第5話 拾ったものは持ち帰る(後編)
アンドロイド[私のコードネームは“Anne”]
Yajii「……」
Kitterr「……」
YajiiとKitterrは、ゆっくりと顔を見合わせた。
Yajii「おい! 自分から名乗った!?」
Kitterr「まあ……そういうことになるな」
Yajii「じゃあ、名前あるじゃねえか」
Kitterr「事象、コードネームだけどな」
アンドロイドは二人の会話を聞いていた。
アンドロイド「名前」
先ほどから何度も出てくる言葉。
自分には、その名前がある。
[Anne]
それだけは分かる。
だが、なぜAnneなのか。
誰がそう呼んだのか。
その理由までは思い出せない。
Yajii「Anne」
Yajiiが呼んでみる。
アンドロイドはすぐにYajiiを見る。
反応できる。
その名前に反応することだけは、身体が覚えていた。
[Anneです。後ろの“e”が大事です]
アンドロイドはそう告げた。
そして、Kitterrのほうを見る。
Kitterr「はい」
アンドロイドは小さく首を傾げた。
自分の言葉に対する反応としては、少し変な気がした。
だが、何が変なのかまでは分からない。
Yajiiの顔が輝いた。
Yajii「決まりだな」
Kitterr「早いな」
Yajii「本人が返事したんだから、それでいいだろ」
Kitterr「まあ……そうだな」
Anneは二人を見る。
そして、ほんの少しだけ表情を緩めた。
自分の名前が決まった。
それが、どういうことなのか。
まだよく分からない。
ただ、二人がその名前を呼んでくれることだけは、悪くないように感じた。
YajiiはAnneを見る。
Yajii「よろしくな、Anne」
Kitterr「よろしくお願いします」
Kitterrも頷いた。
Kitterr「よろしくな、Anne」
Anneは二人を見つめる。
一人ずつ顔を確認する。
Yajii。
Kitterr。
名前と顔を結びつけるように、静かに記憶する。
Anne[Yajii]
Yajii「おう」
Anne「……」
Anne[Kitterr]
Kitterr「おう」
Anneは二人を見比べた。
これで間違えない。
そう判断した。
そしてまた、一歩前へ出る。
その足取りは、見た目から想像するよりもずっと慎重だった。
Anneは床との距離を計測する。
障害物の位置を確認する。
問題なし。
そう判断した。
そして。
“ゴンッ”
Anneの額が、壁にぶつかった。
Yajii「……」
Kitterr「……」
Anneはその場で止まった。
数秒間、動かない。
そして、ゆっくりと額を押さえた。
Anne[壁の位置を誤認しました]
Kitterrがしばらく黙る。
Anneは二人の反応を見る。
どうやら、また何か間違えたらしい。
Kitterr「……名前だけは完璧だな」
Yajii「だろ?」
Kitterr「褒めてねえよ」
Anneは二人を見る。
少し考える。
Anneは壁を見る。
それから、自分の額を触る。
Kitterrがため息をついた。
Yajiiは笑った。
Yajii「まあいいじゃねえか」
AnneはYajiiを見る。
笑っている。
どうやら怒ってはいない。
それを確認すると、Anneもほんの少しだけ表情を緩めた。
Yajii「Anne」
Anne[はい]
Yajii「これからよろしくな」
Anne[はい]
Anneは二人を見る。
そして、ゆっくりと頷いた。
こうして、瓦礫の中から拾った女型アンドロイドには、Anneという名前がついた。
拾ったものに名前をつける。
二人にとっては、それだけのことだった。
この時はまだ、それが何を意味するのか知る由もなかった。
Anneにとっても、自分が何者なのかは分からない。
ただ一つ、この二人が、自分をAnneと呼んでいる。
それだけは、今の彼女にも分かった。
Yajii「さてと、これから楽しくなりそうだ」
Kitterr「そうだな」
二人は気合を入れるために、一回だけ両手から頬を挟むように叩く。
“パシッ”
Yajii「良い音がしたな」
Kitterr「お前もな」
Anneは二人を見る。
頬を叩くという行動の意味は分からない。
だが、二人が気合を入れているらしいことは理解した。
Anneも真似をしようと、片手を自分の頬へ伸ばす。
しかし、そこで一度、手を止めた。
自分で頬を叩く必要性について、判断できなかった。
結局、手を下ろす。
Anne「……」
二人は気づかない。
二人は瓦礫の向こうを見据えていた。
Anneも、その視線の先を見る。
何が待っているのかは分からない。
けれど、この二人についていく。
今のAnneには、それだけが決まっていた。




