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徹夜続きのゲーム開発者、気づいたら自分が作ったはずの文明調律RPGに転移していました 第一部  作者: マスター


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第1話 徹夜明け、仕様書にない遺跡で目を覚ます

新作長編版『徹夜続きのゲーム開発者、気づいたら自分が作ったはずの文明調律RPGに転移していました』第1話です。


ゲーム会社で文明調律RPG『Eternal Cycle — 和の調律者 —』を開発していた若手プランナー兼シナリオ担当・神代澪。


彼女が作っていたのは、ただ敵を倒して世界を救うゲームではありませんでした。


六つの種族。

六つの理。

文明崩壊。

虚無侵食。

そして、世界が自力で修復できなくなった時に現れる最後の修復機構エターナル


連日の徹夜と仕様変更に追い込まれた澪は、納期前の修羅場の中で意識を失います。


そして目を覚ました場所は、自分が作ったはずのゲーム世界――の、はずでした。

「神代さん、エターナル出現条件、まだ直ってないの?」


午後十一時四十六分。


ゲーム会社ノア・スパイラル開発フロアの空気は、すでに人間が吸っていいものではなくなっていた。


冷めたコーヒー。

開けっぱなしのエナジードリンク。

誰かが三時間前に食べたカップ麺の匂い。

モニターの光だけがやけに明るく、窓の外の夜景は、もう現実感を失っている。


神代澪は、椅子に沈み込んだまま、乾いた目でモニターを見つめていた。


「直ってないんじゃなくて、直したら別のところが壊れるんです」


「でも、明日の朝までにプレイアブルで出さないと」


「その“明日の朝までに”が、昨日も一昨日もあったんですけど」


澪の声は、自分でも驚くほど平坦だった。


怒る元気もない。

泣く余裕もない。

笑うには、疲れすぎていた。


彼女はゲーム会社に入って四年目の若手プランナー兼シナリオ担当だった。


担当タイトルは、文明調律型アクションRPG。


『Eternal Cycle — 和の調律者 —』


最初は、小さな企画だった。


よくある異世界ファンタジーRPG。

六つの種族から主人公を選び、三人パーティで世界を旅し、各地のボスを倒していく。


その程度の企画として始まったはずだった。


けれど、澪が設定を書き足すたびに、企画は少しずつ別の方向へ膨らんでいった。


魔族は、単純な悪役ではない。

長寿で高知性、争いの愚かさを知る調和の種族。


天使族は、単純な善ではない。

秩序と浄化を重んじるが、行き過ぎれば排除と硬直に傾く。


エルフは自然を守る。

しかし守るだけでは、外と断絶し、循環そのものを閉ざしてしまう。


ドワーフは構造を築く。

しかし強固な構造は、時に格差や閉塞を生む。


人間は発展する。

だが発展の速度に、倫理と循環が追いつかない。


獣人族は流れをつなぐ。

交易、移動、物流。けれど流れは、時に弱い場所から強い場所へ、命を吸い上げる道にもなる。


六つの種族。

六つの文明。

六つの理。


調和。

秩序。

循環。

構造。

発展。

流動。


そして、それらが崩れた時に生まれる現象。


《虚無》


それは魔王ではない。

闇の軍勢でもない。

文明が循環を失い、世界が自分で自分を調律できなくなった時に滲み出す、歪みそのもの。


さらに、その虚無が一定値を超えた時に出現する最後の存在。


《エターナル》


倒すべきラスボスではない。


世界の強制修復機構。


エターナルが現れた時点で、その世界線は失敗する。

世界は初期状態へ戻され、主人公だけが記憶を持って再び目覚める。

仲間たちは記憶を失う。

けれど、完全には消えない。

夢、既視感、胸に残る痛み、言葉にならない残響として、前の世界の痕跡を抱えている。


そんな設定を、澪はひとつひとつ書いた。


最初は楽しかった。


敵を倒すだけでは世界は救えない。

ボスは悪ではなく、文明病理の具現化。

討伐すれば短期的には安定する。

だが原因を調律しなければ、別の場所で虚無が濃くなる。


プレイヤーは、どの種族を主人公にするかを選べる。

どの三人で冒険に出るかを選べる。

敵を討つか、赦すか。

構造を壊すか、組み直すか。

発展を止めるか、循環へつなぎ直すか。


そういうゲームを作りたかった。


だが、現実の開発は、澪の理想ほど美しくなかった。


「神代さん、海洋ヘックスの虚無値、下がりすぎてない?」


「調律ルート成功時は下がる仕様です」


「でも、それだと二部への引きが弱くない?」


「だから、海洋ヘックスは下がるけど、内陸砂漠ヘックスに連鎖反応を出す設計にしています。仕様書の三十二ページに」


「じゃあ、そこもう少し派手にして」


「派手にすると、エターナル出現条件がまた暴発します」


「そこは、いい感じに」


「その“いい感じ”を数式にしてください」


澪はキーボードを叩きながら、何度目かわからないため息を吐いた。


画面には、無数の条件分岐が並んでいる。


海洋循環値。

森林回復値。

都市熱量。

交易路安定度。

種族間信頼値。

虚無侵食度。

エターナル警戒値。


そして、その下に赤い警告。


《ERROR:Eternal Trigger Condition Conflict》

《エターナル出現条件が複数イベントで競合しています》


「……また?」


澪は額を押さえた。


本来、エターナルはゲームオーバー演出ではない。

世界が調律不能になった時にだけ現れる、最後の修復機構だ。


だから、プレイヤーが単に戦闘で負けただけでは出現しない。

海洋、森林、都市、交易、種族関係、文明構造。

複数の循環が連鎖的に崩れた時、初めて空に白い輪が現れる。


そのはずだった。


だが現在のビルドでは、なぜか最初のチュートリアル海域で、条件を満たしていないのにエターナルが出現する。


しかも、よりによって演出だけではなく、内部処理上も世界が初期化される。


つまり、開始三十分で周回リセットが発生する。


プレイヤーからすれば、ただの理不尽なバグだ。


「なんでチュートリアル港で世界終わってるの……?」


澪は半笑いで呟いた。


笑っていなければ、机に突っ伏してそのまま動かなくなりそうだった。


彼女はログを追う。


海洋ヘックス。

漁業国家と工業都市の対立。

深海虚獣アビス・リヴァイア。

討伐ルート。

調律ルート。

海底循環装置。

排水浄化区画。

交易路再編。


すべて、澪が書いたイベントだ。


最初の大きな選択肢。


虚獣を倒すだけなら簡単だ。

だが原因は残る。


海流は止まり、漁業国家と工業都市の対立は続き、資源戦争が起こり、虚無は濃くなる。


逆に調律ルートを選べば、戦闘は難しくなる。

虚獣を鎮めながら、海底装置を起動し、二国間の制度調整まで行う必要がある。


けれど成功すれば、エターナル出現条件は大きく遠ざかる。


そういう設計だった。


それなのに、現実のログは違っていた。


《海洋循環値:回復》

《虚無侵食度:低下》

《種族間信頼値:微増》

《交易路安定度:微増》

《エターナル警戒値:上昇》


「なんで上がるのよ」


澪は思わずモニターに向かって言った。


背後で、同僚の誰かが笑った。


「エターナルさん、空気読めないから」


「ラスボスじゃないって何回言えば伝わるんですか。エターナルはボスじゃなくて、世界修復機構です」


「でもユーザー的にはラスボスっぽいじゃん?」


「倒せません。倒す対象じゃないです。現れた時点で失敗です」


「じゃあ、倒せないラスボス?」


「だからラスボスじゃないです」


自分でも、何を熱くなっているのかわからなかった。


これはゲームだ。

仕様書だ。

データだ。

イベントフラグだ。


けれど澪にとって、『Eternal Cycle』の世界は、ただの記号ではなかった。


アオイ。

ルシェリア。

フィリア。

セラフィナ。

ミルカ。

ライカ。


六人の少女たちは、澪が作ったキャラクターだった。


人間族の戦士、アオイ。

前線で攻撃を受け止め、ドレインによって味方を支える循環型タンク。


魔族の魔法使い、ルシェリア。

広域元素魔法で戦場を制圧する、調和の観測者。


エルフの精霊使い、フィリア。

自動回復、反射、精霊支援によって仲間を守る、循環の守り手。


天使族の召喚士、セラフィナ。

光の浮遊剣を召喚し、自律攻撃で秩序を築く防衛型アタッカー。


ドワーフのサポート、ミルカ。

構造解析、バフ、デバフ、ドレイン支援を行う技術者。


獣人族の戦士、ライカ。

単体高火力と高いブレイク性能を持つ、高機動ブレイカー。


彼女たちは、ただのユニットではない。


少なくとも澪は、そう思って作っていた。


それぞれ違う正しさを持ち、違う欠点を持ち、同じ事件を別の視点から見る。

誰か一人が絶対に正しいわけではない。

六つの理がぶつかり、揺れ、結び直されることで、ようやく世界は和へ近づく。


そういう物語を書きたかった。


「神代さん」


背後から、上司の声がした。


「エターナルの話、もう少しわかりやすくならない?」


澪はゆっくり振り向いた。


「わかりやすく、とは」


「つまり、世界を滅ぼそうとする魔王みたいな感じで」


「違います」


反射で答えていた。


「エターナルは滅ぼすために現れるんじゃありません。文明が自分で修復できなくなった時に、強制的に初期化するための存在です。悪ではないです。むしろ、世界の最後の安全装置です」


「でも、ユーザーは倒したいと思うんじゃない?」


「倒せません」


「じゃあ、倒せるようにして」


澪は黙った。


言葉が出てこなかった。


疲労のせいかもしれない。

睡眠不足のせいかもしれない。

それとも、自分の中で何かがぷつりと切れたのかもしれない。


「……倒せるようにしたら、このゲームの意味が変わります」


「意味?」


「エターナルを倒すゲームじゃないんです。エターナルを必要としない世界を作るゲームなんです」


上司は少し困った顔をした。


「気持ちはわかるけどさ。まず売れる形にしないと」


気持ちはわかる。


その言葉を聞いた瞬間、澪は少しだけ笑った。


本当にわかっているなら、そんな言い方にはならない。


けれど、それを口にする気力はなかった。


「……わかりました。とりあえず、出現条件の競合だけ直します」


「助かる。朝までにお願い」


朝までに。


その言葉を最後に、上司は別の席へ向かった。


澪はモニターへ向き直る。


時刻は午前二時十二分。


今日は、もう四日目だった。


正確には、家に帰っていないのが四日目。

睡眠時間は、仮眠室で合計六時間ほど。

食事はコンビニのおにぎりと、誰かの差し入れのチョコレート。

目の奥が熱い。

指先が冷たい。

胃のあたりが重い。


それでも、キーボードを打つ。


条件式を書き換える。


エターナル出現条件。

虚無侵食度が一定値以上。

複数文明圏の自律修復失敗。

種族間信頼値の崩壊。

主要循環系の連鎖停止。

残響継承値の低下。


残響。


前の世界線の記憶が、夢や既視感として残る現象。


主人公だけは完全に覚えている。

仲間たちは忘れる。

けれど、完全には消えない。


アオイは、初めて会ったはずの仲間の名前を知っている。

ルシェリアは、言葉にされていない嘘を見抜く。

フィリアは、見たことのない海の夢に怯える。

セラフィナは、エターナルという言葉に胸を押さえる。

ミルカは、作った覚えのない装置の設計図を描ける。

ライカは、初めて通る道の危険を本能で避ける。


そういう設定だった。


澪は、その文章を書いた時のことを覚えている。


ただの周回要素では寂しかった。

リセットされても、全部が無駄になるわけではないと描きたかった。

失敗した世界にも意味がある。

届かなかった選択も、次の世界に何かを残す。

そういう希望が欲しかった。


「……私も、残響くらい残して帰りたいな」


誰に言うでもなく、澪は呟いた。


その時、画面が一瞬だけ白く光った。


「え?」


カーソルが止まる。


開発用モニターに、見たことのないログが流れた。


《Eternal Trigger Condition:Manual Override》

《手動上書き条件を検出》


「手動?」


澪は眉をひそめた。


そんな処理は入れていない。


少なくとも、澪の仕様書にはない。


ログはさらに続く。


《World Repair Sequence:Rejected》

《世界修復シーケンス:拒否》


「拒否……?」


指先が止まる。


次の瞬間、画面全体に白い輪が表示された。


見慣れた演出だった。


エターナル出現時の空。


けれど、何かが違う。


白い輪の中心に、黒い点がある。


ゲーム内の演出には存在しないものだ。


《Another Route Seed:Detected》


澪の背筋に冷たいものが走った。


「アナザー……ルート?」


そんな名称は、データベースにない。

企画書にもない。

没案にもない。


少なくとも、澪は知らない。


画面の白い光が、強くなる。


モニターだけではない。


デスクの上。

キーボード。

床。

天井。

開発フロア全体が、淡い白に染まっていく。


誰かが叫んだ気がした。


けれど、その声は遠かった。


澪は立ち上がろうとして、椅子にぶつかった。


足に力が入らない。

視界が揺れる。

胸の奥が、熱い。


白い輪が、こちらを見ていた。


いや、違う。


見ていたのは輪ではない。


輪の向こう側から、誰かが澪を呼んでいる。


――神代澪。


聞いたことのない声だった。


けれど、知っている気がした。


――仕様書にない世界へ。


「なに、それ……」


澪の口から、かすれた声が漏れる。


――調律者を、起動します。


その文字が画面に浮かんだ瞬間、澪の意識は白く塗りつぶされた。


***


最初に感じたのは、床の冷たさだった。


頬に触れる石の感触。

肺に入る、乾いた空気。

耳の奥で反響する、低い機械音。


そして、遠くで水が流れるような音。


澪はゆっくり目を開けた。


「……会社じゃない」


天井が高い。


そこには蛍光灯も、空調の吹き出し口も、配線むき出しの仮設ライトもなかった。


代わりに、巨大な円形の天井があり、そこには見たことのある紋様が刻まれている。


六角形が連なった惑星地図。

その中心に、輪を描く白い文様。

周囲には、六つの小さな紋章。


調和。

秩序。

循環。

構造。

発展。

流動。


澪は息を止めた。


「嘘でしょ……」


その紋様を、彼女は知っていた。


知っているどころではない。


自分で描いた。


いや、正確には、デザイナーに発注するためのラフを切った。


『Eternal Cycle — 和の調律者 —』の古代遺跡。


主人公たちが最初に目覚める、チュートリアル開始地点。


《原初調律殿》


澪は上半身を起こした。


全身が痛い。

眠りすぎた時の痛みではない。

石の床に倒れていたせいで、肩も腰も悲鳴を上げている。


「夢……?」


そう言いかけて、澪は黙った。


夢にしては、寒すぎる。

夢にしては、床が硬すぎる。

夢にしては、喉が渇きすぎている。


それに、空気の匂いがある。


古い石。

乾いた土。

かすかな金属。

そして、水。


開発中、資料として何度も書いた言葉が頭をよぎる。


古代遺跡の内部は、地下水脈と接続している。

世界循環を観測するため、すべての原初調律殿には水音が響く。


「……まさか、本当に?」


澪は立ち上がろうとして、ふらついた。


その時、胸元が淡く光った。


「え?」


服が違う。


会社で着ていたはずのしわだらけのシャツではない。

黒と青を基調にした、軽装の旅装。

腰には小さな端末のような石板。

胸元には、青白い結晶。


調律核。


澪は反射的にそれに触れた。


熱い。


けれど痛くはない。


「なんで私に……」


本来、調律核はプレイヤーキャラクターに宿る。

六人の少女たち、あるいはプレイヤーが選んだ主人公に。


開発者である澪に宿るはずがない。


いや、そもそも。


「開発者がゲーム世界に入るはずないでしょ……」


自分で言って、自分で虚しくなった。


目の前の現実は、その否定を許してくれない。


澪は周囲を見回す。


広間の中央には、六つの台座が円を描くように並んでいる。

そのすべてが、まだ光を失っている。


本来なら、ここで主人公選択画面が出る。


魔族。

天使族。

エルフ。

ドワーフ。

人間。

獣人族。


種族を選び、職業を選び、スキル方向性を選ぶ。

単独、範囲、ドレイン、反射。

そこから初期ビルドが決まり、物語が始まる。


そのはずだった。


だが、今の澪の前に、選択画面はない。


メニューもない。

カーソルもない。

UIもない。


ただ、古代遺跡があるだけ。


「……チュートリアル、始まってない?」


澪が呟いた瞬間、広間の奥で光が灯った。


赤紫の光。


ひとつ目の台座が輝き、そこに少女の姿が浮かび上がる。


長い淡紫の髪。

小さな角。

金色の瞳。

整いすぎた顔立ちに、静かな憂いを帯びた表情。


澪の喉が鳴った。


「ルシェリア……」


自分が書いたキャラクターだった。


魔族。

魔法使い。

範囲殲滅型。

長寿で高知性、争いの愚かさを知る調和の種族。


台座の上で、ルシェリアはゆっくり目を開けた。


「……ここは」


声がした。


澪のスピーカーからではない。

収録前の仮ボイスでもない。

台本上の文字でもない。


彼女自身の声だった。


澪の背筋が震えた。


ルシェリアは澪を見た。


「あなたは……?」


「え、あ、私は」


澪は言葉に詰まった。


開発者です。

あなたの設定を書いた人間です。


そんなことを言えるはずがない。


「神代、澪……」


かろうじて名乗る。


ルシェリアは小さく首を傾げた。


「ミオ。聞き覚えのない名です。ですが……」


彼女は胸元に手を当てた。


「なぜでしょう。初めて聞いた気がしません」


澪の心臓が跳ねた。


残響。


いや、でも、まだ一周目のはずだ。

物語開始直後。

この時点で、ルシェリアに残響反応が出る設計ではない。


澪が混乱している間に、次々と台座が光った。


白銀の光。


白い翼を持つ少女が目を覚ます。


「セラフィナ。天使族。召喚士。秩序と浄化の担当……」


澪は思わず呟いていた。


セラフィナは鋭くこちらを見た。


「なぜ私の名を知っているのですか?」


「えっと、それは……」


答える前に、翠の光が灯る。


エルフの少女が、両手で胸を押さえながら起き上がった。


「森の声が……遠い」


フィリア。


精霊使い。

反射、オート支援型。

自動回復と反射、自然操作を得意とする循環の守り手。


彼女の肩には、小さな精霊が震えるように浮かんでいる。


続いて、金色の光。


小柄なドワーフの少女が、台座から転がるように落ちた。


「いったぁ! なにここ、床硬すぎ!」


ミルカ。


サポート。

バフ、デバフ、妨害、ドレイン支援。

古代装置の解析担当。


「うわ、壁の構造すごっ。送気管? いや、これ水路も噛んでる? 待って、なんで私わかるの?」


澪は思わず口元を押さえた。


その台詞は、書いていない。


少なくとも、第一話の初期台詞にはない。


青の光。


黒髪の人間族の少女が目を開ける。


アオイ。


戦士。

ドレイン型。

攻撃兼タンク。

前線で敵を受け止め、撃破時に味方全体を微回復する循環型の主人公。


彼女は他の少女たちと違い、起き上がるとすぐに周囲を警戒した。


「ここは……原初調律殿?」


澪は息を止めた。


アオイが、その名前を知っている。


初期状態のアオイは、何も知らない設定だった。

調律核の存在も、原初調律殿の名前も、目覚めた直後には理解していない。


それを旅の中で学んでいく。

そういう構成だった。


だが目の前のアオイは、明らかに知っている。


最後に、琥珀の光。


獣耳の少女が跳ねるように起き上がった。


「ライカ! 獣人族! なんかよくわかんないけど、ここ危ない匂いがする!」


その台詞は、知っている。


澪が書いた初期台詞そのものだった。


少しだけ安心しかけた瞬間、ライカは鼻をひくつかせ、澪を見た。


「でも、ミオの匂いは……なんか変。ここにいるのに、ここじゃない匂いがする」


「ここじゃない匂い……?」


澪は乾いた笑いを漏らした。


もう無理だ。


これは、ただの夢ではない。

そして、ただのゲーム転移でもない。


彼女が作ったはずの世界に、似ている。


だが、完全には同じではない。


六人の少女たちは、澪の設定したキャラクターに見える。

けれど彼女たちは、澪の知らない反応をする。

書いていない言葉を話す。

存在しないはずの記憶の欠片を持っている。


「ミオ」


ルシェリアが静かに問いかける。


「あなたは、何を知っているのですか?」


六人の視線が、澪に集まった。


澪は答えられなかった。


この世界の設定なら知っている。

イベントの流れなら知っている。

戦闘システムも、パーティ編成も、虚無値の計算も、エターナル出現条件も。


けれど、今、目の前にいる彼女たちについては、何も知らないのかもしれない。


その時、広間の中央が震えた。


床の六角形が光り、巨大な惑星地図が浮かび上がる。


海洋ヘックス。

森林ヘックス。

都市ヘックス。

山岳ヘックス。

地下ヘックス。

交易路。


六つの文明圏が、立体映像のように広がった。


澪の意識が、反射的に開発者のものへ切り替わる。


「ワールドマップ……」


本来なら、初回起動時のマップは穏やかな状態のはずだ。


海洋循環値は低下傾向だが、まだ危険域ではない。

森林ヘックスに軽度の衰退。

都市ヘックスに熱量上昇。

交易路に小規模な不安定化。


プレイヤーは最初に近場の海洋異変へ向かい、そこで基本システムを学ぶ。


そのはずだった。


だが、目の前の地図は違った。


海洋ヘックスが、すでに黒い。


虚無侵食度、危険域。

漁業国家と工業都市の軍事衝突、発生寸前。

深海虚獣反応、活性化。

海底循環装置、停止。

交易路、三か所断絶。


「早すぎる……」


澪は呟いた。


こんな進行速度ではない。

最初のイベント開始前に、ここまで悪化する設計ではない。


ミルカが地図を見上げ、顔をしかめた。


「海がもう限界じゃん。これ、放っておいたら連鎖するよ」


セラフィナは翼を広げる。


「原因となる混乱を、速やかに浄化すべきです」


フィリアは小さく首を振った。


「違います。海が、泣いています。怒っているのではなく、息ができないんです」


ライカは拳を握る。


「でも急がないと、誰か死ぬ」


アオイは黙って地図を見ていた。


その表情に、澪は違和感を覚えた。


まるで、彼女だけがこの光景を知っているような顔だった。


「アオイ……?」


澪が呼ぶと、アオイはゆっくりこちらを見た。


「ミオさん」


「なに?」


「私、あなたに会ったことがある気がします」


澪の喉が詰まる。


「……それは」


「それと」


アオイは胸元の調律核に手を当てた。


「この海を、一度見た気がします。灰色で、苦しくて、誰かが泣いていて……最後に、空に白い輪が出る夢を」


広間の空気が凍った。


白い輪。


エターナル。


澪は無意識に一歩下がる。


この時点で、アオイがエターナルを知るはずがない。


残響イベントは、周回後の二周目以降に解放される。

初回プレイでは、エターナルは終盤まで伏せられる存在だ。


それなのに。


「ミオさん」


アオイはまっすぐ澪を見た。


「あなたは、何か知っているんですよね?」


言い逃れはできなかった。


けれど、何をどこまで言えばいいのかわからない。


自分はこの世界の開発者だった。

あなたたちは、私が設定したキャラクターだった。

エターナルは倒せない。

虚無は文明崩壊の現象で、海洋異変を討伐だけで終わらせると、後で世界が詰む。


そんなことを言えば、信じてもらえるのか。


いや、それ以前に。


言っていいのか。


澪が迷っていると、惑星地図の一部がさらに黒く染まった。


海洋ヘックスの中心。


そこに、巨大な影が浮かび上がる。


深海虚獣。


アビス・リヴァイア。


本来なら、第六イベントで初めて姿を現す大型虚獣。


それが、今もう起動している。


「嘘でしょ……」


澪の手が震えた。


早すぎる。

何もかもが早すぎる。


ルシェリアが地図を見つめる。


「この反応、ただの魔物ではありませんね」


フィリアの顔が青ざめる。


「海そのものの痛みが、形になっています」


セラフィナは厳しい声で言った。


「ならば、放置はできません。秩序のため、速やかに討伐を」


「討伐だけじゃダメ」


澪は反射的に言っていた。


六人が彼女を見る。


澪は息を吸う。


もう、黙っている余裕はなかった。


「アビス・リヴァイアを倒すだけだと、海洋ヘックスの表面上の危機は収まる。でも、海流停止と二国間対立が残る。虚無値は一時的に下がっても、後で跳ね上がる。交易路が断絶して、森林ヘックスと都市ヘックスにも連鎖する。最悪の場合、エターナル出現条件に近づく」


言い切ってから、澪は気づいた。


完全に、開発者の説明だった。


セラフィナが眉をひそめる。


「あなたは、なぜ未来のようなことを語れるのですか?」


ルシェリアは澪を見つめた。


「まるで、この世界の仕組みを外側から見ているようです」


フィリアは怯えたように、けれど目を逸らさずに言った。


「でも……今の話、嘘には聞こえません」


ミルカが腕を組む。


「数値とか条件とか、言い方は変だけど、構造としては筋が通ってる」


ライカは首を傾げた。


「つまり、倒すだけじゃダメってこと?」


澪は頷いた。


「うん。倒すだけじゃ、世界は救えない」


その言葉は、澪自身に突き刺さった。


会社で何度も言った言葉。

仕様書に書いた言葉。

けれど、現実の空気の中で口にすると、重さが違った。


これはもう、ゲームではない。


少なくとも、彼女にとっては。


アオイが一歩前に出る。


「なら、どうすればいいんですか?」


澪は惑星地図を見る。


海洋ヘックスは危険域。

前線に出られるのは、おそらく三人まで。

これはゲーム仕様と同じらしい。


最初の編成。


本来なら、プレイヤーが選ぶ。


だが今、この世界でそれを選ぶのは澪だった。


誰を危険に晒すか。

誰に戦わせるか。

誰を残すか。


ゲームなら、相性の問題だ。

現実なら、命の問題だ。


澪の胃がきゅっと縮む。


それでも、選ばなければならない。


「前線は、アオイ、ルシェリア、フィリア」


澪は言った。


「アオイが前で受ける。ルシェリアが黒霧と雑魚を広域魔法で払う。フィリアは精霊で回復と反射支援。セラフィナ、ミルカ、ライカは遺跡側で支援。ミルカは海底循環装置の解析。セラフィナは防衛と遠隔召喚の準備。ライカは交易路と危険経路の索敵」


すらすらと言葉が出た。


何度も仕様書に書いた編成。

何度もテストプレイを想定した初期パーティ。

最初の海洋異変における安定構成。


けれど、言い終えた瞬間、澪は怖くなった。


自分は今、彼女たちをユニットとして扱わなかったか。


「ごめん、勝手に」


「いえ」


アオイが首を振った。


「たぶん、それが今できる最善です」


ルシェリアも頷く。


「あなたが何者なのかは、まだわかりません。ですが、世界の歪みを見ていることは確かです」


フィリアは小さく深呼吸した。


「海の声を聞きに行きます」


セラフィナは不満そうに眉を寄せたが、やがて静かに頷いた。


「後方支援も秩序維持には必要です。今回は従いましょう」


ミルカはにやりと笑う。


「海底装置ね。そういうの、嫌いじゃないよ」


ライカは尻尾を揺らした。


「じゃあ私は道を見る! 危ない匂いがしたらすぐ言う!」


六人が、それぞれ動き始める。


澪は胸元の調律核に触れた。


なぜ自分にこれがあるのか。

なぜ自分がこの世界に来たのか。

この世界は本当に、自分が作ったゲームなのか。


何もわからない。


ただひとつだけ、わかっていることがある。


エターナルは倒せない。


現れた時点で、その世界は失敗する。


だから、出現させてはいけない。


澪は惑星地図の黒い海を見つめた。


そこには、彼女が作ったはずの物語があった。

そして、彼女の仕様書にはない痛みがあった。


「行こう」


アオイが剣を手に取る。


「海が、息を忘れる前に」


澪は頷いた。


その瞬間、原初調律殿の転移門が青く輝き始める。


第一の海洋異変。


本来なら、チュートリアル。


けれど澪はもう、それをチュートリアルとは呼べなかった。


これは、この世界の最初の悲鳴だ。


そして彼女は、自分が作ったはずの世界で、その悲鳴に応えなければならなかった。


転移門の光が、七人を包む。


最後に澪が見たのは、惑星地図の端に一瞬だけ浮かんだ黒い文字だった。


《Another Route Seed:海洋深層にて発芽》


その表示は、澪の仕様書には存在しない。


次の瞬間、視界が青く弾けた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


本作は、読み切り小説『Eternal Cycle — 和の調律者 — 残響の六理』と同じ世界観をもとにした長編版です。


今回は、ゲーム企画『Eternal Cycle — 和の調律者 —』を開発していた若手プランナー兼シナリオ担当・神代澪が、自分の作ったはずの文明調律RPGの世界に転移するところから物語が始まります。


ただし、この世界は澪の知るゲームと完全には同じではありません。


仕様書にない反応。

予定より早すぎる異変。

記憶がないはずの仲間たちに残る既視感。

そして、存在しないはずの《Another Route Seed》。


ゲーム開発者として世界の仕組みを知っている澪が、やがて「知っているつもりだった世界」と向き合っていく物語になります。


第1部は、海洋異変編として、1クール12話構成で起承転結をつけつつ、次の部へ続く形を想定しています。


敵を倒すだけでは、世界は救えない。

エターナルを倒すのではなく、エターナルを必要としない文明を作る。


そのテーマを、澪と六人の少女たちを通して描いていく予定です。


原案・構想:マスター


物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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