第五章:暗雲を裂く 07
カルヴァリア郊外の隠れ家で、エミールは満足そうに微笑んでいた。廃墟と化した古い館の一室、天井の一部は崩れ落ちて月光が差し込んでいる。ゾルデは静かに窓辺に佇んでいた。
「彼は良くやってくれたよ」
エミールの声に笑みが混じる。今回の計画は、この手のひらから一度も零れ落ちることがなかったからだ。
ゾルデがゆっくりと振り返る。復讐の炎に燃える瞳には、もはや迷いの色はない。
「誰の話だ?」
ゾルデの問いに、エミールの笑みが深くなった。
「パスカルのことさ」
その名前を口にしただけで、愉快でたまらない。
「パスカル?」
「我々が数年かけて神天院に送り込んだ、最高の工作員だよ」
笑みが止まらない。ここまで理想通りの盤面ができあがったのは、望外の幸運だからだ。だからエミールは、自分でも驚くほど饒舌になる。
「情報部の制服を着た、あの童顔で誠実そうな青年――完璧な仮面だよね」
世界は舞台だと、誰かが言った。
「フィアラル法院長も、ローザンヌ修道騎士会も、誰一人として疑いはしなかった」
そして人は、神に強制された台本通りに人生を演じると。
「だからこそ、この作戦が可能になった」
その結果がこれだ。いままさに、自分たちは神の喉元に切っ先を突き付けている。
「パスカルのおかげだよ。神天院の懐の中まで、手に取るように見えるよ」
エミールが腰の革袋に手を触れる。袋の中で金色の光が脈動するように明滅した。
「パスカルが今この瞬間も、神天院の中枢で"忠実な情報部員"として働いている」
ゾルデが息を呑む。
「まさか、福音伝達者の護衛情報まで」
「システィーナの居場所、護衛の配置、緊急時の避難経路。すべてパスカルから報告済みだ」
人の背には糸がある。本当に?
ならば、いまの自分は、完全に神の道化から抜け出した。
「ボクたちの計画は既に最終段階に入っている。もう誰にも止めることはできないよ」
エミールが立ち上がり、窓辺に向かう。月光が彼の全身を包み込む。再び美しい微笑みを浮かべた。
「ボクたちは怒りを共有している。この腐敗した国を、根本から変えないとね」
ゾルデが頷く。
「明日、すべてが始まる」
エミールの声に、運命の歯車が回り始める音が重なった。
「ゾルデ、キミの復讐の時だ」
エミールの瞳に、狂気じみた光が宿る。
「さあ、はじめようか。神への叛逆を」
部屋の片隅で、ジーネとニーナが石像のように無言で佇んでいた。双子は言葉を交わすことなく、ただ静かに最終準備の時を待っている。彼らの存在は機械的で、感情の欠片も見当たらない。それは、まさしく糸に吊られた人形だった。




