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浮気旦那の隠し方が完璧すぎたので、こちらも完璧に復讐の準備することにしました  作者: こまめ


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第二十一章  準備

※不定期更新です♪

応援や評価していただけるとやる気が満ち溢れて

更新早くなります笑

鷺沼透から返事が来たのは、その日の夜だった。


亮平が風呂に入り、子どもたちが寝室へ行った後。

私はキッチンの隅で、古いスマホを開いた。


鷺沼


可能。

用途は直接聞く。

明日昼、前と同じ手順で。


相変わらず短かい


十年以上前と何も変わっていない。

余計なことは聞かない。

感情を挟まない。

必要な情報だけを返す。


その無機質さに、私は少しだけ救われた。


今の私に必要なのは、慰めではなかった。

大丈夫?つらかったねと肩を抱かれることでもない。

私の怒りを受け止めて一緒に泣いてくれる人間は

麻衣だけで十分だ。


鷺沼には、別の役割がある。


夫と愛人が作った秘密に

こちら側の目と耳を差し込むこと。


それだけでよかった。


翌日の昼、私は薬局の休憩時間に

指定された古い雑居ビルへ向かった。


鷺沼は、薄暗い小さな事務所で待っていた。

灰色のシャツに、黒いパンツ。

髪には少し白いものが混じっていたが

目の奥の冷静さは昔のままだった。


「おい森下」


そう呼ばれて、一瞬だけ時間が戻った気がした。


旧姓。

藤堂紗季になる前の名前。


私は小さく首を振った。


「今は藤堂」


「知ってる」


鷺沼は椅子を指した。


「座れ」


相変わらずだった。


私は鷺沼の向かいに座り、要件だけを話した。


伊達眼鏡型の機器が必要なこと。

映像と音声を別室へ共有したいこと。

小型イヤホンで、第三者の助言を受けたいこと。

録音も別系統で残したいこと。


鷺沼は途中で一度も驚かなかった。


「相手は?」


「夫の不倫相手」


鷺沼の指が、ほんの一瞬だけ止まった。


それだけだった。


「お前が直接会うのか」


「別人として」


「危ないな」


「わかってる」


「わかってない顔じゃない」


「だったら、手伝って」


鷺沼は私をじっと見た。


昔の彼は、もっと無表情な男だった。

今も大きくは変わらない。

けれどその目の奥に、わずかな躊躇があった。


「これは、仕事か?」


「違う」


「なら、なおさら危ないぞ」


「仕事じゃないから、やめる理由にはならない」


私がそう言うと、鷺沼は小さく息を吐いた。


「おまえ、そういうところは変わらないな」


「褒めてる?」


「半分も褒めてない」


彼は机の引き出しから、眼鏡ケースを取り出した。


「映像共有はできる。音声も拾える。ただし万能じゃない。角度と距離でブレる。相手に近づきすぎるな。眼鏡を頻繁に触るな。耳元を気にするな」


「わかった」


「イヤホンはこれ。髪で隠れる。音量は最小にしろ。相手の声を聞くのが最優先だ。長く聞こうとするな」


「うん」


「録音は別で持て。眼鏡に頼るな。途中で切れても会話を止めるな」


「わかった」


鷺沼は機材を並べながら、淡々と説明した。


不思議だった。


夫の愛人と会う準備をしているのに、

目の前の作業はまるで昔の仕事のようだった。

対象を観察する。

記録する。

証言を拾う。

感情ではなく、手順に落とす。


その冷たさが、私を支えていた。


説明が終わると、鷺沼は眼鏡を私へ渡した。


「ところで」


「何?」


「お前、本当にやるのか」


私は眼鏡を受け取りながら答えた。


「やる」


鷺沼は、それ以上止めなかった。


ただ一言だけ言った。


「そうか、元にたどれなくなるぞ」


私は眼鏡のレンズを見つめた。


透明な板の奥に、私の顔がぼんやり映っている。


「もう戻る場所は壊されてる」


そう言うと、鷺沼は黙った。



対面の日は、玲奈の希望で金曜になった。


十五時。

ホテルのラウンジ。


場所は、南條が候補を出し御影が選んだ。


「桐島玲奈のような人は、安すぎる場所では本音を出しません」


御影は言った。


「でも高すぎる個室もだめです。警戒します。ほどよく上質で、でも逃げ場のある場所。周りから見れば、仕事関係の女性同士がお茶をしているだけに見えるところがいい」


南條は席の位置を確認した。

入口が見えること。

隣の席と距離があること。

御影が近くの別席からイヤホン越しに助言できること。

南條自身も、少し離れた場所から全体を見られること。


麻衣は、私の手を握って言った。


「無理だと思ったら、すぐ帰ってきて」


「うん。わかってる」


「本当に?」


「本当に」


麻衣は私の顔をじっと見た。


「紗季。今日、玲奈に会うのは律子だからね」


「うん」


「妻の顔を出したらだめだよ」


その言葉に、私はゆっくり頷いた。


妻の顔。


それを出さないことが、今日一番難しい。


目の前に座る女は、私の夫とホテルへ行った。

私の知らない部屋へ夫を迎え入れた。

録音の中で、私を楽なな奥さんと呼んだ。

奥さんに負けたくないと言った。


私はその女に、微笑まなければならない。


高瀬律子として。


怒りを飲み込み、胸の奥で煮えたぎるものに蓋をして、穏やかな声で今日はよろしくお願いしますと言わなければならない。


その滑稽さを思うと、笑いそうになった。


いや、笑わなければ崩れそうだった。




金曜の朝、亮平はいつも通り家を出た。


「今日は少し遅くなるかも」


玄関で靴を履きながら、彼は言った。


「会食?」


私が聞くと、亮平は一瞬だけ目を伏せた。


「いや、展示会の最終調整。終わったら軽く飲むかもしれない」


軽く飲む。誰と飲むのか


その軽くの中に、玲奈がいるのだろうか。

それとも玲奈と二人で会うのだろうか。


私は笑った。


「わかった。じゃあ夕ご飯はいらないね。いつも大変そうだけど無理しないでね」


「ありがとう」


亮平は安心した顔で出ていった。


その背中を見ながら、私は思った。


今日、私はあなたの愛人に会う。


あなたが守るものとして曖昧にしている家庭の中から

私が会いに行く。


あなたの知らない名前で。

あなたの知らない顔で。

あなたの知らない道具をつけて。


玄関のドアが閉まった瞬間、私は深く息を吐いた。


今から妻ではいられない時間が始まる。




麻衣の家で、私は高瀬律子になった。


赤みのないダークブラウンのウィッグ。

自然なブラウンのカラコン。

モーヴを薄く重ねた目元。

透明感のあるブラウンの眼鏡。


今日は、その眼鏡の内側に鷺沼の仕込んだ機器が入っている。


見た目は、いつもの律子の眼鏡とほとんど変わらない。

けれど、御影には私の視界が共有される。

音声も拾われる。


左耳には、小型のイヤホン。

髪で隠せば、外からはほとんどわからない。


麻衣が耳元を確認する。


「見えない」


「本当に?」


「うん。少なくとも私はわからない」


「眼鏡は?」


「自然。触らなければ大丈夫」


私は鏡の中の自分を見た。


高瀬律子がいた。


でも今日は、その奥に紗季がいることを強く感じた。


怒っている紗季。

泣くことをやめた紗季。

夫を信じることをやめた紗季。

子どもたちの寝顔を守るために、愛人の前で微笑もうとしている紗季。


私は手首に香りを一滴のせた。


少し紅茶の甘さを含む香り。


高瀬律子の匂い。


麻衣が言った。


「行ってらっしゃい」


私は頷いた。


「行ってきます」

最後までお読みいただきありがとうございました少しでも心に残るものがありましたら、リアクションや評価のお星様をポチッと押していただけますと、飛び跳ねて喜びます。

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