第102話
闇属性魔法に関する資料を提出した。
ひとまずはこれで一区切りだ。しばらくは審問にかけられたことを忘れられる。
俺はラピアやレベッカに勉強を教えつつ、一人の時間には書庫で本を開いた。
魔法の勉強は一旦置いておく。主にセグランデ王国周辺について調べ上げた。
セグランデ王国は大国だ。人間が営む国で、セグランデ王国ほど大きな国は存在しない。
こと軍事力に関してはダントツだ。
有事の際に動員される人数が多いだけじゃない。何よりセグランデ王国にはヴァラン・アストレイカーがいる。
あれは文字通り一騎当千の戦力だ。
六幻征との交戦時には体中の骨が砕けても動き続けた。サテライトブレイザーによる破壊を真正面から跳ねのけた。
あんなバケモノに目をつけられたら終わりだ。
周辺国もそう思っているからセグランデ王国に対して強く出れない。無茶な要求をされても首を縦に振るしかない。
魔王国という共通の敵がいてもこのザマだ。戦争が終わった後にはセグランデ王国の覇権が約束されている。
その未来図をうとむ国は多いが現状打つ手なし、というのが世界情勢らしい。
勇者に同行、交戦した身としては実にしっくりくる論評だ。俺でもセグランデ王国が世界を取る未来図が見える。
そんなことは本で調べる前から分かっていた。実質書庫にこもった成果はない。
下手に亡命すると自分の首を絞める。それが分かっただけでもよしとした。
以降も変わらぬ日々を送って、ラピアとレベッカの復習が終わった。
振り返ってみると、予定した学習範囲をはるかに超えて勉強していた。
他ならぬラピアたちに乞われたから勉強に付き合ったが、二人は学園に通わなくてもやっていけるんじゃないだろうか。
ともあれこれでお役御免だ。俺は大学への復学に備えて身支度を始めた。
ラピアとレベッカにはもっとゆっくりすればいいのにと言われたが、これ以上大学から離れていると復学の意欲を削がれる。
魔王国だっていつ攻め込んでくるか分からない。それまでにストラクトを完成させる必要がある。
俺は早々に身支度を整えて馬車に乗り込んだ。
フランスキー伯爵領を出て、数か月ぶりに中央都市の地面を踏んだ。
大学に戻ると、想像通り歓迎の視線に迎え撃たれた。みんな俺を見てそれはそれは嫌そうにしたものだ。
元からぼっちだった俺に隙はない。堂々とロッテンハイター教授の研究室に顔を出した。
研究生からは嫌な顔をされたが、教授からは大層無事を喜ばれた。
再開して五分した頃には研究生そっちのけで闇属性談義が始まった。
教授は闇属性魔法に興味津々だった。
闇属性魔法を行使すること自体は異端にはならない。審問でお墨付きをもらったこともあって質問の嵐だった。
俺の準備が整う前に惑星魔法を構築されては困る。俺は教授の研究計画書作成を遅らせるために努力した。
元異端者を見る視線にチクチク刺されて、教授を騙す罪悪感にさいなまれる。
そんな日々を送っていると見ず知らずの他人に声をかけられた。
「こんにちは。カムル・ニーゲライテさんですね」
優男風の男性が浮かべるのは柔和な笑み。
それを敵意のない証明と見なすほど俺は純真じゃない。
「お昼を一緒していいですか?」
「ああ」
男性が正面の席に腰かける。
遠目に他の生徒が視線を注いでいる。
大学で俺と交流を持ちたがる人は稀だが、一応接点を持とうとする稀有な奴もいる。
そういう連中はきまって目的を持っていた。
「そよ風が気持ちいいですね。中庭は開放感があっていいなぁ」
「そうだな。それで君は何が目的なんだ」
「目的?」
「違ったら謝るよ。俺に声をかけてきた奴らは全員目的が同じだったからさ」
男性が苦々しく笑った。
「人聞きが悪いですね。私はただ、ニーゲライテさんが異端審問にかけられたと聞いて心配しただけですよ」
「ずいぶん情報広まるの早いよな。俺は無罪だったのに」
異端審問で有罪の判決が出た時は、教会も積極的に判決内容を別領土や国々に伝達する。それには指名手配のネットワークを敷く意味もあった。
だが俺は無罪だ。
判決を拡散すると、無実の人を裁こうとした教会の醜聞をさらすことになる。
教会が積極的に判決内容を広めたとは思えない。
「何事も悪い話題ほど広まりやすいですからね。ニーゲライテさんの周りでも広まっているんですか?」
「ああ」
「居心地悪いですか?」
「ここを居心地いいなんて思ったことはない」
「そうでしたか。それは辛いですね」
男性が親身になるような言葉を告げて周囲を見渡す。
まるで内緒話をするように身を乗り出した。
「これは提案なんですが、もしよかったらマルフェ公国への亡命をお手伝いしますよ」
なるほど、これが目的か。
俺は気づかないふりをして問い返す。
「亡命?」
「一度異端審問にかけられると、例え無罪になってもしがらみが付きまといます。いつ別の罪状を提示されるか分かりませんし、周りのあなたを見る目は簡単に変わりません」
「だろうな。でも何故マルフェ公国なんだ?」
「私の出身は公国なんです。色々便宜を図れると思いまして」
「なるほどな」
マルフェ公国はセグランデ王国と仲が良くない。
留学生を装って目に適った人材を流出させている、というのはさすがに考えすぎか。
「こう見えて公国の貴族とはコネがあるんです。ニーゲライテさんは優秀な方ですし、亡命したあかつきには相応の地位をお約束しますよ」
ただの留学生にそんな権限があるはずもない。
この男性が嘘をついていないなら、この生徒自身相当高い身分にあるのだろう。この大学にいるくらいだし貴族の血が流れていそうだ。
正直魅力的な提案ではある。
いくつか懸念事項はあるけど、重力魔法のネタがばれるまでのタイムリミットはセグランデ王国に身を置くよりも伸びる。亡命先で迎え撃つ準備をするのも一つの手だ。
審問にかけられる前ならまだしも、今の俺にその選択肢は選べない。
「話は分かった。今回の話は聞かなかったことにするよ」
「私が挙げた条件では不服ですか?」
「いや、悪くない条件だと思う。でもこの国には大事なつながりがあるんだ。それを捨ててまで亡命するつもりはない」
男性が目を丸くする。
やがて小さく吹き出した。
「そうでしたか、それは間が悪かったですね。髪が長かったころのあなたは他人に興味なさげだったのに」
「色々あってな。少し真面目に生きてみようと思ったんだ」
「そうでしたか。よく分かりませんが、そういうことなら仕方ないですね」
「悪いな。個人的に公国とは仲良くしたいと思ってるんだ。機会があったら声をかけていいか?」
セグランデ王国とはそう遠くない内にたもとを分かつ。
もしもに備えてつながりを作るに越したことはない。
男性が首を縦に振った。
「ええ、もちろん。その時を楽しみにしていますよ」
「ところで君の名前は?」
「ザイン・フォレデュールです。以後お見知りおきを」
俺たちは互いに昼食にありつく。
それっきり亡命には触れず他愛もない話をした。




