第三十四話
風が生ぬるい。
茂みのなかにいると、じょじょに現実感をうしなっていくかのようだ。
私は、武にもたれかかったまま、その息づかいだけ感じてじっとしていた。
「やよちゃんさ、いままでの人生で、後悔してることとかある?」
しばらくの沈黙ののち、武はいきなりそんなことを言い出した。
「後悔、か」
私は考えてみるけれど、後悔とも呼べない後悔しか浮かんでこない。
それは、あの男のもとに生まれてきてしまったこと――。
「……うーん。後悔っていうか、後悔じゃないと思うんだけど、やっぱり親を選べなかったことかな」
「そっか」
武は、どことなく切なそうに言った。
またしても、沈黙。私はあえて、武の話の続きを促さない。
武はやがて、搾り出すようにして言う。
「俺は、たくさんある」
「……うん」
「後悔、たくさんあるんだ」
「うん」
「どうしてあの兄貴をもっと早くどうにかしなかったのか、とか。ここまで拗れるまで、放っておくことなかったじゃんか、って。俺があいつを助け出せればよかった、でもそんな発想できなかった。いっそあいつが駄目になるなら、もっと早く殺してやればよかった」
「武」
武は――震えている、と思った。
私は、迷ったすえ――武の背中に、手を伸ばす。
そしてさするようにして、動かす。
「だいじょうぶだよ」
「後悔、ほかにもあるんだ」
「なに?」
「どうしてこんなかたちでしかやよちゃんを助けられなかったんだろうか」
私は、それを聞いて。
なんだか、こころのどこかが凍りつくような気持ちだったけれども……。
だいじょうぶ、だいじょうぶ、と繰り返した。
たぶん、じぶんに対しても、私はそう言っている――。
武は、やがて。
私のほうにも手を回し、有無を言わせない力でぎゅっと抱き締めた。私は、手を動かすのをやめて、武に身を預ける。
「やよちゃん」
「うん」
「大好きだ」
「うん、私も」
ほんとうに、どうして。
私たちは、こんなかたちでしか愛を誓えなかったのか――。
いまも私の頭に絡みついている真っ赤なりぼんは、たしかに私たちの誓いを見届けようとしていた。




