Zu verteidigen
「シャルム」
少年が彼女の名前を呼ぶと、汗に濡れている彼女はこくりとそれでも幸せそうな表情を浮かべながら頷いた。
彼はシャルムの手を離さず、そのまま強く握っていた。視線は、彼女の隣に居る、小さい生命へと向いている。それが何なのかなんて想像がつくだろう?勿論二人の子供だ。コウノトリが運んできた訳でもなく、キャベツ畑で拾ってきた訳でもなく、某国民的魔法少女アニメの最終話の如く、産んだのだ。シャルムがそのお腹に孕み、子を成し、産んだ。至極簡単な事だ。ティルアは凄く複雑な顔をしていた。曰く「つまり、つまりだな我が愛すべき妻よ。最愛の娘は処女を失っt」おっと失礼、もしかしたら不適切な表現だったかもしれない。
彼らの元に生まれたその幼い女の子の名前は、ルティア。二人の血の唯一の後継者である。
救われるべきは何時だって損をしてきた人達だ。
少年─もうこう呼ぶにはふさわしくないかもしれない─が読んだ本の一冊の内にこういう描写があった。損をした人間。彼ら人類は既に夢害によって多大な損害を受けている。これを救済を求める理由にするのであれば、罰は当たるのか?あぁ、いや、それは無いだろう。神ってやつはきっとそこまで残虐じゃないさ。
「良し、じゃあ行こうか」
と親になった彼は玄関に立ち声を掛ける。まだ幼い娘と、愛する嫁にだ。なんて微笑ましい光景だろうか。羨ましいったらありゃしない。
結論を一つ出そう。シャルムは、夢害に狙われる体質にある。理由は、おそらくはその魔力。彼女の魔力は少し特殊なのだ。元より、ドラハ家というお家は特殊なのだが、そこに触れれば、永遠に話が続いてしまうかもしれない。流石にそれはダメだ。
シャルムの魔力は少年を緑と表現した以上、色で表現しなければならないのだろう。でも言うなれば彼女の魔力に色は無い。透明なのだ。だから何者にもなれる。本来。人には一つの魔術を与えられる。少年は形成魔術、ティルアには回復術という様に。だが、シャルムは、魔力の量によってそれが変わる。多いときであれば、少年の形成魔術だって真似出来るかもしれない。夢害にとってそれがどれだけ危険なのか。だから狙われる。こんなにも単純なのだ。一つの魔術を与えられると言ったが、例外である術式は存在する。連絡術式や、転移術がその代表例だが、転移術は座標指定の極端な困難さと、消費魔力の多さ。連絡術式は通信相手の指定の困難。使おうと思うのは稀だ。
「こうして家族全員で出掛けるのは初めてだよね」
とイルアは言う。確かにそうなのだろう。抱えた子供も嬉しそうにキャッキャと声を上げている。それは本当に幸せな家族の様。いや、実際に彼らはきっと幸せなのだろう。だって愛する者と一緒に居られるのだから。既にルティアは一歳となっている。シャルムと共に育てているが、それでも困難はあった。何しろ、彼は子供のあやし方なんて知らない。子供が嫌いという訳ではないけど、あまり接する事が無かったのだ。家族も居なかった彼はきっと、親という物がどういうものなのかもわかっていなかったのかもしれない。知っているのはシャルムの親である、ティルア。ただその一人を参考にし続けている。正直あれを親の手本にするのはどうかと思うが、しかし、彼はそれしか知らないのだから仕方無いだろう。
「悪いな、俺がもっと何か出来れば良かったんだけどな」
「あ~そういう意味で言ったんじゃないよ。ただ嬉しくて。なんか感慨深くない?二年くらいまで付き合っても居なかったんだよ?」
「まぁ、それより前から互いに思ってはいたんだけどな」
「そうだねぇ。だからこうして結婚して子供を持っているなんて思うと。感動しちゃいそう」
「そうか。どれもお前のおかげだよ」
彼がそういうと、お互い様だよとイルアは返す。
夢害が無ければ彼らは出会っていなかった。あぁ。皮肉だ。夢害によって運命の相手を見つけるなんて。とんでもない皮肉だ。奴らは悪夢の体現。故に運命なんて物は見せるはずがない。奴らが見せるのは等しく絶望だ。寧ろそれ以外を配る様な存在ならば、害と呼ばれる事は無いだろう。
「忘れ物はしてないよな?」
「ん、ちょっと待って確認する」
シャルムが彼の持つ大きなカバンの中身を確認する。必要な物は全て揃えたはずだ。といっても現地で調達も出来るだろうから、何も問題は無い。あくまで確認だけ。忘れていても取りに戻る気はない。多少お金は無駄になるかもしれないが、それくらいの予備資金なら持ち合わせている。
シャルムが確認を終えると、
「無いよ」
と報告する。どうやら忘れ物は無いらしい。それなら良かったと、少年は思う。
「んじゃ、取り合えず出発進行って事で良いだろ?」
「うんっ」
元気よく返事をしたのは当然シャルム。その声に反応し、声を上げたのは、ルティアだ。家族が団結しているというのはやはりいい事だ。そう思うには十分な光景だ。
向かうは旅行。行ける場所には限界が生じるが、それでもきっと楽しめるはず。




