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徹夜続きのゲーム開発者、気づいたら自分が作ったはずの文明調律RPGに転移していました 第一部  作者: マスター


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第2話 主人公は選べるはずだった

第1話では、ゲーム会社で『Eternal Cycle — 和の調律者 —』を開発していた若手プランナー兼シナリオ担当・神代澪が、自分の作ったはずのゲーム世界に似た場所へ転移しました。


けれど、その世界は澪の知っている仕様とは少しずつ違っていました。


本来なら、主人公は六つの種族から自由に選べるはずでした。


しかし、目の前にいる六人の少女たちは、選択画面の中のキャラクターではありません。


彼女たちは、それぞれの意志でそこに立っています。

視界が青く弾けた。


身体が浮くような感覚があって、次の瞬間、神代澪は石畳の上に膝をついていた。


「うっ……」


胃の奥が揺れる。


会社のエレベーターで何階分も一気に落ちたような気持ち悪さと、寝不足の頭痛が同時に襲ってきた。


転移酔い。


そんな単語が、反射的に頭へ浮かぶ。


けれど、澪はその単語にすぐ自分で突っ込んだ。


「いや、転移酔いって何……。そんな細かい仕様、入れてない……」


自分で作ったゲームなら、転移演出の後にキャラクターが酔うはずはない。


プレイヤーにストレスを与えるだけだからだ。


でも現実の身体は、演出の都合など考えてくれなかった。


喉が渇く。

胃が重い。

膝が痛い。

冷たい石の感触が、嫌になるほど本物だった。


「ミオさん、大丈夫ですか?」


すぐ隣から、アオイの声がした。


澪が顔を上げると、黒髪の少女が心配そうにこちらを覗き込んでいた。


人間族。

戦士。

ドレイン型。


澪の頭の中では、そうした情報が反射的に並ぶ。


けれど、目の前のアオイは、情報ではなかった。


息をしている。

まばたきをしている。

澪の顔色を見て、本気で心配している。


それだけのことが、澪にはひどく重かった。


「だ、大丈夫。ちょっと……転移に慣れてないだけ」


「転移に慣れている人の方が少ないと思います」


ルシェリアが静かに言った。


淡紫の髪を揺らしながら、魔族の少女は周囲を見回している。


彼女の瞳は落ち着いていたが、警戒を解いてはいない。


「ここは、原初調律殿とは別の施設のようですね」


「海洋中継殿……のはず」


澪は立ち上がりながら答えた。


「海洋ヘックスに向かう前の中継地点。古代文明が各地の循環を観測するために作った施設で、港から少し離れた崖の上にある。ここから廃港と海底施設、両方へアクセスできる……設定だった」


最後の言葉だけ、少し小さくなった。


設定だった。


その言い方が、この世界ではあまりにも不自然だと、自分でもわかっていたからだ。


「設定?」


セラフィナが鋭く反応する。


白い翼を背に持つ天使族の少女は、澪に対して明らかな警戒を向けていた。


無理もない。


突然現れた見知らぬ人間が、自分たちの名前や能力を知っていて、未来のようなことを語り、今度は施設の構造まで説明している。


怪しむなという方が無理だった。


「その言葉、先ほどから気になります。あなたは、この世界をどういうものとして見ているのですか?」


「それは……」


澪は言葉に詰まった。


ゲームとして見ていた。


そう言えば、彼女たちはどう思うだろう。


自分たちは作られた存在なのかと、傷つくだろうか。


あるいは、澪を敵だと判断するだろうか。


だが黙っていれば、もっと危ない。


澪はこの世界のことを知っている。

少なくとも、知っていると思っていた。

その知識を使わなければ、最初の海洋異変で取り返しのつかないことになる。


「ミオ」


ルシェリアが、澪の迷いを見抜いたように言った。


「今すぐすべてを語れとは言いません。けれど、あなたが何かを隠していることは確かです」


「……うん」


「そして、それは私たちに関係することですね」


「たぶん、かなり」


澪がそう言うと、セラフィナの眉がさらに険しくなった。


「ならば、なおさら説明が必要です。秩序なき判断は、混乱を招きます」


「秩序、か」


ミルカが壁の古代装置を覗き込みながら、肩越しに言った。


「でも、説明を全部聞く前に海が詰むかもしれないよ。ここの表示、さっきから悪化してる」


「詰む?」


フィリアが不安げに聞き返す。


ミルカは自分でも意味がわからないという顔をした。


「なんか、今そう言いたくなった。変な言葉だけど、状況には合ってる気がする」


澪は胸の奥が冷たくなった。


まただ。


ミルカはゲーム用語を知らないはずなのに、ときどき澪の側の言葉へ近づいてくる。


残響。


あるいは、それに似た何か。


一周目ではありえない現象。


「……とにかく、海洋ヘックスへ向かう前に確認したい」


澪は周囲を見回した。


海洋中継殿。


原初調律殿よりも少し小さいが、構造は似ている。


円形の広間。

壁一面に刻まれた六角形の地図。

中央にある転移門。

その周囲に、三つの青い台座。


澪は台座の数を見て、思わず息を呑んだ。


「三つ……」


第1話の原初調律殿で考えた通りだ。


やはり一度に前線へ出られるのは三人まで。


ゲーム仕様と同じ。


けれど、それが現実になると、まったく意味が違っていた。


ゲームなら、三人編成はバランスの問題だ。


前衛。

火力。

回復。


雑魚戦向け。

ボス向け。

探索向け。


相性を見て、効率よく組めばいい。


でも、今は違う。


三人しか連れていけないということは、三人だけを危険に晒すということだ。


残る三人には、置いていかれる不安がある。

連れていく三人には、死ぬかもしれない危険がある。


選択とは、こんなに重いものだったのか。


澪は唇を噛んだ。


「本来なら……」


「本来なら?」


アオイが聞いた。


澪は迷った末に、正直に言うことにした。


「本来なら、主人公は選べるはずだったの」


六人が、澪を見る。


「魔族、天使族、エルフ、ドワーフ、人間、獣人族。六つの種族から一人を選んで、職業とスキル方向性を決める。そこから物語が始まる」


「物語が、始まる?」


フィリアの声が小さく震えた。


澪は自分の言葉が、彼女たちを傷つけるかもしれないと気づいた。


だが、もう止まれない。


「私の知っている形では、そうだった。主人公は自由に選べる。たとえばアオイを選べば、人間族の戦士として始まる。ルシェリアを選べば魔族の魔法使い。フィリアを選べば精霊使い。セラフィナなら召喚士。ミルカならサポート。ライカなら戦士の単体ブレイカー」


「単体ブレイカー!」


ライカが目を輝かせる。


「なんか強そう!」


「実際、ボスの体勢を崩すのは得意なはず」


「やっぱり!」


ライカは嬉しそうに拳を握った。


だが、他の五人は素直に笑っていなかった。


特にセラフィナは、澪をまっすぐ見ている。


「あなたの言い方では、まるで私たちが選択肢のようです」


澪の胸が痛んだ。


「……そう聞こえるよね」


「違うのですか?」


違わない。


少なくとも、澪のいた世界ではそうだった。


キャラクター選択。

パーティ編成。

スキル構成。

リビルド。


プレイヤーが選ぶための存在。


けれど、今ここにいる彼女たちは、そんな言葉で片づけられるものではない。


「私のいた場所では、そういう形で考えていた。でも……」


澪は六人を見た。


「今は、違うと思ってる」


「思っている、では曖昧です」


セラフィナは一歩前に出た。


「あなたが私たちを駒として扱うなら、私は従えません」


その言葉は、冷たい刃のようだった。


けれど澪は、反論できなかった。


第1話で、彼女は自然に編成を口にした。


アオイ、ルシェリア、フィリアを前線。

セラフィナ、ミルカ、ライカを支援。


効率としては正しい。

初期海洋異変の安定構成としても正しい。


でも、そこに彼女たちの気持ちを聞く余地はなかった。


「ごめん」


澪は頭を下げた。


「私は、まだこの世界をゲームの延長で見てる。見ないようにしようと思っても、どうしても数値とか役割とか相性で考えてしまう。だから、不快にさせたなら謝る」


セラフィナは黙っていた。


澪は続ける。


「でも、駒として扱いたいわけじゃない。むしろ逆。みんなを死なせたくない。だから知っている範囲で、できるだけ安全な組み合わせを考えたい」


「安全な組み合わせ……」


アオイが小さく呟く。


「でも、誰かは行かなきゃいけないんですよね」


「……うん」


「なら、私は行きます」


即答だった。


アオイは剣の柄に手を置く。


「私は戦士です。前に立つためにいる。海で誰かが苦しんでいるなら、行かない理由はありません」


澪は、アオイを見る。


黒髪。

まっすぐな瞳。

自分の役割を疑わない声。


ゲームの主人公として書いた時、澪はアオイに「読者に近い視点」を与えた。


人間族。

発展と適応の種族。

短期的な善悪二元論に流されやすいが、変わる力も持っている。


そして、前線で耐えながら味方を支える戦士。


「アオイは、怖くないの?」


澪が聞くと、アオイは少し考えた。


「怖いです」


その答えは、澪の予想よりずっと素直だった。


「でも、怖いから行かない、とは思えません。私が前に出れば、後ろの誰かが息をつけるかもしれない。そういう戦い方なら、できます」


ドレイン型戦士。


敵を倒すことで、味方を少しずつ回復する循環型タンク。


ゲーム説明なら、そうなる。


けれどアオイの言葉は、そんな短い説明よりずっと重かった。


「私も行きます」


フィリアが静かに言った。


エルフの少女は、両手で小さな精霊を包み込んでいる。


「海の声が、ずっと聞こえています。痛い、苦しい、息ができないって。戦うのは怖いです。でも、聞こえているのに行かない方が、もっと怖い」


澪は頷いた。


フィリアの精霊支援は、海洋異変において重要だ。


彼女がいなければ、アビス・リヴァイアの奥にある「海の痛み」を読み取ることが難しい。


けれど、それを口にするのは違う気がした。


「フィリアは、効率がいいからじゃなくて、自分で行きたいんだね」


「はい」


フィリアは小さく頷く。


「でも、足手まといになったら……」


「ならない」


ルシェリアが穏やかに言った。


「あなたの精霊は、私たちが見えないものを見ます。海の声を聞ける者がいなければ、私たちはまた、目の前の敵だけを見てしまうでしょう」


フィリアの表情が少しだけ和らいだ。


ルシェリアは澪に向き直る。


「私も同行します。広域の黒霧を払うには、魔法が必要でしょう。それに……ミオ、あなたが語った“倒すだけでは救えない”という言葉の意味を、見極めたい」


「見極める?」


「はい。あなたの知識が真実なのか。あなた自身が何を望んでいるのか。そして、この世界が本当にあなたの知る通りなのか」


澪は苦笑した。


「信用されてないね」


「信用するために、見に行くのです」


その言い方は、責めるものではなかった。


むしろ、ルシェリアらしい。


長寿の魔族。

調和を重んじるが、ただ受け入れるだけではない。

相手の言葉の奥にある因果を見ようとする。


澪は深く息を吐いた。


これで、前線の三人は決まった。


アオイ。

ルシェリア。

フィリア。


第1話で口にした編成と同じだ。


けれど今は、少し違う。


澪が一方的に選んだのではない。


彼女たちが、それぞれの意志で前に出た。


「では、私は残れということですね」


セラフィナの声は静かだった。


けれど、その奥には明らかな不満があった。


「そういうわけじゃ……」


澪が言いかけると、セラフィナは首を振った。


「理解はしています。後方支援が不要だとは思いません。ですが、目の前に危機があるのに、私の光剣を使わない理由があるのですか?」


「ある」


澪は慎重に言った。


「セラフィナの召喚は強い。でも、攻撃系の召喚は本人が前線に残っている間しか最大効果を発揮しない。高火力の単体召喚なら持続は五秒前後。範囲召喚でも十秒前後。交代や連携で消える。今の状況だと、まだ敵の本体が出ていないから、切り札を切るのが早すぎる」


「……私の術式を、そこまで知っているのですね」


「知っている、つもりだった」


澪は言い直した。


「でも今は、違うかもしれない。だから、セラフィナには後方で光剣を温存しながら、防衛と遠隔支援をしてほしい。もし海底施設側に虚無が出たら、前線よりそっちが危ない」


セラフィナは黙った。


納得していない顔だった。


それでも彼女は、感情だけで反発しなかった。


「秩序維持のための後方防衛、ということですね」


「うん」


「ならば、任務として受けます。ですが、私が前に出るべき時は、必ず呼んでください」


「約束する」


澪がそう言うと、セラフィナはようやく小さく頷いた。


ミルカはその横で、壁の装置を叩いていた。


「私は残るの、むしろ賛成。ここの構造、めちゃくちゃ面白い。これ、海底施設と連動してるよ。送気管、水圧弁、循環路、あと古い浄化区画。たぶん前線だけじゃなくて、こっちを動かさないと海は戻らない」


「さすがミルカ」


澪は思わず言った。


「やっぱり構造解析が早い」


「褒められてるのはわかるけど、なんか最初から知ってたみたいな言い方だね」


ミルカがじっと澪を見る。


澪は言葉に詰まった。


「まあ、今はいいよ」


ミルカは笑った。


「その代わり、あとでちゃんと説明して。私、構造がわからないまま動くの嫌いだから」


「……うん」


「あと、私の支援ドレインは前線に直接行かなくても使えるかもしれない。効率は落ちるけど、ここから弱体化フィールドを送れれば、アオイの回復循環を補助できる」


その言葉に、澪は驚いた。


それは、ゲームの初期仕様にはなかった。


後期の構想として、澪がメモだけ残していた連携案に近い。


ミルカの支援ドレインは、前線にいる味方の吸収効率を上げる。

特にブレイク中は回復効率が上昇する。

ただし本人が控えに回ると効果は半減。


そのバランス案は、実装前だったはずだ。


「ミルカ、それ……どうしてわかるの?」


「わかんない」


ミルカは自分の手を見た。


「でも、この装置を見てると、できる気がする。前にやったことがあるみたいに」


残響。


澪の背筋に、また冷たいものが走る。


やはりこの世界は、初期状態ではない。


何かが、すでに一度起きている。


「ライカは?」


澪が振り向くと、獣人族の少女は中継殿の出口付近で鼻をひくつかせていた。


「外、潮の匂いが変。あと、鉄と煙の匂い。誰かが喧嘩してる」


「港の方?」


「たぶん。道も一つ潰れてる。崖下の橋、落ちかけてるかも」


澪は地図を見た。


ゲーム内では、廃港へ向かう道は三つあった。


正面の街道。

崖下の古い橋。

海底施設へつながる地下路。


初回イベントでは、正面の街道が推奨ルート。

崖下の橋はサブイベント用。

地下路は後半で開く。


だが、ライカの話が正しければ、崖下の橋がすでに危険化している。


これも早い。


「ライカには、支援組の中で経路確認をお願いしたい。前線組が港に入ったあと、もし退路が塞がれたら危ない。安全な道を見つけて」


「了解!」


ライカは嬉しそうに頷いた。


「戦えないのはちょっとつまんないけど、道を見るのも大事だもんね!」


その明るさに、澪は少し救われた。


けれど同時に、怖くもなる。


ライカの役割は単体高火力のブレイカーだ。

ボス戦では必ず必要になる。


今ここで温存するのは合理的だ。


だが、それは澪の都合でもある。


彼女たちは本当に、自分の意志で役割を受け入れているのか。

それとも、澪の言葉に流されているだけなのか。


その疑問は、簡単には消えなかった。


「ミオさん」


アオイが声をかける。


「そんな顔をしないでください」


「そんな顔?」


「全部、自分が背負わなきゃいけないと思っている顔です」


澪は言葉を失った。


アオイは続ける。


「たぶん、あなたは私たちよりたくさん知っています。でも、だからといって全部一人で決めなくていいと思います」


「でも、私が間違えたら」


「その時は、私たちも一緒に間違えます」


アオイは、少しだけ笑った。


「そして、次に直します」


その言葉に、澪の胸元の調律核が微かに光った。


次に直す。


それは、『Eternal Cycle』の根幹そのものだった。


失敗しても終わりではない。

世界には残響が残る。

次の巡りで、少しだけ良い選択へ近づく。


けれど澪は、目の前の少女にそんな言葉を言わせたくなかった。


失敗したら、誰かが傷つく。

世界が壊れる。

エターナルが出現する。


それでも、アオイは前を向いている。


澪が作ったキャラクターだからではない。


アオイ自身が、そういう少女なのだ。


その時、広間の中央にある三つの台座が強く光った。


古代文字が宙に浮かぶ。


澪は反射的に読み取ろうとした。


本来なら、ここでパーティ確定画面が出る。


《出撃メンバーを選択してください》


そう表示されるはずだった。


しかし、目の前に浮かんだ文字は違った。


《調律権限者を確認》

《主調律者:神代澪》

《戦闘適性:最低》

《直接戦闘権限:制限》

《観測・編成・共鳴補助:許可》


「……は?」


澪は固まった。


主調律者。


自分が?


「ミオさん?」


フィリアが不安げに覗き込む。


澪は何度も文字を見直した。


変わらない。


主調律者:神代澪。


戦闘適性:最低。


「最低って何よ……」


思わず呟く。


ミルカが吹き出した。


「最低って出てるの?」


「出てる」


「まあ、見た感じ戦えなさそうだもんね」


「否定できないのがつらい」


澪は肩を落とした。


ゲーム開発者として、戦闘が得意なわけがない。


四日間ほぼ徹夜の身体だ。

走ったらすぐ息が切れる。

剣なんて振ったこともない。

魔法も使えない。

召喚もできない。


戦闘適性最低。


失礼だが、正しい。


「でも、観測と編成と共鳴補助はできるんだ」


ルシェリアが文字を見上げる。


「つまり、ミオは前線で戦う者ではなく、私たちの理を結び、戦場全体を見る役割ということですね」


「ゲームで言えば、プレイヤー……」


澪は言いかけて、やめた。


「いや、指揮官みたいなもの、かな」


「指揮官」


セラフィナがその言葉に反応する。


「ならば、指揮には責任が伴います。私たちを選ぶなら、その意味を忘れないでください」


「うん」


澪は頷いた。


「忘れない」


その返事と同時に、台座の光が三つに分かれた。


アオイの足元に青。

ルシェリアの足元に赤紫。

フィリアの足元に翠。


三人の調律核が光を受け、静かに脈動する。


残るセラフィナ、ミルカ、ライカの足元には、淡い補助線がつながった。


前線。

後方。

支援。


ゲームで見慣れた構造が、現実の光として広がっている。


「前線組、出撃準備完了」


ミルカが古代装置を叩きながら言う。


「支援回線もつないだ。まだ不安定だけど、短時間なら通信できると思う」


「光剣の遠隔投射は?」


セラフィナが尋ねる。


「攻撃出力は半分以下。防衛と牽制ならいける」


「十分です」


ライカは出口の方を見ている。


「正面街道は兵士がいる。崖下は危ない。地下路はまだ開かない。でも途中までなら案内できるかも」


澪は、その情報を頭の中で整理した。


ゲームなら、ミニマップを見れば一瞬だ。


しかし今は、仲間の言葉を聞き、状況を判断し、自分で決めなければならない。


「まず正面街道へ出る。ただし兵士と衝突しないように、港の手前で迂回。フィリアは海の声を確認。ルシェリアは黒霧の濃度を見る。アオイは前方警戒。私は……」


澪は一瞬迷った。


自分は何をする?


戦えない。

魔法もない。

身体能力も低い。


でも、観測と編成と共鳴補助は許可されている。


「私は、全体を見る。無理に前へ出ない。危険があったら止める」


「それでいいと思います」


アオイが頷いた。


「ミオさんが倒れたら、私たちも困りますから」


「戦闘適性最低だしね」


ミルカがにやにやする。


「それ、しばらく言われるやつ?」


「たぶん」


ライカが明るく答えた。


澪は思わず笑った。


転移してから初めて、少しだけ肩の力が抜けた。


その直後だった。


中継殿の壁が、低く震えた。


「来る!」


ライカが叫ぶ。


床の六角形の隙間から、黒い霧が滲み出した。


虚無。


澪の喉が凍る。


本来なら、中継殿内部で虚無小体は出現しない。


安全地帯。

編成とチュートリアル説明のための場所。

プレイヤーが操作に慣れるための準備エリア。


そのはずだった。


黒い霧は、床の上で小さな獣の形を取った。


狼のような影。

魚の骨のような尾。

目のない顔。


虚無小体。


澪が作った名前では、《ヴォイド・スプラウト》。


序盤の雑魚敵。


けれど、今目の前にいるそれは、雑魚という言葉では済まなかった。


床を爪で引っかき、低く唸り、フィリアの精霊が怯えて澪の背後に隠れる。


「安全地帯に敵が出るなんて……!」


澪は焦った。


セラフィナが即座に光の剣を展開する。


「迎撃します」


「待って、セラフィナ!」


澪は叫んだ。


だが遅い。


白い光の剣が三本、宙に浮かび、虚無小体へ向かって走る。


一体目を貫く。

二体目を斬る。

三体目の霧を散らす。


強い。


やはりセラフィナの召喚火力は高い。


しかし、光剣は数秒で揺らぎ始めた。


「出力が……?」


セラフィナが眉をひそめる。


「本体が前線設定じゃないから、攻撃系召喚の維持効率が落ちてる!」


澪は叫ぶ。


「防衛用に切り替えて! 攻撃を続けるとすぐ消える!」


セラフィナは一瞬だけ不満そうにしたが、すぐに術式を変えた。


光剣が円を描き、前線組の周囲に防衛結界を作る。


その判断は速かった。


秩序を重んじるだけあって、状況判断は冷静だ。


「アオイ、前に!」


「はい!」


アオイが走る。


虚無小体の一体がフィリアへ飛びかかろうとした瞬間、アオイが盾で受け止めた。


重い音が響く。


澪の心臓が跳ねた。


痛そうだ。


ゲーム画面なら、HPバーが少し減るだけだ。

だが今は違う。

アオイの腕が震え、足が石畳を削り、呼吸が荒くなる。


「アオイ!」


「大丈夫です!」


アオイは剣を振るい、虚無小体を押し返す。


その一撃で黒い霧が裂け、アオイの調律核が青く光った。


撃破時回復。


ゲームなら、味方全体に微量の回復エフェクトが入る。


現実では、青い光が霧のように広がり、ルシェリアとフィリアの肩にまとわりついた。


フィリアの震えが少し収まる。


「これが……アオイさんの循環」


フィリアが呟く。


「ルシェリア、範囲でまとめて! でも火は抑えて。中継殿の装置を壊したくない!」


「承知しました」


ルシェリアが両手を広げる。


赤紫の魔法陣が重なり、風と氷の刃が広間を走った。


炎ではない。

雷でもない。

石造りの施設と古代装置を傷つけにくい属性選択。


澪が言ったからではない。


ルシェリア自身が、周囲の構造と敵の性質を見て選んだのだ。


黒い霧が凍り、砕ける。


しかし、床の裂け目からさらに二体が湧いた。


「多い……!」


フィリアの精霊が淡く光る。


一体がアオイの背後へ回り込む。


その瞬間、フィリアの周囲に翠の輪が生まれた。


虚無小体の爪がアオイへ届く直前、翠の膜が弾き返す。


反射。


オート支援。


フィリア自身は攻撃していない。

けれど精霊が、自動で仲間を守っている。


「フィリア、そのまま維持! 無理に攻撃しなくていい!」


「はい!」


澪は叫びながら、奇妙な感覚に襲われていた。


自分は戦っていない。


でも、戦場が見える。


どこに敵が湧くか。

誰の技が戻っているか。

誰が無理をしているか。

どの支援が切れかけているか。


画面越しではない。


空気の流れ。

光の強さ。

仲間の呼吸。

敵の動き。


それらが、胸元の調律核を通じて、ぼんやりとわかる。


これが観測権限。


これが主調律者の役割。


「アオイ、次の必殺はまだ使わないで!」


「はい!」


「ルシェリア、範囲魔法の戻りは?」


「あと少しです」


「フィリア、精霊支援は?」


「維持できます。でも、長くは」


クールダウン。


ゲージ。


スキル戻り。


ゲームなら数字で見えるものが、この世界では身体感覚として伝わってくる。


技はいつでも連発できるわけではない。

強い術ほど、次に使えるまで時間が必要になる。

無理に撃てば、身体にも調律核にも負担がかかる。


それを、澪は初めて実感した。


雑魚戦なら、敵が多く湧いた時に必殺を使う。

味方のHPが減った時に回復系を切る。

ボス戦なら、ブレイク直前かブレイク中に最大火力を合わせる。


そんな攻略知識はある。


けれど今は、判断を間違えれば、誰かが本当に傷つく。


「ミルカ、床の裂け目、塞げる?」


澪が叫ぶと、ミルカの声が古代装置越しに返ってきた。


「やってる! この虚無、下の循環路から漏れてる。水路じゃなくて、送気管側が汚染されてるっぽい!」


「送気管?」


「深海に空気を送る管! でも逆流してる! 海底側で何か起きてる!」


澪の脳裏に、嫌な予感が走った。


アビス・リヴァイアの活性化。


それに連動して、海底循環装置がすでに侵食されている。


だから安全地帯であるはずの中継殿に、虚無が出た。


「ミルカ、応急封鎖!」


「了解!」


床の裂け目に金色の光が走る。


ミルカの支援術式が、構造そのものに干渉している。


同時に、ライカの声が響いた。


「右! 壁の影!」


澪が振り向くより早く、アオイが動いた。


壁際の黒い霧が形を取る前に、アオイの剣が叩き込まれる。


虚無小体が崩れ、青い回復光が広がった。


「ナイス、ライカ!」


「匂いでわかった!」


ライカは得意げに笑う。


前線にはいない。

だが、彼女の索敵がなければ不意打ちを受けていた。


後方支援も、立派な戦闘参加だった。


最後の虚無小体が、三つに分かれて飛びかかる。


セラフィナの防衛光剣が一体を弾く。

フィリアの精霊が一体を反射する。

アオイが最後の一体を受け止める。


「ルシェリア!」


「はい」


ルシェリアの魔法陣が完成する。


「氷嵐術式――《グレイス・ヴェール》」


広間を、冷たい風が駆け抜けた。


黒い霧が凍りつき、砕け、光の粒となって消えていく。


静寂が戻った。


誰も、すぐには動かなかった。


澪は自分の呼吸が荒くなっていることに気づく。


自分は一撃も受けていない。

剣も振っていない。


それなのに、全身から汗が噴き出していた。


「これが……戦闘……」


ゲーム画面なら、数分で終わる雑魚戦。


プレイヤーなら、報酬と経験値を見て次に進むだけ。


だが現実では、ただの雑魚戦ですら、こんなに怖い。


アオイは盾を下ろし、息を整えている。

フィリアは精霊を抱きしめている。

ルシェリアは表情を変えないが、指先が少し震えていた。

セラフィナは光剣を消し、悔しそうに自分の手を見ている。

ミルカは装置の前で座り込み、額の汗を拭っている。

ライカはまだ警戒を解かず、耳を立てている。


彼女たちは生きている。


当たり前のようで、澪にはそれが痛いほどわかった。


「みんな、怪我は?」


「私は平気です」


アオイが答える。


「少し腕が痺れただけです」


「それ、平気って言わない」


澪は思わず言った。


アオイは不思議そうに瞬きをした。


「そうですか?」


「そうだよ」


フィリアが小さく笑った。


精霊がアオイの腕に触れ、淡い光で痛みを和らげる。


「私も、大丈夫です。精霊たちが守ってくれました」


「こちらも問題ありません」


ルシェリアが言う。


「ただ、虚無の出現が早すぎます。ミオの知る流れとは違うのでしょう?」


「うん」


澪は床の封鎖された裂け目を見つめた。


「安全地帯で敵が出るなんて、私の知ってる仕様にはない」


「また仕様ですか」


セラフィナが呟く。


澪は苦笑した。


「ごめん。癖みたいなものなの」


「いえ」


セラフィナは首を振った。


「今の戦闘で、あなたの指示が有効であることは確認しました。少なくとも、戦場を見ていることは事実です」


「ありがとう」


「ですが」


セラフィナは続けた。


「有効であることと、正しいことは同じではありません」


その言葉に、澪は背筋を伸ばした。


「わかってる」


「ならば、忘れないでください。私たちは、あなたの知識を必要とするかもしれません。けれど、私たち自身の判断もまた、この世界の一部です」


「うん」


澪は素直に頷いた。


「忘れない」


ミルカが装置の前から声を上げた。


「話してるところ悪いけど、ちょっとまずいよ」


全員が振り向く。


中継殿の壁に、海洋ヘックスの地図が浮かんでいた。


黒い侵食が、さらに広がっている。


「虚無小体は、こっちに漏れてきた分だけ。海底側はもっと濃い」


ミルカの表情から、いつもの軽さが消えていた。


「あと、海底循環装置の一部が勝手に起動しかけてる。正常起動じゃない。虚無に乗っ取られてるみたいな動き」


「乗っ取られてる……?」


澪は地図を見る。


その中央に、黒い文字が浮かんだ。


《Another Route Seed:成長率 12%》


まただ。


アナザー・ルート・シード。


澪の知らない要素。


第1話の最後に表示された、仕様書に存在しない名前。


「これ、何なの……」


澪の呟きに、誰も答えられなかった。


だが、アオイだけが胸元を押さえた。


「その文字……」


「読めるの?」


「読めるわけじゃありません。でも、見ていると胸が痛くなります」


アオイは目を伏せる。


「前にも、これを見た気がします。見てはいけないものだった気がします」


澪は息を呑んだ。


アオイの残響は、明らかに強い。


なぜ彼女だけが、ここまで反応するのか。


本来ならプレイヤーが選ぶはずの主人公。


今回は、主人公を選ぶ画面がなかった。


代わりに、主調律者として澪が登録されている。


では、アオイは何なのか。


本来の主人公候補の一人。


それとも、この世界で一度主人公だった少女。


澪は、嫌な想像を振り払った。


今は考える時間がない。


「進もう」


アオイが言った。


「このままここにいても、海は良くなりません」


「でも、今の戦闘で消耗してる」


澪は言った。


「すぐに港へ向かうのは危ない」


「なら、少しだけ休んでから行きます」


「アオイ」


「ミオさん」


アオイは澪を見る。


その瞳に、迷いはなかった。


「私は、たぶん一度失敗しています」


澪の胸が止まりそうになった。


「覚えているわけではありません。でも、海の夢を見るんです。灰色の海。黒い霧。泣いているフィリア。手を伸ばすルシェリア。消えていく光。そして、空の白い輪」


エターナル。


誰も、その名を口にしなかった。


「だから、今度は間に合わせたい」


アオイの声は静かだった。


「私が主人公なのかどうかは、わかりません。選ばれたのか、選ばれなかったのかも。でも、目の前で誰かが苦しんでいるなら、行きたいんです」


澪は何も言えなかった。


主人公は選べるはずだった。


ゲームなら、そうだった。


でも今、主人公を決めているのは、メニュー画面ではない。


自分の意志で前に進む者。


傷つくと知っていても、誰かの苦しみに手を伸ばす者。


もしかすると、それが主人公なのかもしれない。


「……わかった」


澪は頷いた。


「十分だけ休む。その間に、ミルカは支援回線を安定化。セラフィナは防衛術式を維持しつつ光剣を温存。ライカは外の経路確認。アオイ、ルシェリア、フィリアは呼吸を整えて。港に入ったら、たぶん休む暇はない」


六人が頷く。


澪は胸元の調律核に触れた。


主調律者。

戦闘適性最低。

観測・編成・共鳴補助。


自分は戦えない。


けれど、選ぶことはできる。

見ることはできる。

間違えた時に、直そうとすることはできる。


その責任からは逃げられない。


十分後。


海洋中継殿の門が開いた。


外から、潮風が流れ込んでくる。


けれどその風は、澪が想像していた海の匂いではなかった。


鉄。

煙。

腐った海藻。

そして、血に似た生臭さ。


フィリアの精霊が震える。


ルシェリアの表情が険しくなる。


アオイが盾を構える。


ライカが低く唸った。


「港の方、もう始まってる」


遠くで、鐘の音が鳴った。


一度。

二度。

三度。


警鐘。


崖の向こうに、灰色の海が見える。


その海面が、不自然に盛り上がった。


まるで、海そのものが息を詰まらせているように。


澪は、開発者としてその先の展開を知っている。


知っているはずだった。


けれど、壁に浮かぶ黒い文字だけは、何度見ても知らなかった。


《Another Route Seed:海洋深層にて発芽中》


その瞬間、遠い海の底で、何か巨大なものが息をした。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


第2話では、澪が「主人公は選べるはずだった」というゲーム仕様と、現実の重さの違いに向き合う回になりました。


ゲームなら、主人公選択やパーティ編成は、性能や相性で決められます。


けれど、この世界では六人の少女たちは選択肢ではなく、それぞれの意志を持って生きています。


澪は開発者として知識を持っていますが、その知識だけで世界を救えるわけではありません。


今回は、アオイ、ルシェリア、フィリアを前線に、セラフィナ、ミルカ、ライカを後方支援に置く形になりました。


ただし、それは単なるゲーム的な最適解ではなく、それぞれが自分の役割を受け入れた結果でもあります。


また、今回から《Another Route Seed》という、澪の仕様書には存在しない要素が本格的に現れ始めました。


次回は、いよいよ海洋ヘックスの廃港へ向かい、澪たちは最初の大きな選択に直面していきます。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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