第三十三話
別荘のそばには、手ごろな公園やベンチがない。しかし携帯電話で時刻を確認すると、まだ夜の九時前だ。あの男もお母さんも、まだまだ起きている――というかむしろ、夜は遅いのだろう。吐き気がする事実だけれど。
私たちは、どちらともなく待機できそうな場所を目でさがす。作戦決行は夜遅く、とあらかじめ決めていた。あの男やお母さんが起きていて、騒ぎに気がつかれてしまっては、元も子もないからだ。
武は小声で言う。
「あの茂みしか、ないか」
別荘の裏の、背の高い雑草が生い茂ったあたり。たしかに、あそこしかないと思う。私は、うなずいた。
私たちは、移動する。
なるべく足音を立てないように、抜き足、差し足。
多少音を立てても、あの男は別荘のなかにいるんだから気がつかないんだろう、とも思うけれど、やはりこういうのは、気持ちの問題だ。
そして茂みに身を潜め――。
長い夜がはじまるんだ、と私は思った。おそらくは、一生でいちばん長い夜が。
喋っていいものかどうか悩んでいたけれど、武のほうが先に、口を開いた。
「やよちゃん、見ろよ」
ひそひそ話だ。もうこれからとうぶんできないであろう、ひそひそ話――。
「……なに?」
私はそう言いながら、さりげなさを装って武の肩にもたれかかる。ほんとうは、どきどきする。武に甘えるのなんか、どきどきする。でもべつにいいだろう、こんなときくらい、私だってさりげなく甘えてみたい――。
「ほら。星がきれいだ」
見上げれば、たしかに。
木々のあいまから見える夜空は透き通っていて、星はくっきりと光っていた。
「きれい……」
「だろ?」
ああ、なんでだろう。
武の家から見た夜空もすごくきれいだったはずなんだけれど、こんなうつくしい夜空、なんだか生まれてはじめて見た気がする――。
「こんなときに、星よりお前のがきれいだよ、って言える男ならよかったのかなー」
「武はじゅうぶん、そっち系でしょ」
「そっち系かもしれないけどさー、そっちじゃないじゃん」
武は、言う。
「俺、そういうこと、言えない。思ってても、言えないんだよな。だいじかもしれないこと、いっつも胸んなか隠してさ……」
「……武?」
「んー、ああ、なんでもないよ。なんでもないんだ」
私は無性に不安になる。
「秘密があるなら、言ってね?」
そんなこと、ほんとうに秘密があるひとに言ったって仕方ないのに――。
武は、秘密なんかないよ、と言って笑った。
携帯電話を光らせてみれば、九時過ぎ。
夜は、まだ長い――。




