Ich liebe dich
平原。若草が揺れ、涼しい風がシャルムの髪をそっと揺らす。この約二年で彼女の髪は伸びた。所謂ロングストレートという物だ。それでも人妻感という物を感じさせないのは、彼女がまだ十八歳だからだろうか。というか身長も低めで、言動が少し子供っぽい所為でもあるのだろう。彼曰くそれがシャルムの良い所らしい。ただロリコンじゃないか。
「ん~っ!」
とシャルムが伸びをする。ルティアは彼が抱きかかえている。
先ほど平原と描写したが正確には少しの丘がある。緩やかな丘ではあるがそれにより地平線はぐにゃぐにゃとうねっている。ここに来たのには理由がある訳ではない。比較的景色が良くて、人があまりいない場所といえば、ここだと言われただけである。いくつかピックアップされた中からここを選んだ理由はあるにはあるのだが、少年はそれをシャルムに打ち明けていない。
「良い所だね。空気が美味しい」
「最近の街は工業が盛んになってきて、空気が悪いからな」
「まぁ、そうだね。ドラハ家も手を出したらしいし」
「そうなのか?」
「お社の復旧はもう少しらしいけど、やっぱり時代に置いて行かれるのはまずいからね。夢害を利用して何か作るらしいけど……。どうなんだろ」
彼女も詳しくは知らないのか、若干首をひねっている。ドラハ家を離れてから定期的に本家には言っているが、それでも回ってくる情報は少ない。彼女が末娘だという理由もきっとあるのだろう。別に彼女は気にしていないようだが。
「何にせよ、ボク達はこの時を満喫しようよ」
と彼女は笑ってみせる。それは彼にとって眩しい物だ。シャルムにとってはこの旅行はとても楽しみにしていた事の一つだ。新婚旅行という訳ではないけど、それでも好きな人と一緒に遠くへ出かけるという事はそれなりの意味がある。
「寝転がってみろよ。気持ちいぞ。芝生みたいになってるから、ふさふさしてるはずだ」
「そうなの?じゃあ失礼して」
「スカート気を付けろよ。人が居ないという訳じゃないからな」
「ねぇそれってボクはそういうの警戒していないって思ってるって事?」
「違う。念のためだ」
「ふむぅ……まそういう事にしておくよ」
本当に彼にはそういう気は無かったのだが、別に良いか。
「君は寝転がらないの?」
「あぁ、俺はルティアを見とくよ。ゆっくりしてくれていい」
「荷物運びで疲れてない?」
「これくらいどうって事無いぞ」
そう返しながら、少年が腕の中の子供の顔を見る。すると、キャッキャと笑う声が聞こえる。どうやら楽しいようだ。
少年にとってこれ以上の幸せは無いだろう。親が居ないという事実から、自分に親が務まるのかという不安はあったが、どうやら問題は無いようだ。良い事だ。
「よぉし、ルティアっ!鬼ごっこしようっ!」
立ち上がったシャルムはそういう。最近本当によちよちとだが、歩けるようになった。立派に成長している。
少年が、ルティアを下すと、自分で歩き、シャルムへと向かっていく。なんて微笑ましいのだろうか。
「えへへ~捕まっちゃったぁ」
と彼女は言いながら嬉しそうだ。我が子の成長を実感しているのだろうか。
「じゃあ、今度はボクが鬼さんの番だね」
とそういうと彼女はよちよちと歩くルティアをこれまたよちよちと追う。両者共に楽しそうだ。少年はその光景を見ながら感慨深く思う。何かを考えるには最適な場所だろうここは、彼らが住む街から歩いて大体二時間の所にある。だから彼らは一人の転移術師に転移してもらったのだ。制限時間は三時間。それで強制的に元の場所に戻る。そうでもしないと帰れなくなる。彼自身が転移術を使えれば良かったのだが、汎用術にも関わらず転移術は難しすぎるのだ。街の人にアンケートを取ったとしても使えると答える人は少ないだろう。消費魔力もけた違いだし。
空は青く、まるでどこまでも繋がっているのではないかと思える程に広い。世界のたった一部の空なのに、そこに無限を感じるとは、やはり空は偉大だ。
「追い付いたっ」
と楽しそうな声が聞こえ、彼はその場へと移動する。シャルムがルティアを抱きかかえている。まだ時間はある。
「戻った後は昼飯だなこりゃ。それだけ動いたらお腹空くだろ」
シャルムは別に問題ないだろうが、ルティアは腹が減る。まだ赤ん坊と言える歳だ。その間に間食を入れても問題ないくらいには運動をしているのではないだろうか。
「良かったねぇ。ご飯だって」
と彼女が娘に言うと、ルティアはキャッキャと嬉しそうな声を出し喜びを表現する。
これが幸せな一般家庭の理想図だ。そしてこれが、崩れると彼らは悲嘆する。そして気付くのだ。




