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徹夜続きのゲーム開発者、気づいたら自分が作ったはずの文明調律RPGに転移していました 第一部  作者: マスター


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第7話 仕様書にない涙

第6話では、澪たちはアビス・リヴァイアを前にして、もっとも分かりやすい解決策である「討伐ルート」と向き合いました。


港の人々は討伐を求めています。


システムもまた、即時被害を抑えるためには討伐ルートを推奨しました。


しかし、フィリアには聞こえていました。


アビス・リヴァイアは、ただの怪物ではない。


息ができない海の苦しみが、形を持った存在だと。


そして澪は、討伐ではなく調律を選びました。


けれど、その道は澪の仕様書にない現象へとつながっていきます。

「討伐じゃない!」


澪の叫びは、港に響いた。


「ここからは、調律ルートに入る!」


その言葉を理解できた者は、ほとんどいなかった。


漁業国家の兵士たちは困惑し、工業都市の護衛兵たちは武器を握ったまま互いに顔を見合わせる。


港の避難民たちは、沖合の巨大な影を見上げて震えていた。


アビス・リヴァイア。


灰色の海から半身を現した深海虚獣は、港全体を覆うほどの存在感を放っていた。


黒い結晶に覆われた背。

海水を引きずる巨大な鰭。

目の奥で揺れる、赤黒い虚無の光。


誰が見ても、怪物だった。


倒さなければならないものに見えた。


だからこそ、澪の言葉は理解されなかった。


「何を言っている!」


漁業国家の兵士が叫ぶ。


「討たなければ港が潰れるぞ!」


「調律だか何だか知らないが、今は綺麗事を言っている場合ではない!」


工業都市の護衛兵も怒鳴る。


「怪物が排水門ごと壊せば、都市側にも逆流する! 討つしかないだろう!」


澪の胸元にある調律核が、激しく明滅する。


《討伐ルート:中断》

《調律ルート:条件不足》

《警告:現地勢力の同意不足》

《警告:前線戦力消耗》

《警告:海底循環装置の制御不完全》

《Another Route Seed:反応増大》


警告ばかりだった。


正しい判断だと示してくれる表示は、どこにもない。


むしろシステムは、澪の選択を危険だと告げていた。


それでも、澪は退けなかった。


ここで討伐すれば、短期的には救えるかもしれない。


けれど、アビス・リヴァイアの奥にある黒い種――《Another Route Seed》は残る。


海底循環装置の主管に根を張ったそれを残したまま虚無核を砕けば、海そのものに何が起こるかわからない。


澪の知るゲームには、そんな仕様はなかった。


ならば、今までの知識だけで討伐を選ぶ方が危ない。


「港長さん!」


澪は振り返った。


中央桟橋に立つ港長は、足を負傷しているにもかかわらず、欄干に手をついて立ち続けていた。


顔色は悪い。


だが、その目にはまだ力があった。


「港の人たちを止めてください。今、虚無核を狙わせるわけにはいきません」


港長は、海を見た。


アビス・リヴァイアが暴れれば、港は壊れる。

それを理解しているからこそ、老人の顔には苦悩が浮かんでいた。


「……本当に、討たずに止められるのか」


「わかりません」


澪は正直に答えた。


港長の眉が動く。


周囲の兵士たちがざわめいた。


だが、澪は言葉を続ける。


「でも、討てばもっと悪くなる可能性があります。あの子の中には、海の苦しみとは別の黒い種がある。今それを砕けば、海底循環装置ごと壊れるかもしれません」


「確証は」


「ありません」


澪は唇を噛んだ。


「でも、フィリアには聞こえています。ミルカには構造が見えています。私の調律核も、未知の反応を出している。少なくとも、ただの討伐対象ではない」


港長はフィリアを見た。


エルフの少女は、涙をこらえながら海を見つめている。


その肩では、小さな精霊が震えていた。


「フィリア」


港長が言う。


「お前には、あれの声が聞こえるのだな」


フィリアは小さく頷いた。


「はい」


「ならば、あれは何と言っている」


フィリアは両手を胸に当てた。


精霊たちが彼女の周囲に集まる。


その光は弱い。


彼女自身も、限界に近い。


けれど、フィリアは目を閉じた。


「……暗い」


風が止まったような声だった。


「冷たい。重い。沈んでいる。上へ行きたいのに、何かに絡まっている。息を吸おうとすると、黒いものが入ってくる。吐き出そうとすると、もっと深いところへ引き戻される」


アビス・リヴァイアが海上で身をよじった。


黒い波が桟橋へ押し寄せる。


セラフィナの光剣が防壁となって立ち、波を一瞬だけ受け止めた。


「それから……」


フィリアの声が震える。


「怖い、と」


港に沈黙が落ちた。


「怖い?」


漁業国家の兵士が呆然と呟いた。


あれほど巨大で、港を壊しかねない怪物が怖がっている。


そんなことを、誰が信じるだろう。


だがフィリアの涙を見て、笑う者はいなかった。


「私たちを、ですか」


工業都市の技術者トマが低く尋ねる。


フィリアは首を振った。


「違います。もっと深いところにあるものを怖がっています。自分の中に入り込んだ黒い種を、怖がっています」


澪の胸元で、調律核が熱を持つ。


《海声解析:進行》

《フィリア固有感応:上昇》

《未知語彙を検出》


未知語彙?


澪が表示を見た瞬間、フィリアが小さく呟いた。


「……ネレイア」


澪は息を止めた。


「え?」


フィリアは、自分でも驚いたように目を開けた。


「今、何か言いましたか、私」


「言った」


澪の声がかすれる。


「ネレイアって」


フィリアは困惑したように首を振る。


「知りません。そんな名前、私は……」


「私も知らない」


澪は呟いた。


いや、正確には。


その名前は、『Eternal Cycle』の仕様書に存在しない。


エルフの精霊系統には、森林精霊、風精霊、水精霊、大地精霊、樹霊、花霊、古樹霊がいた。


海洋編でフィリアが一時的に呼ぶ精霊として、《潮の小精霊》という仮名の存在はあった。


しかし、ネレイアという名前はない。


少なくとも、澪は書いていない。


「ミオ?」


ルシェリアが澪を見る。


「それも、あなたの知る仕様にないものですか」


澪は頷いた。


「ない。そんな精霊名は、どこにも」


その瞬間、フィリアの肩にいた小さな精霊が強く光った。


いつもの翠ではない。


深い青。


海の底のような、静かで冷たい青だった。


精霊の形が変わる。


小さな葉のようだった羽が、水のひれのように揺れた。


フィリアの髪が、潮風にふわりと持ち上がる。


そして、彼女の頬を一筋の涙が伝った。


その涙は地面へ落ちなかった。


空中で止まり、青い光の粒となって海へ向かった。


「……なに、これ」


澪は呆然とした。


こんな演出はない。


フィリアの涙が精霊光となって海へ届くイベントなど、どこにも書いていない。


しかも、その光に反応して、アビス・リヴァイアが一瞬だけ動きを止めた。


咆哮が止まる。


黒い波が弱まる。


巨大な瞳が、ゆっくりと灯台と桟橋の方へ向けられた。


その瞳から、透明な雫がこぼれた。


海水ではない。


黒い霧でもない。


澄んだ水のような涙だった。


巨大な怪物の瞳からこぼれたその雫は、海面に落ちると、周囲の黒い濁りをほんの少しだけ薄めた。


澪は、呼吸を忘れた。


「……嘘」


それは、仕様書にない涙だった。


いや、それだけではない。


澪は知っていた。


開発中、アビス・リヴァイアに涙の演出を入れる案が一度だけ出たことがある。


深海虚獣が、討伐直前に泣く。


そうすれば、プレイヤーに「これは本当に倒してよかったのか」と思わせられる。


澪はその案を気に入っていた。


だが、実装されなかった。


ボスの巨大モデルに涙の表現を入れるには追加コストがかかる。

演出が重くなりすぎる。

討伐ルートの爽快感を損なう。


そういう理由で、没になった。


仕様書から削除した。


少なくとも、完成版に入るはずがなかった。


「なんで……」


澪の声は震えていた。


「なんで、没にしたはずの演出があるの」


アオイが、澪を見る。


「没?」


澪は返事ができなかった。


アビス・リヴァイアの涙は、港の人々にも見えていた。


さっきまで「殺せ」と叫んでいた兵士たちが、言葉を失っている。


怪物が泣く。


その光景は、単純な敵味方の線を揺らした。


「今です」


ルシェリアが静かに言った。


「人々の怒りが揺らいでいます。討伐の勢いが弱まった。調律に入るなら、今しかありません」


澪ははっとする。


そうだ。


驚いている時間はない。


「ミルカ、黒い種の接続点!」


「三つ! 主管の根元、左鰭の拘束結晶、喉の奥にある逆流管! でも全部同時は無理!」


「同時じゃなくていい。まず左鰭。ライカでブレイクできる?」


ライカの声が弾ける。


「できる! でも一瞬だけ前に出る形だよね?」


「うん。正式交代じゃない。QTEみたいな短時間介入」


「きゅーてぃー?」


「……ごめん、今のなし。呼び込むから、五秒だけ全力で左鰭の拘束結晶を砕いて。虚無核は狙わない」


「五秒あれば十分!」


「セラフィナ、光剣で拘束結晶の位置を示して。刺すんじゃなくてマーキング」


「了解。攻撃ではなく標識ですね」


「フィリア、ネレイア……でいいのかな。その青い精霊でアビス・リヴァイアの痛みを抑えられる?」


フィリアは涙を拭った。


「やってみます。名前はわかりません。でも、呼べる気がします」


「ルシェリアは黒霧の流れを外側へ。散らさないで、一か所に集めて」


「承知しました」


「アオイは港側の波を受ける。アビス本体へ突っ込まなくていい。港を守って」


「はい」


澪は胸元の調律核に手を当てた。


「主調律者権限、前線一時介入。対象、ライカ!」


調律核が青白く輝く。


中継殿と中央桟橋をつなぐ光路が、一瞬だけ開いた。


琥珀色の光が走る。


次の瞬間、ライカが空中に飛び出した。


「待ってました!」


獣人族の少女は、まるで最初からそこにいたかのように、壊れた桟橋の手すりを蹴った。


その動きは、アオイともルシェリアとも違う。


速い。


軽い。


直感で危険な場所を避け、最短の足場だけを踏んで、海上へ飛ぶ。


セラフィナの光剣が、アビス・リヴァイアの左鰭にある黒い拘束結晶を照らした。


「そこです!」


「見えた!」


ライカの爪に、琥珀の光が宿る。


高機動。

単体高火力。

ブレイク特化。


澪の知る役割名が頭に浮かぶ。


だが今、それはただの能力説明ではない。


ライカ自身の命が、海上の一瞬に乗っている。


「ライカ、三秒!」


澪が叫ぶ。


「余裕!」


ライカは笑った。


だがその笑顔は、いつもの軽さだけではなかった。


彼女もわかっている。


一歩間違えば、黒い海へ落ちる。


アビス・リヴァイアの鰭が動けば、弾き飛ばされる。


それでも、彼女は飛び込んだ。


「獣戦技――《琥牙一点》!」


琥珀の閃光が、拘束結晶を貫いた。


黒い結晶が砕ける。


アビス・リヴァイアが大きく身をよじった。


痛みではない。


縛られていたものが外れた反応。


フィリアが叫ぶ。


「今、少し楽になりました!」


しかし、砕けた拘束結晶から黒い蔓のようなものが飛び出した。


それはライカへ向かって伸びる。


「ライカ!」


アオイが叫ぶ。


だが距離が遠い。


セラフィナの光剣が飛ぶ。

蔓を切る。

しかし一本だけすり抜ける。


ライカは空中で身をひねった。


避けきれない。


その瞬間、青い水の精霊がライカの前に現れた。


ネレイア。


そう呼ぶべきなのか、澪にはまだわからない。


青い精霊は小さな体で黒い蔓を受け止め、水の膜で包み込んだ。


蔓が溶けるように細くなる。


ライカはその隙に桟橋へ戻った。


光路が閉じ、彼女の姿は中継殿側へ戻る。


「セーフ!」


通信からライカの声。


「ちょっと怖かった!」


「ちょっとどころじゃないよ!」


澪は思わず叫んだ。


手が震えていた。


ライカは無事だった。


だが、今の一瞬で心臓が止まるかと思った。


ゲームなら、QTE成功。

拘束結晶破壊。

ブレイク値上昇。


それだけだ。


現実では、ライカが黒い海に落ちるかもしれなかった。


澪は息を整える暇もなく、次の表示を見る。


《左鰭拘束結晶:破壊》

《アビス・リヴァイア拘束率:低下》

《Another Route Seed:反発》

《未知精霊反応:ネレイア》

《仕様外支援効果を確認》


仕様外支援効果。


澪はその文字を睨む。


やはり、この世界はゲームの通りではない。


フィリアの涙。

ネレイアの出現。

アビス・リヴァイアの涙。

ライカを守った水の膜。


すべて、仕様書にない。


「ミオさん」


アオイの声がした。


澪が振り向くと、アオイは海を見ていた。


その表情が、いつもと違う。


ぼんやりしている。

どこか遠くを見ている。


「アオイ?」


アオイの瞳に、青と黒の光が映っていた。


アビス・リヴァイアの涙が海面へ広がった瞬間、何かがアオイの中で開いたようだった。


「……見たことがあります」


彼女は呟いた。


「この海を」


澪の心臓が跳ねる。


「夢?」


「わかりません。でも、私はここにいました」


アオイは震える手で、自分の盾を握る。


「港はもっと壊れていて、空に白い輪が出ていて、フィリアが泣いていて、ルシェリアが黒い霧の中で手を伸ばしていて……」


フィリアが息を呑む。


ルシェリアの瞳が細くなる。


「それは、残響ですか」


アオイは首を振る。


「わかりません。でも、私は……」


彼女の声が震えた。


「私は、あの子を殺したことがある気がします」


港の音が遠くなった。


澪の耳に、自分の鼓動だけが響く。


「アオイ……」


「盾で動きを止めて、ルシェリアの魔法で外殻を砕いて、ライカが核を割って……みんなで勝ったと思ったんです」


アオイの頬を、涙が伝った。


「でも、そのあと海がもっと黒くなって、フィリアが泣いて、ミオさんみたいな誰かが叫んで……空に、白い輪が」


白い輪。


エターナル。


澪は呼吸を忘れた。


アオイが見ているのは、未来ではない。


過去だ。


この世界の、前の周回。


いや、澪が転移する前に起きたかもしれない、別の世界線。


そこでアオイたちは討伐を選んだ。


アビス・リヴァイアを倒した。


そして、おそらく世界は失敗した。


「そんなイベント……ない」


澪は呟いた。


アオイが前周の討伐記憶を見るイベントは、澪の仕様書にはない。


二周目以降に残響イベントはある。

仲間たちが夢や既視感を持つ設定はある。


だが、ここまで具体的な記憶を、初回の海洋異変中に思い出すなど、ありえない。


フィリアが震える声で言う。


「私も……少し、見えました」


「フィリアも?」


「はい。私、あの子に謝っていました。ごめんなさい、ごめんなさいって。でも、海は黒くて、何も届かなくて」


ルシェリアは静かに目を閉じた。


「私にも、一瞬だけ。黒霧の中で、アオイの名を呼んだ記憶があります」


通信から、ミルカの声が消えた。


数秒後、彼女がぽつりと言う。


「私、今の装置配置……前にも見た気がする。海底循環装置を直そうとして、でも一本だけ管が足りなくて、間に合わなかった」


ライカの声も、いつもの明るさを失っていた。


「私、落ちたかも。黒い海に。誰かが手を伸ばしてた」


セラフィナは、長い沈黙のあとに言った。


「私は、白い輪を見ました。あれを止めようとして、光剣が届かなかった」


六人全員に、残響が出ている。


しかも、澪が知らない形で。


澪の視界が揺れた。


これはバグではない。


そう思いかけて、まだ口には出せなかった。


なぜなら、その言葉を認めるには、あまりにも怖かった。


バグなら、直せばいい。


仕様外なら、原因を探せばいい。


だが、これは彼女たちの記憶だ。


痛みだ。


一度失敗した世界の、残された傷だ。


澪は、胸元の調律核を見る。


表示が乱れていた。


《残響反応:全員同期》

《周回記憶断片を検出》

《該当イベント:存在しません》

《該当ログ:存在しません》

《仕様書照合:失敗》

《Another Route Seed:共鳴》


最後の一行に、澪は凍りついた。


《Another Route Seed:共鳴》


黒い種は、残響に反応している。


アオイたちの記憶に、反応している。


アビス・リヴァイアが再び咆哮した。


今度の咆哮は、ただの苦しみではなかった。


黒い種が刺激され、深海から赤黒い光が吹き上がる。


海面に巨大な渦が生まれる。


「まずい!」


ミルカが叫ぶ。


「黒い種が、今の残響を吸った! 主管の奥で成長してる!」


「止めるには?」


「わからない! でも、記憶に反応したなら、普通の虚無じゃない!」


澪は奥歯を噛んだ。


仕様書にない涙。

仕様書にない精霊。

仕様書にない記憶。

仕様書にない種。


何もかもが、澪の知っているゲームから外れ始めている。


それでも、目の前の危機は待ってくれない。


アビス・リヴァイアの喉元に、赤黒い光が集まる。


海水が吸い上げられる。

黒い霧が渦を巻く。


港へ向けて、巨大な波を吐き出そうとしている。


「アオイ!」


澪が叫ぶ。


「港側を守れる!?」


アオイは涙を拭った。


「守ります」


声は震えていた。


だが、折れてはいなかった。


「フィリア、ネレイアで痛みを抑えて!」


「はい!」


「ルシェリア、黒霧を上へ逃がす流れを!」


「承知しました」


「セラフィナ、光剣を防壁に!」


「出力残量、限界です。それでも張ります」


「ミルカ、主管の圧を少しでも逃がして!」


「やる!」


「ライカ、次の介入まで待機! まだ飛び込まない!」


「わかった!」


澪は叫びながら、理解していた。


これは、もうチュートリアルではない。


討伐ルートでもない。


調律ルートですら、澪の知っているものとは違う。


仕様書にない道。


誰も攻略法を知らない道。


その中心で、六人の少女たちは泣きながら、それでも立っている。


アビス・リヴァイアの喉から、黒い波が放たれた。


港全体を呑み込むほどの大波。


アオイが中央桟橋の先端へ走る。


「循環戦技――」


澪は叫ぶ。


「アオイ、まだクールダウンが!」


「わかっています!」


アオイは盾を構えた。


胸元の調律核が、通常より弱い光を放つ。


まだ完全には戻っていない個人必殺技を、無理やり起動しようとしている。


危険だ。


だが、止める時間はない。


フィリアの青い精霊がアオイの背に触れる。

ルシェリアの風が盾の周囲に渦を作る。

セラフィナの光剣が防壁の柱となる。

ミルカの構造線が桟橋と盾をつなぐ。


六つの理には、まだ届かない。


けれど、前線と後方が一瞬だけ重なった。


アオイが叫ぶ。


「《蒼盾環》!」


黒い波が、青い盾へ激突した。


世界が揺れた。


桟橋が軋む。

兵士たちが悲鳴を上げる。

港長が倒れそうになる。

澪の身体も吹き飛ばされかける。


だが、アオイは下がらなかった。


歯を食いしばり、涙を流しながら、それでも立っていた。


「前にも……」


アオイが呟く。


「前にも、ここで止められなかった」


盾の光が弱まる。


澪は叫んだ。


「アオイ!」


「だから今度は、止めます!」


青い光が、一瞬だけ強くなる。


黒い波が左右へ割れ、港の両側へ逃げた。


完全には防げない。


倉庫の一部が壊れ、桟橋の端が砕け、海水が街路へ流れ込む。


それでも、中央桟橋にいた人々は呑まれなかった。


アオイは盾を下ろし、膝をついた。


フィリアが駆け寄る。


「アオイさん!」


澪も走ろうとして、足がもつれた。


ルシェリアが支える。


「無理をしないでください」


「無理をしてるのはアオイでしょ……!」


澪は叫びそうになった。


だが声が出なかった。


アオイは生きている。


けれど、無茶をした。


その事実が、澪の胸を締めつける。


アビス・リヴァイアは再び海上で身をよじった。


左鰭の拘束は外れた。

だが、黒い種はまだ残っている。


そして今の残響反応で、むしろ成長している。


調律核に表示が浮かぶ。


《港湾大波被害:軽減》

《アオイ過負荷:高》

《未知精霊ネレイア:継続顕現》

《残響同期:継続》

《Another Route Seed:成長率 41%》

《仕様書外分岐:確定》


仕様書外分岐、確定。


澪はその文字を見た。


そして、初めてはっきりと思った。


ここは、自分の作ったゲームそのものではない。


似ている。

設定も、地名も、キャラクターも、システムも、澪の知るものと重なっている。


だが、この世界には澪の知らない記憶がある。


澪の書いていない涙がある。


澪が没にしたはずの痛みが、現実として存在している。


「……私は」


澪は震える声で呟いた。


「何を作ったの」


その問いに答える者はいなかった。


ただ、海の上でアビス・リヴァイアが透明な涙を流し続けていた。


そしてその涙の奥で、黒い種だけが、赤黒く脈打っていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


第7話では、澪の知っている仕様から物語が大きく外れ始めました。


フィリアが呼んだ、仕様書に存在しない海の精霊ネレイア


アビス・リヴァイアが流した、実装されなかったはずの涙。


そして、アオイたち六人が見た、前の世界線らしき記憶の断片。


澪にとって、それらはすべて「仕様書にない」ものでした。


けれど、この世界にとっては、ただのバグではありません。


誰かが経験した痛みであり、残された感情であり、消えきらなかった記憶です。


今回、アオイは「自分は前にアビス・リヴァイアを殺したことがある気がする」と口にしました。


討伐ルートの先に何があったのか。


なぜ世界は戻ったのか。


そして《Another Route Seed》は、なぜ残響に反応するのか。


次回は、第8話「残響はバグではない」。


澪が、仲間たちに起きている現象を、ただの不具合として片づけられなくなっていく回になります。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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