第9話 追われています(後編)
Anneが見せた表情は、まるで普通の人間が褒められて嬉しそうに笑っているようだった。
Yajii「……」
Yajiiの足が止まる。
Anneは笑顔のまま、Yajiiを見る。
Yajii「おいおい!」
Anne「?」
Yajii「ドキッとさせるんじゃねえ!」
Anne「……?」
Anneは首を傾げた。
Yajiiは胸元を押さえる。
Yajii「なんだよ今の……」
Kitterr「お前が笑えって言ったんだろ」
Yajii「そうだけどよ!」
Kitterr「だったら文句言うな」
Yajii「いや、そういう意味じゃねえだろ!」
Anne「どういう意味ですか?」
Yajii「知らねえよ!」
AnneはしばらくYajiiを見ていた。
そしてすっと元の無表情に戻った。
Anne「これでよいですか?」
Yajii「……」
YajiiはAnneを見る。
先ほどまでの笑顔が、嘘のように消えている。
Yajii「怖いもんだなー」
Kitterr「お前がやらせたんだろ」
Yajii「そうなんだけどな……」
Anne「笑顔に問題がありましたか?」
Kitterr「問題はない」
Kitterr「むしろ、お前のほうに問題がある」
Yajii「俺?」
Kitterr「ああ」
Anneは二人を見る。
そして再び周囲へ視線を向けた。
Anneの目が淡く光る。
Anne「……」
周囲の情報が読み込まれていく。
Anne「さらに警告します」
Yajii「まだあるの?」
Anne「はい」
Yajii「何?」
Anne「私たちは追われています」
Yajiiが瞬きをする。
Yajii「……誰に?」
Anne「現在、三方向から接近しています」
Kitterrの顔が変わった。
Kitterr「人数は?」
Anne「八人」
Yajii「八人?」
Yajiiは周囲を見回す。
Yajii「どこだ?」
Anne「まだ視認できる距離ではありません」
Anne「接近速度から判断して、二分以内に接触します」
Kitterrがすぐに反応した。
Kitterr「Yajii」
Yajii「なんだ?」
Kitterr「逃げるぞ」
Yajii「なんで?」
Kitterr「追われてるからだよ!」
Yajii「でもまだ来てないだろ」
Kitterr「来るんだよ!」
Yajii「じゃあ来たら逃げれば?」
Kitterr「今逃げるんだよ!」
Yajii「でも、せっかく拾った荷物が」
Kitterrの顔が引きつる。
Kitterr「お前、命よりゴミが大事なのか」
Yajii「ゴミじゃない」
Yajiiは背負っている袋を叩いた。
Yajii「CREDITだ」
Kitterr「同じだ!」
Anneは二人を見ていた。
Anne「追跡者との距離、約五百メートル」
Kitterrが振り返る。
Kitterr「聞こえないぞ」
Anne「私は聞こえます」
Yajii「俺には何も聞こえない」
Anne「私には確認できます」
Yajiiが笑う。
Yajii「じゃあAnneが聞こえるなら大丈夫だな」
Kitterr「なぜそうなる」
Yajii「Anneがいるから」
Kitterrが呆れた顔をする。
Kitterr「それは安心するところじゃない」
Yajii「なんで?」
Kitterr「追われてるって言ってるんだぞ」
Yajii「でもAnneが分かるんだろ?」
Kitterr「ああ」
Yajii「じゃあ問題ない」
Kitterr「問題だらけだよ!」
Anneが静かに口を開く。
Anne「さらに接近しています」
Yajii「あと何メートル?」
Anne「三百二十」
Yajii「まだあるな」
Anne「二百ニ十」
Yajii「近いな」
Anne「百六十」
KitterrがYajiiの肩を掴んだ。
Kitterr「走れ」
Yajii「おう」
二人が走り出す。
Anneも続く。
Yajiiは走りながら後ろを振り返った。
Yajii「なあAnne」
Anne「はい」
Yajii「顔見えた?」
Anne「まだです」
Yajii「じゃあ、たいした奴じゃないな」
Anne「判断基準が分かりません」
Kitterrが叫ぶ。
Kitterr「お前は最後まで危機感がないな!」
Yajii「だって」
Yajiiが笑う。
Yajii「俺たち、今まで何とかなってきたし」
Kitterr「それが一番危ない考え方なんだよ!」
Anneは二人の後ろを走りながら。
迫ってくる複数の足音を正確に捉えていた。
八人。
武装している。
移動速度も速い。
そして彼らの目的は、
Anne自身である可能性が高い。
Anneは走りながら二人を見る。
この二人は何も分かっていない。
監視されていることも。
追われていることも。
そして自分が何者なのかも。
それでも、Anneは二人の後ろを走っていた。
Kitterr「Yajii」
Yajii「なんだ?」
Kitterr「……」
Yajii「なんだ?」
Anne「私が先行します」
Yajii「おう」
Anne「……それだけですか?」
Yajii「何が?」
Anne「危険だとは思わないのですか?」
Yajiiは少し考えた。
Yajii「Anneがいるから大丈夫だろ」
Kitterrも頷いた。
Kitterr「まあ……Anneなら何とかするだろ」
Anneは黙った。
そして初めて、ほんの少しだけ、二人の無警戒さに呆れた。
Anne「……理解不能です」
その直後、通路の奥から武装した男たちの姿が現れた。




