第92話
俺は戦いに明け暮れる。
戦っている間は嫌なことを忘れられる。
拠点ではグループの仲間と同じ鍋を囲んだ。可能な限り会話に参加して一人の時間を避けた。
使う材料は初日と同じ干し肉や硬いパン。
おいしくはないけどあまり気にならなかった。同僚の雑談で聞こえる話に耳を傾けて、せっせとお腹に詰める作業にいそしんだ。
彼らいわく、この戦場にはロールレイン伯爵の兵も駆り出されているらしい。
六幻征が処された上に士気の差も大きい。明らかな戦力過多だ。
領主には、兵が仕事をした分だけ報酬を支払う義務がある。
このままでは兵を遊ばせるだけになる。オイデイン兄さんが伯爵の兵に引き上げるよう要請するのも時間の問題だ。
戦って食べて寝る。
そのサイクルを繰り返す内に勇者が合流した。
仲間は大いに驚いて、これは奇跡だとわいわい騒いだ。その様子をどこか冷めた様子で眺める自分がいた。
野戦病院で言葉を交わしてから勇者が遠くに感じられる。
俺はどこか驕っていたのだろう。
魔王国であれだけのことをやらかしておいて、俺は心のどこかで自分を誇っていたのだ。
この世界の価値感は元いた世界よりも遅れている。俺は無意識に、この人たちよりはマシだと思っていた。
そんな時に勇者が現れた。
その勇者は俺と同じ転生者で、しかも聖人クラスの人格者ときた。
人格だけならまだいい。武力まですさまじいから言い逃れができない。
勇者が復帰してから俺たちの前進するスピードは明らかに増した。周囲の士気も鰻のぼりを超えて竜が昇りそうな勢いだ。
どうして俺はああ在れなかったのだろう。自分と勇者を比較して恥を覚えずにはいられない。
「浮かない顔だな。どうしたカムル」
故郷が同じと知って親近感でもわいたのか、勇者はニーゲライテの人間がいない場でも俺を名前で呼ぶようになった。
俺は距離を感じているのに、勇者はむしろ踏み込んでくる。
皮肉なものだ。色々と。
「何でもありません。やっぱりすごいですねアストレイカーさんは」
「俺の力をすごいとするなら、それは神がもたらされた恩寵のなせるわざだ」
「恩寵って光属性の魔法のことでしょう? それは俺も授かりましたけど、あなたほど強力な力はもらえませんでしたよ。どんな戦場もあなた一人なら簡単に平定できそうです」
お世辞ではなく心の底からそう思う。
俺は勇者の本気を目の当たりにした。六幻征をほうむった時の破壊力は地形を変えるほどだった。
でも俺にはあれが勇者の限界とは思えない。条件さえそろえばもっと高出力で行使できるはずだ。
条件の一つは、周りに味方がいないことだとにらんでいる。
勇者は仲間想いだ。巻き添えにする可能性を考慮して、無意識に力をセーブしているに違いない。
「神を試してはならない」
「どういう意味ですか?」
「俺は人間だ。一人で魔族を殲滅するなど不可能だし、仮に成せたならそれは神の奇跡に他ならん。達成できてもできなくても恩寵を試すことになる。何より、人間を導くのは同じ人間でなければならない。少なくとも近くに同胞がいる内は足並みをそろえよう。一騎当千の兵など夢物語でいい」
どこまでも信心深い人だ。神もこの人柄を目の当たりにしたから莫大な力をあずけたのかもしれない。
しかし末恐ろしい話だ。
勇者が挙げた武勲はいくつか耳にしてきたけど、それら全ては周囲に配慮した状態で挙げてきたとは。
六幻征を消し飛ばした時の魔法出力は目を見張るものがあった。
でもあの場には俺たちがいた。皮肉にも勇者を人間の域にとどめているのは俺たち人間だったわけだ。
周囲に配慮しなくてもいい状況下でのみ振るわれる勇者の全力。想像しただけで身震いする。
勇者が俺から視線を外した。
「前方に何かいるな」
俺には何も見えない。透視でもしてるのかこの人は。
俺たちは勇者の指示を受けて移動する。
木々の間を抜けた先にちょっとした村があった。
「こんな森の深い所に誰が」
「少なくとも人間ではないだろうな。仮に人間ならばとっくに連中の腹の中だ」
この場は領土の外。営みを立てるのは並大抵のことじゃない。それでも居ついたとするなら、その人たちは高確率で犯罪者の類だ。
ニーゲライテ領に向かう魔族がこの村を通過しなかったはずがない。
村人に取れた選択肢は争うか逃げるか。どちらにしても痕跡は残る。
その痕跡すらないとなれば、村に住んでいたのは魔族と考えるのが自然だ。
「魔族が隠れている可能性がある。独りにならないよう注意して生き残りを捜索しろ」
仲間がグループを作って散開する。
俺は勇者とグループを組んで村の中を歩く。
辺りは静まり返っている。
何かがいるとは思えない一方で、使用された痕跡のある道具が何者かの在住を裏づけている。
村人であろう存在はすぐに見つかった。
「ひっ、く、来るな!」
頭部に角を生やした人型が後ずさる。
男性の腰元には小さな女の子がすがりついている。頭部にはしっかりと魔族たる証が見られるものの、大きな瞳は猛獣を前にしたような怯えに揺れている。
頭部の角と幼い顔立ちがリティアを想起させて、俺はそっと視線を逸らす。
「やはり魔族か。他に魔族が潜んでいるとは思えないが、どうするヴァラン」
「決まっている」
勇者が足を前に出した。
片方は子供だ。いくら魔族と言えど悪いようにはしないだろう。
何せ勇者は人格者。子供を前にして剣を抜くなどあり得ない。子供に驚かせたことを詫びる未来図が容易に思い浮かぶ。
確信する俺の前方で勇者が右腕を動かす。
その手が剣の柄を握った。鞘からシャランと銀色をのぞかせる。
……え。
いや、まさか。
そんなはずはない。だって、勇者は人格者だ。
戦時でも民間人への攻撃は非難される。元いた世界でも軍人を務めていたアストレイカーさんがそれを知らないはずがない。
左胸の奧がバクバクと鼓動を打つ中、ついに剣先まで抜き放たれた。
「ちょっと待ってください!」
俺は勇者とすれ違って両者の間に入った。
「そんなに慌ててどうした。新手でも見つけたのか」
「そうじゃありません。今何をしようとしたんですか?」
「敵を斬ろうとしたが、それがどうした」
俺は唖然とした。
斬ろうとした。そう告げた勇者の表情は驚くほど平坦だ。
自身が発した言葉の意味を理解しているのか?
俺はそう告げようとして思いとどまった。冷静に努めて言葉を選ぶ。
「民間人ですよ。それに片方は子供です。殺す必要はないんじゃないですか」
「子供は大人の幼体だ。育てばいずれ人間を手にかける。その前に滅さねば犠牲者を増やすだけだ」
「そうならないように法があるんでしょう! いたずらに殺せばどこかで恨みを生む。後世に禍根を残したいんですか?」
「そのためにこの世から一掃するのだ」
駄目だ、話が通じない。
勇者は疑っていないんだ。自分の価値観を、そしておそらく自称神のお告げを。
魔族族滅。掲げられた大義の前には子供かどうかなど関係ない。悠然とたたずむ威容はそう言わんばかりだ。
シークランドさんが声を上げた。
「ヴァラン。どうやらニーゲライテさんは、貴方が子供を斬るところを見たくないらしい」
「どういうことだ」
「羨望だよ。きっと彼は恐れているんだ、憧れの勇者像がくずれることをね。斬る対象が子供というのもよくない。大学に通っているとはいえニーゲライテさんも子供だ。もしかして自分もと怯えるのも致し方ないことだろう」
シークランドさんによる全く的外れな擁護が始まった。
的外れでもそれらしい理屈はある。勇者が処断を考え直してくれれば何でもいい。
シークランドさんの言葉に一考の余地があると感じたのか、勇者が小さくうなる。
「子供に夢を見せるのも勇者の務めだ。もうしばらくは憧れの男として在ってもいいんじゃないか?」
「シークランド、お前の考えに理解は示そう。だがこの魔族はどうする。このまま放ってはおけんだろう」
そう、問題はそこだ。
この場で事なきを得ても仕方ない。退いた先で処刑されるなら結局同じことだ。
どうすれば二人の魔族を助けられる。
思考をめぐらせる俺をよそに、シークランドさんがおもむろに歩みを進める。
「ここは代替案といこうじゃないか」
「聞かせてくれ」
「なに、そう難しいことじゃないさ」
シークランドさんが足を止めて右腕を伸ばす。
「ヴァランが直接手を下せないなら、私が魔族どもを八つ裂きにすればいい」
俺の体が反射的に動いた。
それは魔族への罪悪感だったのかもしれない。あるいは魔族を助けることで自分が何かが変わると思ったのか。
発動までこぎつけた魔法は止まらない。吹き荒れる風の刃が宙を駆ける。
足元の地面がくずれ去ったような感覚におちいった。
風の刃が電気を帯びている。複数の属性を混ぜ合わせて威力向上を図った魔法だ。
すなわち複合魔法。対となる属性のない万能反応装甲の天敵。
防御自体はできる。
しかし万能反応装甲の術式は、複合魔法に対して魔喰いを出力する。
教会に禁忌指定されている闇属性の魔法。それを見た自称神の信者がどんな反応をするかは明白だ。
「カムル、その魔法はどういうことだ」
声色が凍てついた鋼のごとく冷たい。
眉をひそめた様子に、先程まで見られた親愛の色は皆無だ。
懐疑心を隠そうともしない勇者に影響されて、俺を見る周囲の目まで変わっていく。
残念だ。そんな勇者のつぶやきが空気に溶ける。
「どうやらやるべきことが増えたようだ。勇者の権限により眼前の少年、カムル・ニーゲライテを異端者として処断する」
とても言い逃れできる空気じゃない。
どうやら覚悟を決めなきゃいけないようだ。
最強の味方は最強の敵。
絶対勝てない戦いの始まりです!




