第23話 博士と助手(後編) ー動き出す研究所ー
研究所の奥へ進むにつれて、空気が変わっていった。
壁は古い。
床もところどころ傷んでいる。
それなのに、照明だけは生きている。
一定の間隔で配置された照明が、三人の歩みに合わせるように、
ひとつ、またひとつと点灯していく。
Yajii「……なんか、俺たち歓迎されてないか?」
Kitterr「どこをどう見たら歓迎されてるんだよ」
Yajii「電気がついてるだろ」
Kitterr「人が来たから自動で点いたんだろ」
Yajii「それを歓迎って言うんじゃねえの?」
Kitterr「言わねえよ」
Anneは二人の少し前を歩いていた。
足を止める。
Anne「この先に、広い空間があります」
Kitterr「何がある?」
Anne「確認します」
Anneが壁へ手を伸ばす。
目を閉じる。
しばらくすると、壁の向こう側の情報がAnneの頭の中へ流れ込んでくる。
Anne「大型設備が複数あります」
Yajii「何の設備だ?」
Anne「現時点では判別できません」
Yajii「Anneでも分からないのか?」
Anne「外部からの情報だけでは判断できません」
Kitterr「それなら中を見に行くしかないな」
三人は先へ進んだ。
重い扉があった。
しかし、三人が近づくと、
プシュッ。
小さな音を立てて扉が開いた。
Yajii「おお」
Kitterr「……便利だな」
Anne「自動認証システムの可能性があります」
Yajii「俺たちを?」
Anne「不明です」
Yajii「じゃあ、誰を?」
Anne「不明です」
Kitterr「結局何も分からねえじゃねえか」
扉の向こうには、大きな研究室が広がっていた。
中央には、巨大な円筒形の装置。
周囲には何本もの配管。
壁際には古い端末。
さらに奥には、用途の分からない機械が並んでいる。
博士はその光景を見た瞬間、足を止めた。
博士「……ほう」
Yajii「何か分かった?」
博士「分からん」
Yajii「早いな!」
博士「じゃが、これは面白い」
博士は端末へ近づいた。
画面を確認する。
文字列がいくつか表示されている。
しかし、その大半は破損していた。
博士「かなり古いな」
Kitterr「どのくらい?」
博士「さあな。だが、ワシの知っている技術体系とは違う」
Kitterr「それ、結構まずくないか?」
博士「そうでもない」
Yajii「どっちだよ」
博士は別の端末へ移動する。
いくつかのスイッチを操作する。
反応はない。
博士「……電源系統が死んでおる」
Yajii「じゃあ動かないのか?」
博士「全部ではない」
博士は研究室を見回した。
博士「どうやら、最低限の系統だけ残っておるらしい」
Kitterr「最低限って?」
博士「照明、監視、扉、警備」
Yajii「警備……」
Yajiiの頭に、さっきの犬型ドロイドが浮かんだ。
Yajii「なるほど」
Kitterr「何がなるほどだ」
Yajii「犬がいた理由が分かった」
Kitterr「分かったのか?」
Yajii「警備だからだ」
Kitterr「それは最初から分かってただろ」
博士は中央の装置へ向かった。
そこには太い配管が何本も接続されている。
一部には金色の薄い膜のようなものが巻かれていた。
博士「これは……」
Yajii「分かる?」
博士「分からん」
Kitterr「またかよ」
博士「じゃが、エネルギー関連の装置なのは間違いなさそうじゃ」
博士は周囲を歩きながら確認する。
博士「エネルギーの変換……いや、蓄積もしておるのか?」
Kitterr「どっちなんだ?」
博士「両方かもしれん」
Yajii「結局?」
博士「なんとなく三層あるらしい」
Yajii「三層?」
博士「変換、蓄積、それから……」
博士は装置の奥を覗き込んだ。
博士「分からん」
Yajii「おい!」
Kitterr「博士、もう少し頑張れよ」
博士「スキャンしただけじゃぞ」
Yajii「それだけかよ」
Kitterr「こっちは命懸けで地下まで来たんだぞ」
博士「ワシだって命懸けじゃ」
Yajii「何してた?」
博士「見ておった」
Kitterr「それだけだろ」
博士は二人を無視して、装置を調べ続けた。
その時だった。
Anneが、中央の装置を見つめていた。
Anne「……」
Yajii「Anne?」
Anneは答えない。
ほんの少しだけ、首を傾けている。
Anne「この装置……」
Kitterr「知ってるのか?」
Anne「分かりません」
Yajii「分からないのに知ってる?」
Anne「……矛盾しています」
Anneは装置へ近づいた。
手を伸ばす。
しかし、触れる直前で止めた。
Anne「見たことがあるような気がします」
博士「記憶か?」
Anne「判断できません」
博士「何か思い出せそうか?」
Anne「記録にはありません」
博士「そうか」
Anneはしばらく装置を見つめていた。
YajiiはそんなAnneの横顔を見ていた。
いつものAnneとは少し違う。
何かを探している。
そんなふうに見えた。
Yajii「無理に思い出さなくていいぞ」
Anne「……」
Yajii「分からないなら、分からないままでいいだろ」
Kitterr「そうだな」
Anneが二人を見る。
Anne「……ありがとうございます」
その瞬間。
ブゥン……。
低い音が響いた。
三人が振り返ると、中央の装置が様々な点滅を繰り返していた。
博士「……!」
円筒形の装置の中央へ、淡い光が集まっていく。
Anneの胸にある六角形の機構も、同時に淡く光った。
Kitterr「おい」
Yajii「Anne」
Anne「……」
博士「Josiah」
Josiah「はい」
博士「Anneの反応を解析しろ」
Josiah「了解しました」
JosiahがAnneへ近づく。
身体を走査する。
Josiah「エネルギー反応が増加しています」
Kitterr「装置と反応してるのか?」
Josiah「その可能性があります」
Yajii「なあ、Anne」
Anne「はい」
Yajii「何か感じるか?」
Anneは目を閉じた。
しばらく沈黙する。
Anne「……音がします」
Yajii「音?」
Anne「頭の中で」
Kitterr「何の音だ?」
Anne「分かりません」
Anneが額へ手を当てる。
Anne「誰かが……」
博士「誰じゃ?」
Anne「……」
Anneの表情がわずかに曇った。
Anne「呼んでいます」
博士「誰が?」
Anne「……分かりません」
答えは出ない。
ただ、胸の六角形だけが、さらに強く光っている。
博士はその光をじっと見ていた。
博士「まさか……」
Yajii「博士?」
博士「いや」
博士は首を振った。
博士「まだ早い」
Kitterr「何が早いんだよ?」
博士「確証がない」
Kitterr「だから何なんだ?」
博士「……」
博士は答えなかった。
その代わり、Josiahが口を開いた。
Josiah「博士」
博士「何じゃ?」
Josiah「施設のエネルギー供給量が上昇しています」
博士「どれくらいじゃ?」
Josiah「上昇を続けています」
博士「止められるか?」
Josiah「……」
Josiahが装置を見る。
Josiah「現在の権限では不可能です」
博士「……」
Yajii「なんだよ、おい!まずいのか!?」
博士「分からん」
Kitterr「うわー、もう!」
Yajii「またかよ!」
博士「今度は本当に分からんのだ!」
その瞬間。
研究室全体が大きく揺れた。
ゴゴゴゴゴ……。
壁の奥から、低い振動音が響く。
消えていた端末が、一斉に点灯した。
ひとつ。
またひとつ。
そして研究室の奥にある巨大なモニターが、ゆっくりと起動する。
画面には意味の分からない文字列が流れていく。
Kitterr「……これ、本当に大丈夫なのか?」
博士「たぶんな」
Kitterr「その『たぶん』が一番怖いんだよ」
Anne「施設の稼働率が上昇しています」
Yajii「どのくらい?」
Anne「現在、三十七パーセント」
Kitterr「三十七?」
Anne「はい」
Yajii「じゃあ、まだ半分までいってないんだ」
Kitterr「え?そういう問題か?」
博士「待て」
博士がモニターを見る。
博士「違う」
Yajii「何が?」
博士「これは施設全体の稼働率ではない」
Kitterr「じゃあ何だ?」
博士「起動している区画の割合じゃ」
Yajii「……」
Kitterr「……」
Josiah「現在、起動範囲が拡大しています」
Yajii「おい」
博士「まずいのう」
Kitterr「やっと違う言葉を言ったな」
Yajii「悪いほうだけどな」
その時。
ピッ。
別の警告音が鳴った。
Anneが振り返る。
Anne「外部から生体反応を確認」
Yajii「外?」
Anne「複数です」
Kitterr「何人だ?」
Anne「……」
Anneは目を閉じる。
数秒後。
Anne「八人」
Kitterr「八人……」
Yajii「まさか」
Kitterr「上にいた奴らか?」
Anne「装備を確認しました」
Anne「ブラスター4」
Anne「電磁警棒4」
Kitterr「……来たな」
Yajii「しつこいもんだなあ」
博士「ふむ」
Yajii「博士」
博士「何じゃ?」
Yajii「どうする?」
博士はしばらく黙っていた。
やがて、口元が少しだけ上がった。
Yajii「……なんか顔つき変わったな」
Kitterr「嫌な予感しかしねえ」
博士「今度来るのは、同じ犬と言いながらも……」
Kitterr「警備ドロイドの犬じゃない」
Yajii「じゃあなんだ?」
Kitterr「そうだよ、なんだ?」
博士の表情が変わった。
博士「……組織の犬だな」
Yajii「おい、今なんか悪い顔したな」
Kitterr「ああ、絶対悪い事考えてた」
博士「人聞きの悪いことを言うな」
Yajii「じゃあ何考えてたんだ?」
博士「それはじゃな……」
Anne「組織の犬、とは?」
Yajii「そこからかよ」
Kitterr「まあ、Anneにはまだ早い」
Anne「……そうですか」
その時、研究所の奥で、重い音が響いた。
ズン。
さらに。
ズン……。
巨大な扉が、ゆっくりと動き始める。
同時に、外部から足音が近づいてきた。
八人。
その存在を、研究所そのものが認識しているかのようだった。
警告灯が赤く点滅する。
『外部侵入者を確認』
機械音声が響いた。
『防衛システムを起動します』
Yajii「……」
Kitterr「……」
博士「ほう」
Anne「防衛システムが起動しました」
Yajii「それ、俺たちも巻き込まれない?」
Anne「可能性はあります」
Yajii「可能性あるのかよ!」
Anneの周りにいた犬型ドロイドは、すぐに音の方へ向かった。
そして――
研究所の周りで、巨大な思惑が動き始めていた。




