第6話 役に立つのか、こいつ(前編)
──翌朝。
Yajiiはコンテナの中で目を覚ました。
Yajii「……寒い」
床に敷いた作業用シートから身体を起こす。
冷えた空気が、服の隙間から入り込んでくる。
向かい側ではKitterrが壁にもたれて眠っていた。
そして、その隣にはAnneが座っていた。
姿勢を崩すこともなく、まっすぐ前を見ている。
昨夜と同じだった。
ただ座っているだけなのに、どこか人間とは違う。
YajiiはしばらくAnneを眺めた。
Anneの視線が、ゆっくりとYajiiへ向く。
Yajii「お前、寝ないの?」
Anne「睡眠は必要ありません」
Yajii「便利だな」
Anne「そうでしょうか?」
Yajii「だって寝なくていいんだろ?」
Anne「はい」
Yajii「じゃあ、ずっと起きてるの?」
Anne「はい」
Yajii「暇じゃない?」
Anne「暇という状態がよく分かりません」
Yajii「すげえな」
Yajiiは感心した。
ふと、Anneの顔を見る。
目を閉じることもなく、ただこちらを見ている。
その顔だけを見れば、人間とほとんど変わらない。
肌も。
髪も。
目も。
呼吸さえしているように見える。
Yajii「なあ」
Anne「はい」
Yajii「やっぱり人間みたいだよな、お前」
Anne「人間ではありません」
Yajii「そりゃ分かってるけどよ」
YajiiはAnneの腕を見る。
昨日、瓦礫の中から引っ張り出した時には気づかなかった。
近くで見ると、わずかな違和感がある。
Yajii「でも、こうして見ると……」
YajiiがAnneの腕を指差す。
Yajii「やっぱりアンドロイドだな」
Anne「どの部分でしょうか?」
Yajii「ここ」
Anneが自分の腕を見る。
Yajii「関節がなあ」
Yajii「やっぱりジョイントって感じだ」
Anne「ジョイントですか?」
Yajii「ほら、曲がるところ」
Anneは肘を曲げる。
Yajii「そうそう、それ」
Anneは自分の肘を確認する。
指先で関節部分を軽く触れる。
Anne「正常です」
Yajii「そりゃそうだろ」
Anne「では、問題はありません」
Yajii「問題があるなんて言ってねえよ」
Anneは少し考える。
Anne「人間と同じように見えることについては?」
Yajii「ん?」
Anne「私は、人間に見えますか?」
Yajii「まあ……かなりな」
Anne「理解しました」
Anneは小さく頷いた。
その横顔は、やっぱり人間にしか見えない。
だが、関節を確認する指の動きだけは妙に正確だった。
しばらくしてKitterrが目を開ける。
Kitterr「おーい、朝から何を話してる」
Yajii「なあ、Kitterr。Anneはさ、寝ないんだって」
Kitterr「そりゃあおめえ、アンドロイドだからな」
Yajii「じゃあ働けるかな?」
Kitterr「働けるかどうかは確認してからのことだなあ」
Yajii「じゃあ、今日から仕事! いいな?」
Kitterr「おいおい、勝手に決めるなよ」
Yajii「でもよう、このままじゃ人手が足りないだろうよ」
Kitterr「そういう問題じゃないんだよ」
YajiiはAnneを見る。
Yajii「なあ、ゴミ拾えるか?」
Anne「はい」
Yajii「そんでもって、運べる?」
Anne「はい」
Yajii「じゃあ、分別もできる?」
Anne「可能です」
Yajii「じゃあもう、Kitterrより完璧じゃん」
Kitterrがため息をつく。
Kitterr「お前よお、簡単に信用するな」
Yajii「だってほら、本人ができるって言ってるんだぜ」
Kitterr「昨日みたろ? 壁にぶつかってたんだぞ、こいつは」
Yajii「昨日だけだろ」
Kitterr「昨日のうちに一回でも十分だってのによ」
Anneが立ち上がる。
立ち上がる動作は滑らかだった。
今度は壁にもぶつからない。
Yajii「お」
Kitterr「お?」
Anneは一度だけ周囲を見回す。
視線が、コンテナの中を端から端まで移動する。
まるで何かを探しているようだった。
Yajii「何してんだ?」
Anne「周囲を確認しています」
Yajii「確認?」
Anne「はい」
Anneの目が、一瞬だけ淡く光る。
壁。
天井。
床。
工具。
廃棄物。
──二人。
それぞれの位置が、Anneの中で処理されていく。
Anne「作業可能です」
Kitterr「……何を見てたんだ?」
Anne「周囲の構造を確認しました」
Yajii「すげえな」
Kitterr「便利だけどよ……」
KitterrはAnneを見る。
Kitterr「昨日の壁だけは、なんで見えなかったんだ?」
Anne「距離を誤認しました」
Kitterr「そこだけ人間みたいなんだよなあ」
Yajii「まあ、いいじゃねえか」
Yajiiは工具を取り出した。
Yajii「じゃあ、まずこれ」
Anneは工具を受け取る。
古びた工具だった。
表面には傷があり、握る部分も汚れている。
Anneは手の中で工具をゆっくり回した。
Yajii「……」
Kitterr「どうした?」
Yajii「いや」
Anneの目が光る。
工具の形状。
材質。
摩耗状態。
内部構造。
刻印。
それらを順番に読み取っていく。
Anne「解析します」
工具を裏返す。
端から端まで確認する。
さらに、指先でいくつかの部分を触った。
Anne「旧式の多目的工具です」
Kitterrが驚いた。
Kitterr「旧式ってことまでわかるってことは、使い方もよ、分かるのか?」
Anne「はい」
Yajii「じゃあもう、使えるよな?」
Anne「使用可能です」
Anneは工具を持った。
古びた機械の蓋へ近づく。
そして、ほとんど迷うことなく工具を差し込んだ。
カチッ。
内部から小さな音がする。
Anneは手首を少しだけ動かした。
蓋が開く。
Yajii「おお」
一度触れただけで、内部の構造を把握したように手を動かしていく。
配線。
接続部。
壊れた部品。
Anneは一つずつ確認していく。
Kitterr「……本当に分かってるのか?」
Anne「はい」
Kitterr「早すぎるだろ」
Anne「構造は単純です」
Yajii「俺には全然単純に見えねえけどな」
Anne「そうですか?」
Yajii「使えるどころじゃねえじゃん」
Yajiiが目を輝かせる。
Kitterrも少し驚いていた。
Kitterr「こいつは……思ったより役に立つな」
Yajii「へっへっへ、だろ?」
Kitterr「でもな、まだ一つだけだ」
Yajii「じゃあ次な」
Yajiiは壊れた端末を指差した。
Yajii「これ、どう?」
Anneが近づく。
端末を持ち上げる。
Anne「確認します」
目が光る。
今度は工具の時よりも長く、端末を見つめた。
外装。
画面。
内部基板。
記憶装置。
通信部。
Anneの視線が細かく動いていく。
Anne「旧式通信端末です」
Yajii「売れるかな?」
Anne「現在の市場価格では、部品として三百CREDIT程度です」
Yajii「おお」
Yajiiが端末を取り上げる。
Yajii「三百だってよ」
Kitterrが端末を覗き込む。
Kitterr「どれどれ、まさか……合ってる」
Yajii「すげえ」
YajiiはAnneを見る。
Yajii「お前、金になるな」
Anneが首を傾げる。
Anne「私が?」
Yajii「そう」
Anne「私自身を売却するという意味ですか?」
Yajii「いや、違う違う、そんなことはしねえ」
Kitterrが割って入る。
Kitterr「こいつの言葉は気にするな」
Yajii「まて、俺の何が悪いんだよ」
Kitterr「頭のてっぺんからつま先まで全部だ」
Yajii「黙って聞いてりゃあ、おめえ、ひどいこと言うなあ」
Anneは二人を見た。
二人の表情。
声の大きさ。
距離。
視線。
それぞれを観察する。




