第101話
俺はフランスキー伯爵との謁見を経て自室に戻った。
俺は時刻を見計らってレベッカの部屋にお邪魔した。
ラピアはぜひ自分の部屋でと言っていたが、俺だけ一時間くらい早く呼び出されそうだから場所は事前に指定した。むくれたラピアは少しかわいかったのを覚えている。
俺は教科書をめくって、二人にいくつか問題を投げかけた。
二人は全問正解してみせた。長い休学で自信がないと言っていたわりにずいぶん博識だ。
大学に飛び級した俺が言うのもおかしな話だが、二人はすでに学園卒業レベルの学を修めているように感じられる。
それも当然か。
レベッカとラピアは上級魔法師の資格を取得している。あれは魔法の応用ができなければ到達し得ないものだ。
基礎なくして応用なし。むしろ二人が博識じゃないのは道理が通らない。
学園の勉強で俺が教えられることは何もない。
そうはっきり伝えたら、二人にいやいやそんなことはないと否定された。
時間の無駄とも伝えたが、この際だから基礎から復習したいと押し切られた。
二人に教える時間を資料まとめに回せると思ったのに。
そう考える一方でほっとする自分もいる。
フランスキー伯爵にはすでにお礼を言った。勉強を教える必要がなくなれば屋敷にいる意味もなくなる。
しばらくは二人と関われる。
俺はその安堵を胸に抱いて、引き続き教える側の務めに励んだ。
そんな日々の途中で、二人が闇属性の魔法を見たいと言い出した。
屋敷の敷地は広い。俺はフランスキー伯爵の許可を得てラピアたちと中庭に出た。
「カムル様、これからどんな魔法を見せてくれるんですか?」
「派手なのを見せてちょうだい」
仮にも禁忌あつかいを受けていた魔法なのに、ラピアとレベッカが目を輝かせている。
教会の人たちも興味津々なだけならよかったのに。
「派手にやるのはまずいよな」
「そうですね。あまりお庭を荒らさない類でお願いします」
どんな魔法がいいだろう。
庭を気にするなら効果範囲は狭い方がいい。爆発も厳禁だ。
幸い闇属性魔法の本領はそこにない。瓦礫を飛ばさず破壊をもたらすのは得意とするところだ。
俺は嘲笑する小宇宙を掲げる。
発動したのは小規模の黒虚洞。以前フランスキー領の外で魔物を一掃した闇属性魔法だ。
落ち葉が浮き上がる。
雑草が宙を舞う。
歩行スペースに散らばる植物が螺旋を描いて闇にのみ込まれる。
俺はちょっとした掃除を経て魔法を解除した。
「ざっとこんな感じだ。どうだった二人とも」
「なんというか、やっぱりカムルは天才ね」
「さすがカムル様です!」
黒虚洞は二人の気に召したようだ。
「いまだに信じられないのだけれど、本当にカムル一人で作ったの?」
「ああ。当時は禁忌あつかいだったから頼れる人もいなかったしな」
「よく開発しようと思ったわね。教会が怖くなかったの?」
「特に恐怖は感じてなかったよ。あの頃は術式の研究開発にしか興味なかったし」
危険を顧みず研究にいそしんだからこその到達点。それは俺が元いた世界で発展した科学と同じだ。
マリーキュリーにノーベルやその他もろもろ。
彼らのような偉人になりたいと思ったことはないけど、彼らが歩んだ道筋をなぞっていると思うと感慨深いものがある。
さすがにうぬぼれがすぎるか。
「これからは、カムル様を中心にして闇属性魔法の研究が進められるのでしょうか」
「どうだろうな。俺は審問で信用を失ったし、大学にはロッテンライター伯爵もいる。研究はあっちで進められるだろうさ」
「納得できないわね。術式を生み出したのはカムルなのに」
「カムル様の功績も取られてしまいそうですよね」
「手柄を立てたくて魔法を研究してたわけじゃない。人類の役に立つなら何でもいいんだ」
それが惑星魔法を生み出してしまった俺の贖罪だから。
「まあ、カムルがそう言うなら」
「もったいない気がしますけれど仕方ありません」
魔王国であったことを詳細に語ってはいないが、ラピアたちは俺が話した内容で引き下がってくれた。
「じゃあ次は私の番ですね」
「番って何の?」
「魔法の披露ですよ。研鑽を積んでいたのはカムル様だけじゃありません。それをお見せしたいんです」
「私もと言いたいところだけれど、さすがにここじゃ魔法を披露できないわね」
「レベッカの魔法適性は火属性ですものね。燃え移ったら大変です」
「そりゃそうだ。じゃあラピアの研鑽の成果を見せてもらおうかな」
「はい。しっかり見ててくださいね」
俺はレベッカの隣まで移動する。
代わりにラピアが前に出た。
細い腕によって木製の杖が掲げられた。ラピアがおもむろに目を閉じる。
静寂が訪れる。
ヒュォォォと風がうなりを上げる。
「ん」
急激に光が絞られる。
夜中とはいかないまでも空間が薄暗さを帯びた。
氷だ。質量を得たそれらが俺たちの周りを旋回して日光を遮断している。
魔法はその数や範囲を広げるほど制御が難しくなる。
無数にある氷塊を日光を遮断するスピードで高速旋回させる。それだけでもラピアの非凡さがうかがえる。
氷が黒を帯びる。変色した氷の数に比例して暗さを増す。
黒を背景に光の点が散った。
「すごいな。星みたいだ」
さながらプラネタリウムの様相だ。
てっきり攻撃魔法を披露されると思っていた。二重の意味で驚きを禁じ得ない。
こういう形で突き詰める方向性もあるんだな。
「器用よねあの子。私にはできないからうらやましいわ」
レベッカも疑似宇宙の景観に見とれている。
火属性の魔法もきれいだが、主に現象として起こされるのは爆発や燃焼だ。
放っておけば溶ける氷と違って、火は燃え移るものがあれば際限なく被害を拡大させる。
花火以外で視覚的に楽しませるには場所の確保が欠かせない。いろんな意味でレベッカには真似できない芸当だ。
「一芸で集金できそうだな」
「俗なこと言わないでよね。ラピアはカムルに見てもらいたい一心で術式を編んだのだから」
「分かってる。そこをはき違えたりはしないよ」
子供の頃のラピアは花火に感銘を受けていた。魔法の道を突き進む原動力になったのは、おそらく当時の感動だ。
夜の中庭で目を輝かせていたラピアの姿は今も記憶に新しい。あの憧憬を金欲で穢すなんて許されない。
十を超える光が背景の回転に乗って旋回する。それらが天井まで上り詰めて融合する。
ガラスが割れたような音とともにドームが爆散した。中庭の色鮮やかな景観が顔を出して日光が降り注ぐ。
氷だったものがきらきらと日光を反射しながら降り落ちる。ダイヤモンドダストもかくやといった光景だ。
ラピアがスカートのすそをつまみ上げて一礼した。
「私の魔法は以上です。カムル様の期待に添えたでしょうか?」
「添ったどころか期待以上だよ。よく頑張ったな、ラピア」
「はいっ!」
ラピアが満面の笑みを浮かべる。
魔法が好き。その気持ちを曲げることなく、あんなきれいな魔法を作り上げてみせた。
そんな彼女の人生に関われた。それだけでも俺が生きた意味はあったのかもしれない。




