第二章:二日目 01
翌朝、ヴォルトは寝室の椅子の上で目が覚めた。眼前にあるベッドの上には、我が物顔で夢の中にいるアイリーン。昨夜、高い料金で出前を取ったからベッドを寄越せと彼女が要求してきたのだ。一食分浮いた身ではあったから、素直に明け渡したのだが、存外に身体が痛かった。
ヴォルトは立ち上がりながら伸びをする。バキボキと身体から嫌な音が鳴った。ため息してから玄関に向かう。扉を開け、郵便受けの中を漁る。新聞を取り出すと、まだ中に一枚のカードがあった。奇妙に思ったが、カードを掴む。表を見る。無地。裏を見る。住所が書いてあった。そして日付と時間。いまからすれば過去の時間だ。意味が分からないながらも、とりあえず部屋の中に戻る。
椅子に腰を下ろして、新聞に目を落とす。
一面記事――学術院フィアラル法院長による徹底的な改革。
疑問。昨日の事件のことが書いてない。紙面をめくる。すべてに目を通すが書いていない。
きな臭い事件。クレスの言葉がよみがえる。
――深入りするな。
ん、という女性の吐息。思考の海から上がったヴォルトが目を向ける。アイリーンが目をこすりながら起きたところだった。布団の上に落ちたカードを拾って不機嫌そうに一言。
「逢引?」
「知らん。郵便受けに入ってた」
ふふっとアイリーンは笑った。
「まあ、そうよね。この住所、いいとこじゃない。政府高官がよく住んでる場所だけど。時間の意味もよく分からないわね」
「悪戯だろ。騎士団だからな、たまに入ってる」
「ふーん」
アイリーンが手を差し出す。意味が分からず無視すると、新聞をひったくられた。
「お前、やりたい放題だな……」
「長い付き合いなんだからいいでしょ。どれどれ……」
紙面に夢中になったアイリーンを置いて、テーブルにある水差しからコップに水を注ぐ。一杯あおったところで、「水ちょうだい」とアイリーンのおねだり。仕方なく用意してアイリーンに渡した。
休暇は今日までだ。まずはレセナの容態を見に行く。ああ、その前に見舞いの品を買っていこう。甘いものでも持っていけば、きっと喜ぶ。
ヴォルト、とアイリーンが紙面に目を向けたまま呼ぶ。
「なんだ?」
「レナのお見舞い、行くんでしょ?」
「昨日は混乱してて、あいつが手術してるってのに傍にいれなかったからな。今日は行くよ」
「じゃあ付き合うわ」
「お前、仕事は?」
「あとで電話貸して。今日の私は風邪をひいたの」
「うちに電話はない。公衆電話を使ってくれ」
「そうね。そうするわ」
身支度をして家を出る。病院へ行く途中で、アイリーンが職場へ電話を掛ける。本当に風邪で通していた。咳き込む声がいかにも病人らしくてヴォルトは感心した。どうやら演技派らしい。衛生兵の面目躍如か。騎士団を辞めたら演劇でもやっていけるだろう。高位の施術士は職に困らないが。
菓子店へ寄って、チョコレートを買う。アイリーンが横取りを仕掛けたが、手刀で返礼をした。結局彼女は自分の分を買った。
病院に着く。受付で病室を確認する。レセナの病室へ向かう。扉を開く。
強烈な消毒の匂いが鼻孔を刺した。
白い病室。ひとつだけ置かれたベッド。せわしなく動き回る看護師たち。ベッドの上には、目を閉じたままの少女。経鼻チューブに繋がれ、頭部には氷嚢が敷かれている。
紙袋が落ちる。チョコレートが散らばる。呆然とする。
あまりにも楽観的だった自分を殴りたくなった。
ふたりに気づいた看護師のひとりが、険しい顔で「出てけ!」と言った。知らず、後ずさりする。病室の扉が無慈悲に閉じられる。
アイリーンが何かを言う。応えられないでいると、手を引かれた。気づけば、受付の椅子に座っていた。何も考えられなかった。頭が真っ白になっていた。頭を抱えた。レセナが死ぬのではないかという恐怖がよみがえった。楽観が消えて、悲観がやってくる。死神がレセナの首に鎌をあてがう。
だが、なにもできない。所詮は軍人。敵を斬ることしか能がない阿呆。捜査もできない。その知識がない。どうすればいいか分からない。途方に暮れる。
時間だけが過ぎる。なにも見つからない。打開策がない。
ふいに、肩を叩かれる。顔を上げると、疲れた表情のクレス。
「なんて顔してるんだお前」
口が動かない。一体、何を話せばいいのか。
クレスが顔を寄せる。
「いいか、よく聞けヴォルト。神天院の高官が斬り殺された。この意味が分かるか?」
首を振る。理解できない。
「関連性は分からない。手口が違うからな。だが、もしこれが繋がっていたとしたら、政争だ」
「神天院の内部抗争?」アイリーンが問う。
「さあな」クレスが明言を避ける。「俺から言えるのはこれだけだ。本当に手を引け。これはかなり状況がまずい。最悪を想定しろ。下手をすれば、俺たちも消されるぞ」
それだけ言って、すぐに帰ろうとするクレスをアイリーンが止める。
「さっき言った事件の場所は?」
クレスが答える。青ざめる。カードに書いてあった場所だった。




