第一章:一日目 02
一度自宅で私服に着替えた二人は、その足でラーン・ネルベ劇場へ向かった。捜査が開始されて時間が経っているからか、憲兵隊が劇場をぐるりと囲んでいた。野次馬を遠ざけるためだろう。
アレラル王国の首都であるカルヴァリアで、こんな事件は滅多に起きない。首都は、偏執的なまでに厳重な警備線が敷かれ、治安維持組織である憲兵隊が常に見回りを行っている。つまり、国内で一番治安がいい場所だ。
先日の酷死天使事件は、政府内々で処理されたため、住民は事件の詳細はほとんど知らない。きっと、住民にとってはある種のお祭り気分なのだろう。
その事実がヴォルトを苛立たせる。
「お、ヴォルト!」
爽やかな青年の声が投げかけられた。声にふり向くと、憲兵の制服姿の友人がいた。
クレス・リウカント。アイリーンと同じく聖堂学園時代の友人で、現在は憲兵隊に所属している。もっぱら雑用を担当していてつまらないと、いつも愚痴っていた。
「クレス、捜査状況を教えてくれ」
「守秘義務ってもんを知らないのかお前。さすがに友人相手でも言えるかよ」
飄々と返すクレスに、アイリーンが斬って捨てる。
「下っ端だから何も知らないんでしょ? 使えないわね」
「それを言うなよ……」
クレスはアイリーンに弱い。昔からガキ大将であった彼女は、よく彼を連れまわしていたのだ。たまに理不尽に殴られる様を見ては、哀れだな、とヴォルトは何度か思ったことがある。
「犯人は、身なりの良い暗い色のスーツ。髪型は短髪でオールバック。年代は二十代後半」
「待て待て、いきなり犯人の特徴をいうやつがあるか。メモする」
懐からメモ帳を取り出すクレスを見やりながら、ヴォルトが続ける。
「所作からしておそらく軍人。元か現職かは分からないがな。手掛かりになるか?」
「有力証拠として上げておく。時間は?」
「《ニーフィア物語》開始前だ。おそらく午前十時前」
「他に情報は?」
「そいつがレナに接触したのは十数秒そこらだ。これ以上は俺も出てこない」
「具体的になにがあった?」
「男が席についた俺たちに接触してきた。さるお方からの贈り物だといって箱をレナに渡した。それが施術爆弾だった」
「他に何か言ってなかったか?」
「レナの名前を知っていた」
クレスの眉間に皺が寄る。
「知っていた? あの子の名前を? 狙われたのか」
「間違いない」
クレスがメモ帳をぱたんと閉じる。さりげなく周囲を見やってから、ヴォルトに近づいた。
「ヴォルト、これはかなりきな臭い。少女ひとりに狙いを定め、施術爆弾を使った。明らかに普通の事件じゃない」
「分かってる」
「分かってない。いいか? よく聞け。これは無政府主義者によるテロの可能性がある。あるいは政治的ないざこざもあり得る。単なる暗殺なら銃でも毒でもナイフでも使えばいい。最悪でも爆弾だ。こんな真昼間の劇場で、しかも施術爆弾なんて威力のでかすぎる代物を使うのはどうかしてる」
異常事態。専門家の口から語られることで、本格的に常識外の事件であると理解させられる。
「あの子について知っているのは、俺たち三人。そして一握りの政府高官だ」
嫌な理解が訪れる。
レセナ・グランジャは、この国における最高権力を持ちうる、隠された二人目の福音伝達者だ。つまり、狙われるだけの価値はある。
だが、だれが、どうして?
クレスが慎重な声で続ける。
「いまはあらゆる可能性を探る必要がある。無政府主義者、政府内部の抗争、外国勢力の介入、つまりはだ」
クレスの声色が下がる。
「絶対に深入りするな。お前も身を守れ。騎士団の駐屯地に引っ込め。お前がいま無事なのは奇跡だと気づけ。お前も的になっている可能性がある」
「引っ込んでどうなる?」
「俺たち憲兵隊が解決する。公安や査問法院と協力してでもな。真相をあぶり出して、敵の首根っこを掴んでお前の前に転がしてやる」
だから、とクレスは笑ってヴォルトの肩を軽く叩いた。
「捜査は任せろ。この状況になれば、きっと神天院もあの子の護衛に動くはず。お前は駐屯地で解決するまで職務に忠実でいろ」
じゃあな、とクレスは手をあげて戻っていった。
呆然と立つヴォルトの腕をアイリーンが引いた。
「帰りましょう。クレスのいう通りよ。たぶん、私たちが考えているより、この事件は根が深い」
手を握りしめる。瞑目して、奥歯を噛んだ。自分ではどうにもできない。そもそも、首を突っ込む余地がない。
「ヴォルト、まずは落ち着きましょう?」
アイリーンの声音が、怒りに燃えるヴォルトに水を浴びせた。
「分かった……。帰るか」
来た道を戻る。アイリーンが後ろからついてくる。
「駐屯地に戻る?」
「一応休暇中だ。家で休むよ。さすがに、今日は疲れた」
そうね、と労わる声でアイリーンが言う。
「今日泊まっていい? こんな気分でひとりきりっていうのは、ちょっとね」
「そうだな。クレスもいれば久しぶりの三人だな」
「まあ、クレスは無理そうね。料理店に注文でも出しましょう」
「はあ? 高くつくぞ」
「ハイハール家の財力を舐めないことね」
「金持ちめ……」
「帰ったら満腹堂に連絡ね。あそこの東方まんは結構おいしいのよ」
そうだな、とヴォルトは返す。思うところは多い。内なる炎はまだ燻っている。だが、できることがないなら、日常を過ごすしかない。
いまは、レセナの無事を祈るだけだった。




