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福音伝達者は神にならない  作者: ユーカリの木
一部:死を告げる天使
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第六章:黄金が蝕む白 02

 神が降臨した。そんな錯覚を覚えるほどの強烈な畏怖が、レセナを襲った。そして、青白い燐光が猛烈な勢いで広がっていく。


 秘蹟体系の《秩序》を織り込み、そして汎用結界の域を超克した《聖域》――汎用結界を神の威光で強化した超高位施術が、半径二キロを文字通り神の領域へと塗り替えた。


 ありえない規模の結界とその制御力。それができるのは、この国でただ一人。


「失礼。時間がかかりました。想定より複雑に展開する必要が生じましたので」


 十字架を右手に抱いたシャルルだ。さすがの事態にレセナは言葉を失った。こんな結界は見たことがない。指示式の内容が複雑すぎて、性質などすぐに読み解けない。


 それでも、フィアラルが即応する。


「結界の性質、展開予想時間は?」


「強制的人払い、そして一般人への酷死天使による被害を無効化。ローザンヌは例外。展開は一時間といったところです」


「結構、二時間は保たせなさい」


「承知」


 無茶苦茶だ。ローザンヌ修道騎士会は本物の化物だ。


 頬を引きつらせていたレセナに、シャルルが言葉を放つ。


「レセナさん、申し訳ありませんが、対極剣の制御に条件をひとつ追加してもらいませんか? 秘蹟施術に対する影響を零にしてください。これ、結構繊細なんですよ」


 言われて気づく。ヴォルトが持つ対極剣が、さっそくシャルルの結界を破壊しにかかっているのだ。どこが繊細だ。この状態で結界が展開できている方がどうかしている。だが、本当に限界なのは”感覚”が叫んでいる。


 先を紡ぎそうになる思考を遮断する。すぐにヴォルトに駆け寄って指示式を構築。


 秘蹟体系だけ除外? 無茶をいう。でもやるしかない。


 福音伝達者の”感覚”を頼りに推論を重ね、即座に理論構築。


 指示式を指に宿し、対極剣へ幾何学模様を滑らせる。


 対極剣が指示式に反発。手綱を食い荒らさんばかりの猛犬だ。奥歯を食いしばって指示式で縛る。


 シャルルの結界を壊し続ける黒剣が、ようやく力を収めた。結界の力を取り込んでいた白剣も、同様に落ち着きを取り戻す。


 危なかった。レセナは顎を伝っていた滴を乱暴に拭う。


 あと数秒遅かったら結界が壊れていたはずだ。三式だけの開放が功を奏した。二式まで開放していたら、この出力の施術だろうが問答無用で破壊し、吸収してしまうところだった。本当に、今回は綱を渡りすぎだ。


「できたよ!」


「お見事です。では二時間、死守いたしましょう」


 シャルルが柔らかく微笑む。


 だが、これでもうシャルルは動かせない。戦況が読めない。動ける戦力は、もうレセナとヴォルトしかいない。


 フィアラルの鋭い指示が飛ぶ。


「ふたりはアウラ大聖堂に向かいなさい! ロザリロンドならひとりでローザンヌ全員と交信できます!」


 レセナは頷き、ヴォルトと共に走り出す。廊下を降り、建物から出ると、街のあちこちから煙が昇っているのが見えた。それでも、人の往来はない。


「急げ!」


 ヴォルトが声を張る。すぐに彼の背を追う。石畳の街をただ走る。焦燥感が消えない。


 アウラ大聖堂が見える。煙の量がひどい。聖堂の入口で火柱が上がる。ロザリロンドだ。


「ロザリロンド! 状況を!」


 陽光に煌めくか細い光が、宙を駆け巡る。


「四人こちらに来た! 酷死天使は一本! 双子以外に聖堂に侵入された!」


 聖堂の入口を塞ぐように金色が覗く。炎で封じられているが、その色は確かに健在だ。ロザリロンドの炎で焼き尽くされていない。


「四か所に酷死天使を撒かれた! 各員対応しているが、殺しきれていない!」


 煙の中からロザリロンドが踊り出る。両の手から伸びる糸が着火。眼前が轟音とともに爆発する。


 ロザリロンドが舌打ち。炎を帯びながらふたつの影が飛来する。


 ヴォルトが前に出た。影による振り下ろし、横凪のナイフを両の剣で受け止める。


 ヴォルトの背後、ロザリロンドの指から再び糸が迸る。双子が左右に分かれて跳躍、炎の修道女の正面から放たれた糸の奔流を回避する


「火力を上げれば消しようがあるが、シャルルの結界を壊しかねん! 戦闘しながら全員と連携は無理だ!」


 一瞬、炎の修道女の視線がレセナと交錯する。


 状況を整理する。シャルルの結界内部では、ローザンヌですら酷死天使は破壊しきれない。火力が足りない? 違う。既存の酷死天使の性質からかけ離れている。


 聖堂入口へ視線を移す。炎はいまだ健在。だが、明らかに金色の光が増していた。炎の中で増殖しているのだ。


 ありえない。天命体系は火に弱い。この前提は簡単に覆せない。なら、からくりがある。


 レセナは瞬時に"感覚"の海に潜る。対極剣制御の疲労で限界に近い頭に、更なる負荷をかける。鋭利な痛みが脳を貫き、アウラ大聖堂の膨大な歴史が洪水となって流れ込む。


 激痛で意識が飛びそうになる。冷や汗が額を伝う。それでも、レセナは歯を食いしばって必要な情報を掬い取った。


 エミールが放った酷死天使に、福音伝達者としての”感覚”でなければ見えないほどか細いなにかが、ゾルデと繋がっていた。


 ここまで”視”れば、研究者のレセナにとっては楽な問題だ。


「酷死天使が遠隔で制御されてる! 大本のゾルデが術を解かない限り、無限に増殖し続ける!」


 言っていて、レセナも信じられなかった。十年の復讐者が到達した至高の極地。施術理論ではゾルデは遥か上を行く。


 ヴォルトと斬り結んでいた双子が距離を取る。


「状況」


「B」


 ジーネとニーナが頭上に両手を掲げる。極光が世界を白に染めた。


 目つぶしだ。


 レセナは視界を焼かれるが、なんとか”感覚”で察知する。


 光を消した双子が、縦列陣形でロザリロンドへ肉薄する。炎の修道女の反応は早い。目が眩んでもその戦闘能力に一切の隙はない。


 先頭を走るジーネに糸が襲い掛かる。ジーネが大きく飛跳ねる。ジーネの背後にいたニーナがナイフをロザリロンドへ伸ばす。


 炎の修道女の注意が前方のニーナ、後方に降り立ったジーネへと散る。


 無理やり身体をひねったロザリロンドの脇腹をニーナのナイフが掠めた。


 ジーネがロザリロンドの視界から消える。かつて公安のミハエルも使用した迷彩結界。だが攻撃してこない。ニーナが正面から小刻みに牽制しながら、兄の位置を隠蔽している。


 勘で放たれたロザリロンドの糸が空を切る。迷彩と同時に波動化もしている。


「厄介な」


 ジーネが実体化して炎の修道女の背後から一撃。だが、それは浅い傷を負わせるだけの攻撃だった。すぐに迷彩化して姿を消す。


 ニーナが前方から波動弾を放つ。威力は十分だが、ロザリロンドを殺すには足りない。炎の壁で防がれ、反撃の糸が迫る。


 だが、ニーナも深追いしない。糸の射程外まで後退し、再び牽制の体勢に入る。


「露骨な時間稼ぎだな」


 ロザリロンドが双子の意図を理解した。この攻撃パターンは勝利を目指していない。ひたすらレセナたちを足止めし続けることが目的だ。


 それは同時に、聖堂内部でより重大な何かが進行していることを意味していた。


「撤退」


「開始」


 双子が一斉に後退を始めた。逃げるのではない。ロザリロンドを聖堂から引き離そうとしている。


「させるか」


 ロザリロンドが糸を放つが、双子は一定な距離を保ちながら避ける。波動体系は”波”に乗ることで機動力を増す。波を駆使した速度は、全施術体系随一だ。波動施術士には追いつけない。


 下手に追えば、エミールたちがいる聖堂内部から離れてしまう。戻れば、双子が再び牽制攻撃を仕掛けてくる。


 戦術的に、ロザリロンドは詰んでいる。


 双子が再び距離を詰める。今度は左右からの挟撃だが、やはり致命打は狙わない。ロザリロンドの注意を引き、反撃に時間をかけさせることが目的だ。


「舐めてくれる」


 ロザリロンドの判断は迅速だった。


「レセナ、ヴォルト! 酷死天使を斬って聖堂内部を頼む! 双子は私が引き受ける!」


 ヴォルトが即応。遅れてレセナが続く。


「本命は内部だ! 急げ!」


 炎の修道女の声を背中に受け、ヴォルトが黒剣を振り抜いた。炎に抱かれた酷死天使が、真っ二つに斬られた。燃えてすら消しきれなかった悪夢の霧が、一瞬にして晴れた。黒剣が指示式ごと存在を拒絶したのだ。


 これでロザリロンドの足枷をひとつ砕いた。


「状況」


「C」


 双子から焦りの声。だが、もはや作戦を変更する余地はないのだろう。時間稼ぎという任務を継続するしかないはずだ。


 ロザリロンドが指先を天へ伸ばし、炎が空へ飛び立つ。シャルルとの連携信号だ。遠く神天院から応答があり、結界の一部が戦闘用に強化される。


 レセナはヴォルトと共に聖堂へ入る。


「さあ、本気の半分だ。私をどこまで足止めできるか見せてもらおう」


 炎の修道女が吠える。



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