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人間嫌いの転生貴族 ~散々恋破れたので美少女に言い寄られてもなびきません~  作者: 監色共色


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第91話


 俺たちは勇者を介抱して拠点まで戻った。


 野戦病院に勇者の身柄を預けた後で再出撃した。


 六幻征に怯えていた人たちも精神が高揚したらしい。魔族や魔物を見つけるなり率先して駆け寄る姿が散見された。


 六幻征が欠けて士気がガタ落ちしているのか、魔物や魔族の方には逃げ惑う個体が多く見られた。


 そしてそれを追う人間。これではどっちが侵略者か分からない。


 俺は日が落ちる前に帰還した。


 拠点内では勇者が六幻征三体を討ち取った話でもちきりだった。


 当初は勇者の見舞いに行こうと考えていたものの、野戦病院前には常に多くの人が押し寄せていた。


 見舞いは人が空いてからにしよう。


 俺はそう考えて先に食事や睡眠を摂った。


 起床した翌日。俺が野戦病院前に足を運ぶと、死傷者とその介助人以外は立ち入り禁止になっていた。


 勇者を見舞いたいのにどうしたものか。


 一人考えていると病院内から人が出てきた。


 勇者が呼んでいるらしい。俺が来たら声をかけるようにあらかじめ頼まれていたようだ。


 俺はこれ幸いと野戦病院のテント内に踏み入った。


 充満するのは消毒液と血の臭い。テント内を視線で薙ぐとあちこちにベッドが並んでいる。


 包帯に巻かれた身で目を閉じている人、腕や足を吊られている人。はたまた痛みでうめいている人。


 いずれも怪我人だ。中には昨日一緒に戦場を駆けた顔もある。


 勇者の活躍によって魔族の勢いは大いに削がれた。


 俺たちにもできる。そう確信して突撃をかける同僚は山ほど見た。


 きっと彼らは勘違いをしたんだ。


 仲間が大きな戦果を上げたところで俺たちが強くなったわけじゃない。魔族が弱体化することもない。

 

 俺たちは只人ただびと。できることには限りがある。


 夢から覚めた気分で最奥の部屋にたどり着いた。俺は垂れ幕越しに自身の名前を告げる。


「入ってくれ」


 俺は応答を耳にして垂れ幕をめくった。


 ベッドの上に包帯まみれの人型があった。


 肌色が見える箇所は皆無だ。強い意志を宿す青い瞳だけが爛々としている。


 勇者も怪我をするんだな。


 そんなことを、しみじみと思った。

 

「見苦しいところを見せてしまったな」

「まさか。六幻征を討伐した英雄にそんなこと言ったら袋だたきにされちゃいますよ」

「冗談がうまいな」


 冗談なものか。拠点にいる兵がどれだけ勇者を慕っていると思ってる。


 仮に拠点内で勇者を侮辱しようものなら、例え子供の身でも三百六十度からの罵声が飛び交うことだろう。


 発言者は相変わらずの無表情。本気で言っているのか分からない。


 俺はとりあえず小さく笑っておいた。


「思ったより大丈夫そうで安心しました。再起不能になるかと思ってヒヤヒヤしてましたよ」

「心配をかけたな。俺は大丈夫だ。この程度の怪我は一週間あれば治る」

「そうですか、よかった……一週間?」


 思わず耳を疑う。


 一週間って、あの一週間だよな? 夜を六回終えて得られるあの期間だよな。


 頭部以外バラバラになっていそうな重症なのに、たった一週間で完治するって言うのか。


 勇者が力強くうなずく。


「ああ、一週間だ。そういうわけでしばらく戦線を留守にするが、大丈夫そうか?」

「はい。アストレイカーさんが六幻征を討伐してから士気がうなぎ上りなんです」

「うなぎを、知っているのか」


 勇者が思わずといった様子でつぶやいた。


 何が引っかかったんだろう。鰻登りと聞いて鰻が食べたくなったとか?


 そう考えてハッとする。


 この世界に鰻は生息していない。馬っぽい生き物が馬と呼ばれているから一瞬気づくのが遅れた。


 存在しない生き物を使ったことわざは生まれない。鰻上りという言葉は、鰻が生息していた世界だからこそ生まれる言葉だ。


 つまり勇者は鰻を知っている。


 やっぱりヴァラン・アストレイカーの中身は、俺と同じ――!


「君は転生者なのか?」


 問いを紡ぐのは勇者の方が速かった。


 俺はノータイムでうなずく。


「はい。俺は日本からの転生者です」

 

 勇者が目を見開いた。


 驚嘆の色に遅れて、瞳に微かな歓喜の色が浮かぶ。


「そうだったか。年のわりに賢しいわけだな、まさか同郷の者がこの世界に転生していたとは」

「転生したってことは、アストレイカーさんも老人に会ったんですか?」

「ああ。あの方は失意の底に沈んでいた俺を救ってくださった」


 口調から察するに、アストレイカーさんは俺と違って神を敬っているようだ。


「元の世界ではうまくいってなかったんですね」

「ああ」


 アストレイカーさんが出自について語り出す。


 彼は日本人ではなかった。小さな国の軍人として働いていた彼は、ある日上官の指示で未開の地にある村におもむかされた。


 そこでは致死性の伝染病が流行っていた。

 

 異常な感染スピードで医療機関も間に合わない。軍上層部はその村を焼き払う決断を下した。


 アストレイカーさんは実行部隊の指揮官を務めた後で処刑されたそうだ。


「誰かが責任を取らねばならなかった。当時は近隣諸国との関係がピリピリしていてな、隙を見せると攻め込まれる危険があった」

「だからアストレイカーさんが、独断で作戦を実行したってことにしたんですね。周りは何も言わなかったんですか?」

「同僚は全員説き伏せた。上層部は賄賂や利権で腐敗していたが、軍としての機能を維持するには権力や金を持つ人物が不可欠だった。混乱に乗じた侵略を受けて攻め滅ぼされるよりはマシと判断したわけだ」

「悲惨ですね」


 安全な日本で生きた俺にはそうとしか言えない。


 長らく軍事衝突と無縁だったのは島国の日本くらいだ。


 大半の国には徴兵制度がある。地続きの近隣諸国とにらみ合いつつ、いつ軍事衝突してもいいように訓練を重ねていた。


 罪もない村人の鏖殺おうさつ、度が過ぎた自己犠牲。


 それらを糾弾するのは簡単だけど、それをするにはこの世界で長く過ごし過ぎた。


「あの判断に悔いはない。だが俺には国や民のために尽くしてきた自負があった。民衆から糾弾されて最期を迎えたことだけが心残りだった。そして次に目覚めた時、俺の前に神がおられた」


 俺の脳裏に、豊かなヒゲをたくわえたおじいさんが浮かぶ。


「あの方は俺の最期を哀れみ、この世界でやり直すチャンスをくださった。だから俺は死なん。多大な恩義に報いるためにも必ず魔族を族滅する」


 俺は息をのむ。


 魔族族滅。その言葉を耳にして胸につっかえるものがあった。


「神が魔族を滅ぼせと言ったんですか?」

「ああ。あの方は、俺に魔族を滅ぼせと仰せになった」

「アストレイカーさんは魔族と話したことがありますか?」

「あるとも。自分たちこそが正しいと信じて疑わない連中だ。あるいは悪者になるのが怖いから、必要以上に相手を悪だと断じるのか。どちらにせよろくでもない」


 勇者の言葉は刃物のように鋭く冷たい。


 その一方で声色に憎悪はうかがえない。あるのは揺るがぬ決意だけだ。


 俺は慎重に言葉を選ぶ。


「魔族にも子供や非戦闘員がいます」

「いるだろうな。だが俺は族滅の使徒として選ばれた。誰かがやらねばいずれ大勢の犠牲を生む。俺に期待する民がいる限りは迷わず歩みを進めよう」

「迷わない、ですか」


 非戦闘員がいるのは確か。しかし戦闘員がいるのもまた事実だ。


 迷えば剣が鈍る。判断が遅れる。その一瞬で守れるはずの命が失われる。


 仕留めなかったことで仲間が殉職することこそ最悪の事態。


 それなら初めから魔族鏖殺まぞくおうさつを掲げた方がリスクを抑えられる。


 実に正論だ。戦場に立つ者の理屈として筋が通っている。


「かっこいいですね。勇者は」


 俺もそんなふうに突き進めたらどれだけ楽だろう。


 俺にはできない。雄々しく在り続ける英雄がまぶしくて、俺はアストレイカーさんに背中を向ける。


「俺はそろそろ行きます。お大事に」

「待て」


 反射的に足を止めた。左胸の奥で嫌な鼓動が鳴り響く。


 さすがに質問が露骨すぎたか?


「君はメイジだろう。そこの杖を持っていくといい」


 俺は振り向いて勇者の視線を目で追う。


 壁に杖が立てかけられている。


 先端から水色の結晶が伸びている。無造作な形状のそれが金色の装飾で華美に彩られている。


「氷河のエルグリムが使っていた杖だ。何かの役に立つだろう」

「ありがとうございます」


 遠慮しようかと思ってやめた。俺は杖に駆け寄って抱き上げる。


 みっともないと思われても仕方ない。遠慮するなと食い下がられるよりはマシだ。


 一刻も早くここを立ち去りたい。俺は恥にも似た感覚に駆り立てられて野戦病院を後にした。

 

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