第95話
生きないと。
そう思ったところで状況は変わらない。
俺は近いうちに異端審問にかけられる。審問の結果次第では処刑される。
逃げたところで解決にはならない。勇者が地獄の果てまで追ってくるのは目に見えている。
何よりロールレインの名前に傷がつく。これ以上レベッカに迷惑はかけられない。
無罪を勝ち取るには俺の潔白を証明しないといけないが、俺の魔喰いを見たのは複数人いる。
その内一人は絶大な信用を持つ王認勇者ときた。俺の発言で審問の流れをひっくり返すのは無理だ。
考え方を変える必要がある。
俺の潔白を示す証拠はもうあきらめる。そんなものはないし、闇属性の魔法を行使した時点でその芽は潰えている。
生き残るには俺の有用性を示すしかない。
魔族の大規模魔法は人類の悩みの種だ。
でも俺なら対策できる。対抗術式を編み出せる。
正直分の悪い賭けだ。
信仰と合理性なんて真逆の概念と言ってもいい。教えを妄信する連中に人類のために俺を生かせと主張しても望み薄だろう。
俺は牢獄に捕らわれた身だ。自分の足で証拠を集めることも叶わない。
レベッカが動いてくれているものの、ここは記憶する媒体もない世界だ。異端あつかいされる俺の証人なんて集まるんだろうか。
ない、ない。ないないない。
何もかもがない。俺が勝つために必要な要素が不足している。
でもやるんだ。
俺は死ぬわけにはいかなくなった。生きるためならマッチポンプ程度の恥は忍ぶ。
そして迎えた異端審問前夜。俺は牢屋の中で簡易なベッドに腰かける。
これからの流れを説明してくれた審問官は実に楽しそうだった。
特に饒舌だったのが拷問器具の説明だ。
口にセットしてグルグルするとほおが裂けるとか、鞭打ちすると皮膚が裂けてうんぬんかんぬん。
娯楽のない世界だと人を傷つけるのが最高の刺激になるらしい。悪趣味だなと思いながら適当に話を聞いてあげた。
俺は外鞘から空を見上げる。
俺の心中とは裏腹に、外では月夜がいつも通りの光を注いでいる。
人々は俺の窮地なんて露知らず、普段通りに生活しているのだろう。そう思うと胸の奥がキュッと絞めつけられる気分だ。
怖い。
戦場でもなじみ深い感情だけど、今回はシチュエーションが違うからか余計にそう感じられる。
その一方で久しく覚えなかった熱がある。
生きてていいんだと自分の存在を認めてもらえた感覚。あの熱をしっかりと胸に刻んでおかないと。
窓の外遠くに松明の灯が揺れる。
夜番の兵士が巡回しているのだろう。曲がり角に差し当ったのか、温かみのある光が視界内から消える。
ふとレベッカのことを想起する。
彼女は暗く沈んだ俺の人生に熱をともしてくれた。わがままだった少女が今や命の恩人だ。何度思い返しても不思議な心持ちになる。
レベッカとは子供の頃に交流して以来の関係だ。多少根回しをしたくらいで恩を着せるつもりはなかった。
レベッカはその恩を覚えていた。
それところか俺の放浪をきっかけにして成長した。
貴族としての作法を学んだ上に、剣技も修めてニーゲライテ領民のために戦場を駆け回った。おてんばだった少女は立派な令嬢に育った。
片や神童とうたわれた俺は異端審問を待つ罪人だ。出発地点が全然違うのに気付けば立場は逆転した。
それがとても悔しい。
レベッカの成長に関われたことは誇らしいけど、どうしてここまで差がついたのかと胸をかきむしりたくなる。
これからは真面目に生きよう。
償いの形はいまだ見えない。それが見つかった時のために色んなものを積み上げるんだ。
異端審問を待つ身で未来を描くなんて楽観的すぎると思うけど、どうせ死んだら全部終わりだ。だったら将来に思いをはせた方が建設的だろう。
俺は体を後方に傾けた。背中をベッドにつけて天井を仰ぐ。
染みが広がっている。どこかで水が滲んでいるのか、あるいは年月をかけてこうなったのか。
しばらくは眠れそうにない。俺は答えなき答えを求めて思考をめぐらせる。
明るさで目が覚めた。
気がつくと異端審問当日の朝だった。俺は身支度を済ませて、役人の案内に従って牢屋を出た。
審問は修道院にて行われる。俺は交流施設を後にして日の下を歩く。
その果てに審問の場に足を踏み入れた。
観客が場をにぎわせている。木柵の向こう側でわいわいと雑談を交わしている。
その中に父がいた。周りと言葉を交わさず、無表情で民衆の中に混じっている。
父と視線が交差する。
表情は変わらない。数秒して父が視線を逸らした。
正直嘲笑されるかと思った。
父とは屋敷で責められて以来だ。少なくとも口の端をつり上げるくらいはされると思っていた。
審問の結果が出ていないから大人しくしているのだろうか。
それとももっと別の意図があってのことか。
程なくして異端審問が始まった。
正面に座すのは国王に任命された大審問官だ。両側に同僚をはべらせた老人が問いかけを紡ぐ。
あなたは異端的なことをしたり、言ったりしたことがあるか?
聞いただけで失笑したくなる問いかけだ。
中世にあった異端審問もこんなものだったらしい。事前に罪状を知らせると、被告が言い訳や反論をするからそういう形になったのだとか。
法治国家で生きた身としては信じられない話だ。
被告は密告者の証言を明かされず、いつ、どこで、誰がという具体的情報も省かれる。
学者くずれのような弁護人はいるものの、熱心に弁護すると弁護人自身も異端ではないかと疑われる。
大半の弁護人がそれを恐れて一歩引いた弁護をするから存在価値がほぼないそうだ。そりゃ冤罪が多発するのもうなずける。
ましてや今回の審問はほぼ黒が確定している。
審問官への印象をよくするために隠し事はしないけど、場の流れに沿うだけじゃ拷問待ったなしだ。
「被告、ニーゲライテ家三男カムル。汝は闇属性の魔法を行使したことを認めますか?」
民衆が木柵の向こうで固唾をのんだ。
異端の魔法使いを吊るし上げる見世物を楽しみにしている者もいれば、純粋な好奇心で来ている者もいるだろう。
俺は静かに息を吸う。
「認めます」
観客席が蜂の巣を突いたようにざわめく。
大審問官が手を上げたのを機に静寂が戻った。
「率直な申告、殊勝なことです。しかし認めるということは、汝が教会の定める禁忌を犯したという事実を自ら肯定することになります。それでも構いませんか?」
「構いません。ただし弁明の機会をいただきたく存じます」
審問官たちが顔を見合わせる。
こういった場で被告が堂々と発言を求めるのは珍しいのだろう。
弁明が不十分だと言い逃れをしていると捉えられる。そのまま拷問への移行待ったなしだ。墓穴を掘らないように場の流れに任せるのが賢明なのは間違いない。
「発言を許可します」
「ありがとうございます」
俺は姿勢を正す。
ここが勝負だ。俺の有用性と闇属性魔法の誤解をアピールしないと。
俺はあらかじめ決めておいたことを語る。
闇属性の魔法も術式の集合体であり、人類の技術がもたらす恩恵の一つであること。
魔族と戦うためには魔族を研究しなければならない。闇属性魔法の研究開発はその一環として行ったこと。
他にも魔族の大規模魔法を対策するために研究生として活動していることを告げた。
大審問官が目を細める。
「つまり被告は、自らの命惜しさに人類への貢献を盾にしようというわけか」
「そう取っていただいても構いません。どのみち俺には無実を証明する手段がない。俺が生きていることの価値を示すしか道はないと判断いたしました」
「弁護人、何か補足はありますか」
弁護人の男が居心地悪そうに体を揺らした。
彼はここに来てから一度も口を開いていない。
熱心に弁護すれば自身も疑われる。王認勇者の証言がある状況では動かない方が保身になる。
分かっていたことだけど、これほど露骨だと清々しさすら感じられる。
審問官が小さくため息をついた。
「闇属性魔法の行使は魔なる者の証。聖書にそう記されている上に王認勇者の証言もある。もはや被告の弁解は論ずるに値しませんな」
背筋がぞくっとする。
まずい流れだ。
慌てたら疑われる。俺は冷静に努めて発言する。
「お待ちください。それは先程も申し上げた通り、魔族に勝つためには闇属性魔法の分析が必須で――」
「くどい! 神の教えを軽んじるその姿勢、後日の責め苦で悔い改めるがいい」
俺は奥歯を食いしばる。
教えに反するくらいなら死を選ぶ。そんな人たち相手に合理性を説いても無意味か。
魔族の脅威を知ってもなお教会の教えを順守する。その在り方は元いた世界で聖戦をうたっていた人々と重なる。
死にたがりめ。そう言ってやりたい衝動をこらえる。
魔王国には優秀な研究員がいる。俺が作らなくともいずれ魔力収束機構の完成にこぎつけていた。そう思えるくらい勤勉な魔族たちだった。
彼らはこうしている今も魔法を発展させているはずだ。六幻征が討たれた報告を耳にして開発を急いでいるかもしれない。
いずれ人間と魔族の間に多大な技術差がつく。
魔族の族滅に失敗すれば、勇者が没した後で勢力図がひっくり返るのは必至だ。
あきらめるわけにはいかない。
人類全員が信者じゃないんだ。自殺願望者たちの巻き添えになんてさせるものか。
でも理屈や合理性が通じない相手をどうやって説き伏せればいいんだ。
「判決を言い渡す!」
大審問官が声を張り上げる。
その時だった。後方でバタンと大きな音が鳴り響く。
「その判決、お待ちください!」
通った声が室内を駆けめぐる。
振り向くと入り口付近でレベッカが息を切らしていた。




