を言い出すんだ。光の柱は俺が放った魔法じゃないか。
そう思ってハッとした。
俺は辺境伯領にて灼き焦がす光で魔物を焼き払った。
その時にクルエスタ辺境伯と約束事を交わした。一般的には神が助力したとされて、俺が魔法を発動したことは伏せられた。
今の人類の技術では灼き焦がす光の大破壊を再現できない。大半の目撃者は俺の魔法を神の裁きと誤認したままだ。
俺は勇者との戦いでも同じ魔法を使った。
客観的に見れば、それは神の介入に他ならない。
「弁護人。神は二人の戦いに介入なさって、一体何をなそうとしたと考えますか」
「無論お二人の戦いを止めるためです。神はお二人が戦うことを是としなかった。それはつまり、二人で人類を導けというお告げなのではないでしょうか」
観客席の方でおお、と驚きの声が上がる。
神は俺と勇者に協力するよう求めている。その考え方は審問の行く末を大きく左右する。
何せこの場に集ったのは神を信じている連中だ。
神が行うことは絶対。神は決して間違えない。
ゆえに神に選ばれた人間が人類に仇なすことはあり得ない。彼らは理屈をかなぐり捨てて本気でそう信じるだろう。
俺と勇者だけが光属性魔法を行使できる。俺が神に選ばれたとする説得力は十分だ。
静まるように求める声が張り上げられた。次いで審問官を務める老人たちがひそひそと言葉を交わす。
審問が判決の言い渡しに移った。
大審問官たちは複雑そうな表情を浮かべているが、場の空気は完全に傾いている。
大審問官が俺の無罪を言い渡して、この異端審問は幕を閉じた。
審問官たちが俺たちをひとにらみして退廷した。
観客の中にはちぇっと言いたげな顔も見られる。被告が浮かべる絶望の表情を楽しみにしていたに違いない。
可視化された悪意も今は特に気にならない。自由の身となった喜びが羽毛のごとく心を軽くする。
勇者と目が合った。偉丈夫が歩み寄ってきて意図せず背筋が伸びる。
硬直する俺の前で勇者が「すまなかった」と口にした。
謝られた現実を受け止めるのに数秒要した。
色々言いたいことはあったものの、魔族の親子を逃がしたことは事実だ。
惑星魔法を神の裁きと誤認させた件もある。俺は糾弾する気分になれず適当な言葉でごまかした。
勇者が退室して、俺は脱力のあまり床にくずれ落ちそうになった。
俺はあらためて周囲を見渡す。
父の姿はすでに消えている。
話すことを決めていたわけじゃないけど少し寂しい。
俺は弁護してくれた男性に歩み寄る。
「今日はありがとうございました。おかげで助かりました」
「礼には及びません。あなたの無実を証明できてよかったです」
男性が柔和に微笑んだ。
年の頃は四十半ばといったところか。刻まれたしわの一本一本が歴戦の知性を物語っているみたいだ。
「無罪が確定した直後に申し上げるのは何ですが、まだ気を抜くことはお勧めしません」
「と言うと?」
「異端審問にかけられた事実は消えません。この付近に住まう人々からはしばらく疑いの視線を向けられるでしょう。審問官の方々も面子を守るべく別の罪状を探すかもしれない」
「ああ、それはありそうですね」
異端審問は教会が権威を示すシステムだ。
そこでの無罪放免は、教会にとって権威を汚されたも同然だ。屈辱で逆恨みする輩が出てもおかしくない。
「ノルデンさんは大丈夫なんですか?」
「要注意人物としてマークされるかもしれませんが、そんなことは私が受けた恩と比べれば些細なことです」
「恩? 俺が何かしましたっけ」
「ニーゲライテさんではありません。私が恩を感じているのも、弁護を依頼なさったのも彼女です。なのでお礼ならフランスキー嬢にお願いします」
靴音が迫る。
振り向いた矢先だった。金髪の少女が腕を広げて俺の胸元に飛び込む。
「おわっ!?」
少女を受け止め損ねて、俺の背中が床を打った。
戸惑う俺の前で少女が顔を上げる。
「カムル様! またお会いできて嬉しいです!」
お人形のように顔立ちが整っている。青い瞳がサファイアみたいで視線を惹かれる。
ノルデンさんは先程フランスキー嬢と言った。
俺の記憶が確かなら、この少女は。
「ラピア、なのか?」
「はい! 小さい頃、カムル様に素敵な魔法を教えていただいたラピアです!」
俺を抱きしめる腕に力がこもる。
退廷する観客の視線が突き刺さって気恥ずかしいけど、頭部の重みを預けるラピアからは強い歓喜の情が伝わってくる。
相手はノルデンさんを連れてきた恩人だ。力づくで引き離すのはためらわれる。
どうしようかと思っているとラピアの体が浮き上がった。
「いつまで抱き着いてるの! 早くカムルから離れなさい!」
ラピアがレベッカに立たされた。
お人形のような顔立ちが不満げにほおをふくらませる。
「幼馴染と数年ぶりに再会したんですよ。これくらいはいいじゃないですか」
「駄目よ。大勢の前なのだから少しは淑女としての自覚を持ちなさい。フランスキー伯爵がご覧になったらどう思われるか」
「あら、お父様は私を応援してくれると思いますよ」
「あっそ。仲がいいようでうらやましいわ」
レベッカが小さくため息をつく。
まるで友人のようなやり取りだ。
「レベッカはラピアと交流があるのか?」
「ええ。ラピアとはパーティの場で知り合ったの。カムルの無実を証明するために協力してくれたのよ」
俺が拘束されている間に、レベッカはラピアと役割分担して動いていたらしい。
レベッカは片っ端から作戦参加者に当たって証言を集めた。
ラピアは知り合いの法学者や神学者とコンタクトを取って、俺の弁護を引き受けてくれる人を探した。
ギリギリまで奔走したから到着が判決寸前になったようだ。
「レベッカから異端審問の話を聞いた時は驚きました。あまり心配させないでください」
「本当よ。やっと会えたと思ったら勇者に剣を向けられているし、本当にびっくりしたんだから」
「それはごめん。でもびっくりしたのはこっちのセリフだよ。まさかこの場に勇者を連れてくるなんて。告発者は伏せられてたけど絶対勇者本人だろ」
「仕方ないじゃない。他に臆さず証言できる人なんて誰がいるって言うの? みんなは口を開けば勇者が正しいって言うし、勇者びいきしないで証言する人なんて勇者本人くらいよ」
それは分かる。
現場にいたからこそ確信できる。あの場にいた兵は全員勇者の虜だ。
発言が勇者の不利に働くと考えれば、彼らは事実と真逆のことを口にする。
告発者の証言が何よりも信用できるだなんて、元いた世界の裁判じゃ考えられない話だ。勇者がいかに特異な存在か思い知らされる。
俺にはそれが心底不気味でならない。
今回の異端審問では、告発者たる勇者の面子も潰れた。普通は審問官みたくにらむくらいはするだろう。
勇者の目的を考えれば面子は命より大切なはずだ。
なのに勇者は審問が終わるなり謝罪の言葉を口にした。あの態度に面子を潰された苛立ちや逆恨みの色は一切なかったように思う。
まるで余計な感情を漂白したような在り方だ。
一体何が勇者をあそこまで潔癖に走らせるのか。
「カムル様、これから何か予定はありますか?」
「ないよ。本当に無罪を勝ち取れるとは思ってなかったし」
「それなら私のお屋敷に来ませんか? せっかくこうしてまた会えたのですし、放浪中のお話しでも聞かせてください。二人きりで!」
「こら、私を仲間外れにするな」
「えー」
「えーじゃない! 私だってカムルと話したいんだから!」
レベッカとラピアがじゃれ合う。
ノルデンさんと目が合って、俺たちは苦々しく笑った。
忘れられているかもしれないので以下補足
ラピア・フランスキーは、カムルがフランスキー領を出たことで涙した少女です。
がんばって責任とらせると意気込んで、フランスキー伯爵を戸惑わせたシーンが印象的でしょう。
第31話で誓ったように、ひかえめな性格だったラピアは積極的になれたのか。以降の話を楽しみにしていただければ幸いです。




