第17話 地下?(後編)
三人は、巨大な生体が消えた方向とは反対へ歩き始めた。
足元には大量の廃棄物。
古い機械。
壊れた配管。
何かの骨組み。
その間を縫うように進む。
ポタ……。
ポタ……。
地下には、水滴の音しか聞こえない。
Yajii「……なあ」
Kitterr「なんだよ」
Yajii「あいつ、何食ってんだろうな」
Kitterr「知らねえよ」
Yajii「この辺、ゴミだらけだろ」
Kitterr「だから?」
Yajii「ゴミ食ってるなら、俺らと同じじゃん」
Kitterr「一緒にするな」
Yajii「でもよ」
Yajiiは後ろを見る。
何もいない。
ただ暗い通路が続いている。
Yajii「さっきの黒いネバネバ、あいつが食ったやつだったりしてな」
Kitterr「……」
Yajii「それなら納得いくだろ」
Kitterr「何が?」
Yajii「産廃を食って黒いネバネバを出す」
Kitterr「……ああ」
Yajii「それを俺らが拾う」
Kitterr「……まあ」
Yajii「差し詰め、サンドイッチだな」
Kitterr「何がだよ!」
Yajii「産廃を産廃で挟んでる」
Kitterr「どんなサンドイッチだ!」
Anne「人間が食べられるものではありません」
Yajii「いや、そこじゃねえよ」
Kitterr「おい、そこだろ!」
Anne「では、何が問題なのでしょうか」
Kitterr「ああ、もういい……」
三人はさらに奥へ進む。
その時だった。
ズズ……。
Yajii「……」
Kitterr「……」
三人が足を止める。
Yajii「今の……」
Kitterr「……聞こえた」
Anne「生体反応はありません」
Kitterr「じゃあ何だ?」
Anne「判別できません」
Yajii「お前でも分からないのか?」
Anne「はい」
Kitterr「……」
Yajii「じゃあ、行くか」
Kitterr「お前、切り替え早すぎるだろ」
Yajii「だって、分からないんだろ?」
Kitterr「そうだけどよ……」
ズズ……。
今度は、さっきより近い。
Kitterr「……」
Yajii「……」
Anne「……」
壁の向こうだった。
音がする。
ズ……。
ズズ……。
まるで巨大な何かが、壁の向こう側を這っているようだった。
Yajii「……なあ」
Kitterr「なんだ」
Yajii「さっきのやつじゃねえよな?」
Anne「先ほどの個体とは異なる可能性があります」
Kitterr「可能性って何だよ!」
Anne「確認できません」
Kitterr「じゃあ、もっと怖いこと言うなよ!」
Yajii「……」
Yajiiは壺を抱き締める。
Kitterr「何で壺を抱き締めてんだ?」
Yajii「守ってる」
Kitterr「自分を守れ!」
その瞬間――
ズズズズズズ……。
地下全体が揺れた。
天井から砂埃が落ちる。
バラ……。
Kitterr「うわっ!」
Yajii「来るぞ!」
Anne「接近しています」
Kitterr「何が!?」
Anne「生体反応です」
Yajii「だからいるじゃねえか!」
Kitterr「逃げるぞ!」
Yajii「どっちだ!?」
Anne「右です」
三人は右の通路へ走る。
ズズズズズズ……。
背後から振動が追ってくる。
まるで地下そのものが動いているようだった。
Yajii「速え!」
Kitterr「振り返るな!」
Yajii「見たい!」
Kitterr「見るな!」
Yajii「でも気になる!」
Kitterr「おまえ、食われるぞ!」
Yajii「それは嫌だ!」
Anne「右前方に空間があります」
Kitterr「そこへ!」
三人が角を曲がった。
その瞬間。
ドドドドドドドド……!
轟音。
壁の向こうから何かが飛び出した。
黒い。
太い。
長い。
視界の端を、それだけが通り過ぎていく。
ドォォォ……!
大量の廃棄物が押し退けられる。
鉄骨が歪む。
壁が震える。
三人の目の前を、巨大な身体が横切っていく。
しかし、頭部は見えない。
尾も見えない。
ただ、巨大な胴体だけが続いている。
Yajii「……」
Kitterr「……」
Anne「……」
ズズズズズ……。
巨大な身体が、地下の奥へ消えていく。
ようやく静かになった。
Yajii「……」
Kitterr「……」
Yajii「おい」
Kitterr「なんだよ」
Yajii「消火栓のホースなんて太さじゃねえぞ」
Kitterr「そこじゃねえ!」
Yajii「だってホースみたいにニョロニョロしてたぞ」
Kitterr「だから何で消火栓基準なんだよ!」
Anne「直径を推定します」
Yajii「今それ必要か!?」
Anne「約二・八メートルです」
Yajii「ほら!」
Kitterr「何が『ほら』だよ!」
Yajii「ホースどころじゃねえ!」
Kitterr「見りゃ分かる!」
Kitterr「……」
Yajii「どれくらい長いんだ?」
Anne「分かりません。長さは確認できませんでした」
Yajii「……」
Kitterr「……」
Yajii「じゃあ、あれ」
Kitterr「何だよ」
Yajii「まだ地下のどっかに続いてるかもしれねえな」
Kitterr「……やめろ」
Yajii「壁の向こうまで」
Kitterr「やめろって」
Yajii「ずっと」
Kitterr「やめろ!」
Anne「可能性はあります」
Kitterr「お前も乗るな!」
三人は、しばらくその場に立っていた。
誰も動かない。
やがてKitterrが、ゆっくり息を吐いた。
Kitterr「……行くぞ」
Yajii「おう」
Kitterr「今度こそ壺を置いていけ」
Yajii「嫌だ」
Kitterr「即答かよ」
Yajii「高エネルギーだぞ」
Kitterr「……」
Kitterr「もういい」
Anne「二人とも、まだ拾うのですか?」
Yajii「当然だろ」
Kitterr「……まあ、ここまで来たんだ」
Yajii「だよな」
Kitterr「ただし、もうあいつの近くには行かない」
Yajii「賛成」
Anne「では、反対方向へ進みます」
三人は、巨大生体が消えていった方向とは逆へ歩き出した。
その背後、誰も見ていない場所で――
廃棄物の山が、ほんの少しだけ動いた。
ズ……。
そして、その奥から。
ニョロッ。
黒い何かが、闇の中へ消えていった。
三人は巨大生体とは反対方向へ歩き始める。
Yajiiは壺を抱えたままだった。
Kitterr「……お前、それ本当に持っていくのか?」
Yajii「当たり前だろ」
Kitterr「さっきの化け物見ただろ」
Yajii「見た」
Kitterr「それでも?」
Yajii「高エネルギーだぞ」
Kitterr「ああ……そうだったな」
Kitterrは呆れながら前を見る。
しばらく歩く。
Yajii「なあ」
Kitterr「なんだよ」
Yajii「さっきの奴」
Kitterr「ああ」
Yajii「人なんか一呑みじゃん」
Kitterr「そりゃ人だからな」
Yajii「……」
Kitterr「……」
Yajii「なんか、今の言い方怖くね?面白くはねえが」
Kitterr「お前が言わせたんだろ」
Yajii「いや、そういう意味じゃなくてよ」
Anne「気温が低下しています」
Kitterr「え?」
Anne「先ほどの発言により、気温が下がりました」
Kitterr「何でだよ」
Yajii「……」
Kitterr「何が?」
Anne「私は凍え死にしたくありません」
Yajii「お前、アンドロイドだろ」
Anne「そうですが」
Kitterr「何でお前が寒がってんだよ!」
Anne「気温が下がるからです」
Kitterr「だから何で下がるんだよ!」
Anne「……やっぱり」
Yajii「何が?」
Anne「空気が冷えています」
Kitterr「違う!お前のギャグが寒いって言ってんだよ!」
Anne「……そうですか、わかりました」
Yajii「ああ、ごめんよ」
Kitterr「素直に謝るなよ……」
Anne「許します」
Kitterr「なんなんだ、この会話」
三人は何事もなかったように歩き続ける。
その背後廃棄物の積み重なった壁の隙間で――
何かが、ゆっくりと蠢いた。
ズ……。
一度だけ黒い廃棄物の隙間から、細長いものが覗く。
それは、先ほどの巨大生体の小型版に見えた。
しかし三人は気づかない。
Yajiiは壺を抱え。
Kitterrは前だけを見て。
Anneは周囲を警戒しながら歩いている。
ズズ……。
遠くで、また低い振動が響いた。
Anneだけが、わずかに足を止める。
Anne「……」
Yajii「どうした?」
Anne「いえ」
Yajii「そうか」
三人は再び歩き始める。
その後ろで。
ズズズズ……。
地下の奥から、何かが動く音だけが続いていた。




