第三十六話
風が、吹いた。今度は清涼感のある風だった。
「……ねえ、武。誓い直そう?」
武は、黙って私の話を聴いている。
「このりぼんに……真っ赤なりぼんに。殺人ではなく、幸福を」
武は、私の言った言葉を繰り返した。
殺人ではなく、幸福を。
「そう……やっぱり、ひとを殺しちゃ駄目なんだよ。だって、そんなことしたら、武がいなくなっちゃう」
「俺なんか、いたって、いなくたって、どっちでもいいだろ……」
武は――吐き出すようにして、言う。
「俺ひとりがいなくなることで、弥生が幸せになれるなら、そっちのほうがいいに決まってるだろ……」
「そんなこと、ない」
私は、きっぱりと否定する。
「武がいなくなっちゃうってどういうことなのか、私、やっとちょっとはわかったつもりだよ。武はここにいなくちゃ、駄目だよ。武は」
武も、私も。
「幸せにならなくっちゃ、駄目だよ」
「どうしたっていうんだよ」
武は、もどかしそうに言う。
「さっきまで、殺そうって、そういう話で」
「うん」
「俺は、弥生の親父をひとりでやったら、次はじぶんの兄貴をやりに行くつもりで」
「うん」
「それが、どうして、こうなってるんだよ」
私は、返事の代わりに。
武をぎゅっと、抱き締めた。
温もりが、伝わってくる。
武はいま、たしかにここにいる――。
「武」
「……うん」
「いっしょにいてほしいの。それだけじゃ、駄目?」
武は、なにも言わなかったけれど。
私の背中に手をやって、抱き締め返してきた。
それがきっと、答えだ――。
私たちは、りぼんに誓い直した。
殺人ではなく、幸福を――。
りぼんに、誓って。
私たちは。
死んでも、幸せになってやる。




