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浮気旦那の隠し方が完璧すぎたので、こちらも完璧に復讐の準備することにしました  作者: こまめ


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第六章 夫の浮気相手

金曜日の朝、亮平はいつもより長く洗面所にいた。


電気シェーバーの低い音が、朝の台所まで聞こえてくる。

一度止まり、頬に手を当て、また動かした。


それだけで、今夜が何かを知った。


私は味噌汁の火を弱めながら、その音を聞いていた。

シェーバーの音が止まるたびに指を折る必要はない。

ただ、いつもと違うことを、耳に刻んでおく。


それだけでいい。

朝の台所は昆布だしの匂いがして、

窓の外ではまだ鳥が鳴いていた。

六月の朝の、どこにでもある金曜日に見えた。



亮平は洗面所から出てくると、寝室へ戻り、

クローゼットの前でしばらく立っていた。


シャツを一枚取り出す。

少し考え、また戻す。次に別のシャツを出す。

結局選んだのは、淡いブルーの無地だった。


平日の朝に、そこまで迷う男ではない。

ネクタイも二本、ベッドの上に並べた。

グレーの細いストライプと、濃紺の無地。

亮平は鏡の前で交互に当て、最後に濃紺を選んだ。



私は声をかけた。


「今日だったよね?」


「ん?」


「珍しく支度に時間かかってるから」


「ああ」彼は笑った。


「夜、部の懇親会あるからさ。変にラフでもなと思って」



何度も聞いた予定だった。

共有カレンダーにも入っている。

メッセージでも知らせてきた。


今朝もまた、自然に口にする。

言葉を繰り返すことで、それを真実にみせようとしているように見えた。


「そっか」


私はそれ以上聞かなかった。



亮平はネクタイの結び目を指で整えた。

その指先に、わずかな浮き立つものがあった。

浮かれているわけではない。


顔に出すほど愚かではない。

けれど、全身がほんの少しだけ外へ向いていた。

家庭の朝ではなく、これから始まる別の時間に

意識が先回りしている人間の、あの微かな体の傾きだった。



食卓にはいつもの朝が並んだ。

ご飯、味噌汁、卵焼き、焼き鮭。

美月は眠そうな顔で椅子に座り、

悠真は牛乳のコップを両手で抱えている。


亮平は新聞アプリを流し見しながらご飯を食べた。

けれど今日は、どこか急いているようだった。

食べる速度が少しだけ早い。

スマホが震えるたび、視線が一瞬そこへ落ちる。



私は味噌汁を口に運びながら、

昨夜から準備していた言葉を口にした。



「そういえば、今日ね。美月と悠真、おじいちゃんたちの家に泊まらせる。」


亮平が顔を上げた。


「今日?」


「うん。母に聞いたらいいよって。明日も学校ないし」

美月がすぐに乗った。


「ね、いいでしょ? おばあちゃんが餃子作るって」。

悠真も箸を持ったまま身を乗り出す。


「泊まりたい! 明日、おじいちゃんと公園行く!」


亮平は一度だけ私を見た。

ほんの短い確認だった。

予想していなかった予定が、自分に何か影響するかを

測る視線。


私は何も知らない母親の顔で微笑んだ。


「私も久しぶりに友達とご飯行ってこようかなって思って。亮平も飲み会だし。」


「いいんじゃない?」


亮平はすぐに答えた。

早すぎるほど、自然に。


「たまには息抜きしなよ」



その言葉に、私は小さく頷いた。

私が家にいないことを知った瞬間、

彼の表情がほんの少し緩んだのを、見逃さなかった。


解放されたのだ。


帰宅時間を気にしなくていい。

妻の目を想像しなくていい。

メッセージを送る時間も、帰宅後の匂いも、

多少雑になって構わない


そう判断したのかもしれない。

私はそう仮置きした。決めつけない。

ただ、記録に値する反応だった。



「誰と行くの?」


「麻衣。前から会おうって言ってたのに、

ずっと流れてたから」麻衣は高校時代からの友人だった。

実際に前日、私は彼女へ連絡を入れている。

これは嘘ではない。ただし、会うのは今夜の後半でいい。

その前に、私には確かめたいことがあった。



午前中のパートを終え、

昼過ぎに子どもたちを実家へ連れていった。

美月と悠真は小さなリュックに着替えとゲームを詰め、

旅行に行くみたいに浮かれていた。


「だっておばあちゃんち、お菓子あるもん」


と悠真が正直に言い、美月が呆れた顔をする。



私はその様子を見ながら、

胸の奥に薄い痛みが走るのを感じた。

子どもたちは何も知らない。


今日の夜が、私にとってどれほど重いかも知らない。

母に預けられ、餃子を食べ、好きな時間まで

テレビを見て眠る。

そんな普通の嬉しさの中にいる。

それでいい。知らなくていい。



母は「たまにはゆっくりしておいで」と言った。

その言葉がありがたかった。

そして少し、痛かった。

ゆっくりするための夜ではない。

夫の嘘を見にいく夜だった。



実家を出たあと、私は一度自宅へ戻った。

服を着替える。



派手すぎず、地味すぎないベージュのブラウス。


黒の細身のパンツ。薄手のカーディガン。


バッグは小さめのショルダー。

歩きやすい靴。髪は下ろしサングラスをかける。


駅前で誰かと食事をする女に見えれば、それでいい。


万が一視界に入った時、

家にいる時の私と一瞬結びつきにくい方がいい。



十八時前、私は亮平の会社が入るオフィスビル近くの

カフェにいた。

窓際ではなく、奥の席。

通りが見える角度だけを確保し、

長居しても不自然に見えないようにコーヒーを頼んだ。

カップを包む熱が、手のひらに伝わってくる。

外はまだ明るく、帰宅する会社員たちが歩道を埋め始めていた。



亮平がどの出口を使うかはわからない。

正面玄関から出るとは限らない。

地下通路かもしれない。

同僚と一緒かもしれない。

それでも、ここが一番確率が高い。


夫は「会社近くの懇親会」と言った。

なら、よほど念入りに動かない限り、

一度は会社周辺の導線を通る。

そして今夜、亮平は妻が友人と食事に行くことを知っている。警戒が緩む。



私はコーヒーに口をつけ、目線だけで通りを追った。



十八時十二分

ネクタイを緩めた男たちがビルを出てくる。スマホを見ながら歩く女。三人連れで笑い合うグループ。亮平は現れない。


十八時二十七分

日が傾いて、通りに影が伸び始めた。

カフェの中は話し声と珈琲の匂いで満ちている。

私だけが、その空気の外にいるような気がした。



十八時三十四分

見覚えの姿がビルの自動扉の向こうに現れた。



亮平だ。



濃紺のネクタイ。

朝、時間をかけて選んだシャツ。

いつも通りのビジネスバッグ。

彼は誰とも一緒ではなかった。

懇親会へ向かう課長の姿には見えない。

周囲を待つ様子もない。同僚を探す視線もない。

一人で、まっすぐ歩き出した。



私はすぐには立たなかった。

彼がどちらへ向かうかを確認してから席を離れる。

コーヒーカップを静かに置き、財布を取り出す。

急がない。急ぐ人間は、目立つ。



亮平は駅前の飲食店が集まる大通りとは逆へ進んだ。

会社帰りの人波から少しずつ外れ、細い通りへ向かう。

私は会計を済ませ、距離を置いてあとを追った。

追う、と言うほど近くはない。

同じ方向へ歩く人間の一人になる。それだけでいい。



亮平は一度も振り返らなかった。

スマホを取り出し、画面を確認している。


それだけで、朝の支度の意味が少しだけ形を持った。

誰かがいる。

少なくとも、亮平には今夜、会うのを待っている相手がいる。


大通りを渡り、彼は地下鉄の入口へ降りていった。

私は一拍置いてから続いた。

改札を抜ける姿を、少し離れた場所から見る。

亮平は会社最寄りの路線とは別のホームへ向かった。

飲み会が会社近くなら、そこへ行く必要はない。



私は同じ改札を通り、別の車両に乗った。

夜の電車は混んでいた。吊り革につかまる人。

座席で眠る人。スマホを見つめる人。

亮平は一両ほど先にいる。直接は見えない。

けれど、どの駅で降りるかだけを追えばいい。



一駅。二駅。三駅。会社員の多い中心部を抜け、

少し落ち着いた街へ入っていく。

飲食店はあるが、団体で騒ぐ店より、

二人で入る小さな店の多いエリアだった。



五駅目で、亮平は降りた。


私も少し遅れてホームへ出る。

改札を抜けた亮平は、迷わず北口へ向かった。

初めて来る場所ではない歩き方だった。



駅前の喧騒から一本裏へ入る。

古い街路樹の並ぶ通り。

小さなイタリアン、ワインバー、灯りを落とした喫茶店。

表通りより声が低くなる場所だった。

湿った石畳の匂い、どこかの店から流れる音楽、

夜になりかけた空気の重さ。

私はショーウィンドウに映る景色を使って

距離を取りながら、亮平の背中を視野の端に収め続けた。



亮平は一軒の店の前で足を止めた。



看板は控えめで、白い文字で店名が書かれている。

ガラス扉の向こうに、黄色い照明が見えた。

高すぎず、安すぎず、会社の懇親会で使うには

不向きな店だった。

亮平は腕時計を見た。それからスマホを取り出す。



その時だった。



店の脇の細い道から、一人の女が現れた。



年齢は二十代後半に見えた。黒に近い茶色の髪を肩の少し下まで伸ばし、ジーンズに白いTシャツ。上には黒ののジャケットを羽織っている。

華美ではない。けれど、

その場の空気に自然に馴染むような服だった。



亮平の顔が変わった。



家では見ない顔だった。

父親でもない。課長でもない。私の夫でもない。



待っていた相手を見つけた男の顔だった。



女も笑った。口元だけでなく、

目元が先にゆるむ笑い方をした。

何度も会っている相手に向ける、ためらいのない表情だった。



亮平は二歩近づいた。距離が、近い。

初対面ではない。仕事だけの相手でもない。

そこには、説明のいらない間合いがあった。



女が何か言う。亮平が少し身を屈めて聞く。

その横顔が、あまりにも柔らかくて、

私は一瞬だけ息を忘れた。



私はスマホを取り出し、二人を撮った。

遠い。照明も足りない。顔が鮮明に映る保証はない。

それでも、時刻と場所と構図が残る。今はそれでいい。



一枚。もう一枚。



撮り終えた直後、スマホが震えた。



亮平からだった。



道路の向こうでは、亮平がまだ女と向き合っている。

片手にはスマホ。

今、その指で私に嘘を送ってきた。

亮平より


今着いた。始まったよ。

18:41


私は画面の文字を見たまま、しばらく動けなかった。

部の懇親会が始まったと。何も知らない妻に向けて。



顔を上げた。



亮平が店の扉を開ける。女が先に入る。

その背に、亮平の手がほんの一瞬だけ添えられた。

肩でも、腰でもない。

けれど、ただの同僚に触れるには親密すぎる位置だった。

扉が閉まる。黄色い灯りの向こうに、二人の姿が消える。



私はその場に立ったまま、返信画面を開いた。

指は驚くほど落ち着いていた。


紗季


了解。楽しんでね

18:43


送信した。



画面の中では、私は夫を信じる妻のままだった。


けれど現実の私は、もう違う。



亮平がどこで嘘をつき、誰に会い、

どんな顔で私を欺いているのかを、

初めて自分の目で見た。


胸の奥に、怒りが遅れて満ちてきた。

熱くはなかった。凍るように静かだった。

あの女が誰なのか、まだわからない。

会社の人間なのか。亮平がどれほど深く関わっているのか。いつから続いているのか。わからないことばかりだ。



でも今日わかったことがある。


夫は、飲み会へ行ったのではない。

私に嘘をついて、あの女に会いに行った。



私は通りの向こうの店を見つめた。

店名を覚える。時刻を覚える。女の服を覚える。

歩き方を覚える。亮平の顔を覚える。

待ち合わせの顔を。

十二年間、私が一度も見たことのなかった、あの顔を。



今夜から、疑いは一段深い場所へ沈む。


見た。


聞いた。


撮った。


私は、もう後戻りしない。前に進むだけ

最後までお読みいただきありがとうございました少しでも心に残るものがありましたら、リアクションや評価のお星様をポチッと押していただけますと、とてもとても嬉しいです。

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