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浮気旦那の隠し方が完璧すぎたので、こちらも完璧に復讐の準備することにしました  作者: こまめ


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第十七章  背景

玲奈という女を、私はまだよく知らない。


夫の会社の若い女。

営業企画部の、清楚で外面のいい不倫相手。

男性社員には評判がよく、女性社員からはどこか距離を置かれている女。



それだけなら、どこにでもいる。



けれど南條が持ってきた資料を見た時、

私は初めてこの女を理解した。


桐島玲奈は、ただの愛人ではなかった。

彼女には、名前の後ろには大きな盾があった。


南條は麻衣の家のダイニングで、薄いファイルをテーブルに置いた。


「桐島玲奈について、詳しく調べてみました」


私は何も言わずに頷いた。

麻衣も隣で背筋を伸ばしている。



「桐島玲奈、二十九歳。聖華女子大学卒。

いわゆるお嬢様大学です。実家は、創業百年以上の老舗です」


「老舗?」


「もともとは呉服と婚礼衣装を扱う桐島屋という店です。現在は不動産管理、ブライダル事業、和装関連の企画会社などを持つ桐島グループに形を変えています。大企業というより、古くから土地と人脈を持っている家ですね」



桐島屋



創業百年以上。本家筋。地域名士。


文化財保存団体への寄付。老舗ホテルとの取引。

商工会議所の役員名簿。


父親:桐島グループ関連会社役員。


母親:茶道関係団体に名前あり。



玲奈本人


学生時代から育ちの良さを見せる場所に出ている。

文字を追うほど、玲奈の正体がわかっていく。

清楚な白いブラウスの女。亮平とホテルへ入る女。

日曜の朝に夫を部屋へ迎える女。

その背後に、古い家の匂いが立ち上がる。



「玲奈は、その家の娘なんですか」



「本家直系ではありませんが、かなり近い筋です。ただし、本人はそれを前面には出していません。むしろ会社では普通に努力している女性社員として振る舞っている。そこがうまい」


私は写真の中の玲奈を思い出した。白。淡いグレー。

控えめなアクセサリー。きちんと揃えられた髪。



派手なブランド品を見せびらかすような女ではない。



だからこそ、余計にたちが悪い。

本物の余裕を知っている人間は、わざとらしく飾らない。

玲奈はきっと、自分がどう見られるかを知っている。

育ちがよくて、気遣いができて、出すぎない女性

その看板を、彼女は会社でも恋愛でも使っている。

計算高い女だ。



「会社での評判は、前回より詳しく取れました」


南條はページをめくった。


「男性社員からの評価は非常に高いです。特に上司層からは、気が利く、資料が丁寧、場を読むのがうまいという声が多い」


「女性社員からは?」


南條は少し間を置いた。


「あまりよくは思われてはいないようです」


麻衣が腕を組んだ。


「やっぱり」


「ただし、表立って悪口を言われるタイプではない。

そこも玲奈の強さです」


「また桐島さん、藤堂課長の案件だけ先に通してたよね」


「あの人、男の上司には本当に早いよね」


「でも言ったらこっちがひがんでるみたいになるじゃん」


「しかも桐島さんって家柄いいんでしょ? 部長も妙に丁寧だし」


「そうそう。桐島屋のお嬢様ってやつでしょ。本人は言わないけど、周りが知ってるから面倒」


「会社でも守られてるんだ」


「守られているというより、誰もそこに触れない」


と南條は訂正した。


「玲奈は、その空気を自覚している可能性が高いです」



玲奈は自分の家を大声では語らない。

けれど、周囲が勝手に知っている。

勝手に扱いを変える。勝手に一段丁寧になる。

その空気の上に立ちながら、彼女は自分は普通に努力しているだけという顔をする。



「清掃スタッフとして入った協力者からの報告もあります」「会社に?」


「ビルの共用部と一部フロアの清掃補助です。

給湯室や廊下では、人の本音が落ちる」



情報は、鍵のかかった場所にだけあるわけではない。

人がここなら誰も聞いていないと思う場所にこぼれる。

給湯室。エレベーターホール。コピー機の前。

清掃用具の音に紛れて、会話は油断する。



「男性の前では声が変わる。面倒な修正を後輩の女性に回す。でも上司に報告する時は、自分が整えたように見せる。注意されると傷ついた顔をする。怒られる側ではなく、気を遣っている側に回るのがうまい。男性社員はそれに気づかない」


「いるよね、そういう女」



南條は続けた。



「特に同年代の女性社員からは距離を置かれています。

ただ、玲奈は男性上司や年配の女性役員には非常に評判がいい。礼儀、言葉遣い、服装、所作。

育ちの良さを見せる相手を選んでいます」



育ちの良さを見せる相手を選ぶ。

それは、店員に優しく謝り、店員が去った後に面倒と吐き捨てた録音の玲奈とつながる。

彼女は善人なのではない。

善人に見えるための振る舞いを、相手によって使い分けられる女なのだ。



「亮平とは、会社ではどう見えているんですか」



私は聞いた。南條は別の写真を出した。会社のロビー。

展示会準備の打ち合わせらしき場面。

亮平と玲奈が並んで資料を見ている。

距離は、普通だった。近すぎない。

笑いすぎない。触れていない。

一見すれば、ただの上司と担当者。



「社内では慎重です。人前では、ご主人は玲奈を桐島さんと呼びます。玲奈も藤堂課長です。視線や距離にはわずかな癖がありますが、知らない人が見れば仕事にしか見えません」「わずかな癖?」



「資料を渡す時、他の社員より半歩近い。

会議が終わった後、全員が立ち上がる瞬間に一度だけ目を合わせる。廊下で会話する時、人が通ると自然に距離を取る。逆に、人の流れが切れると距離が戻る」



麻衣が呟いた。


「慣れてる」


「一度や二度の関係ではありません。会社での振る舞いも、二人の中でルール化されている」



「紗希さんこれはご存知ですか?主人には、昇進の話が出ています」


南條はファイルの最後から一枚の資料を取り出した。


来期組織改編。営業部次長候補。

展示会プロジェクトの成果が評価材料。

部長推薦の可能性。麻衣が息を呑む。


「昇進……知らないです。まだ何も聞かされてません」


「正式決定ではありません。ただ、社内ではかなり有力視されているようです」


「玲奈は関係してますか」


「直接の人事権はありません。ただし、展示会プロジェクトの成果には深く関わっています。資料の見せ方、外部向けの演出、取引先への印象づくり。

玲奈の働きが、亮平氏の評価を押し上げる構図になっている」


「不倫相手と一緒に出世の階段作ってるってこと?」


南條は否定しなかった。


「表向きは、優秀な課長と優秀な企画担当者です」



二人は、ただ恋に溺れているだけではない。

互いに利用し合っている。



玲奈は、亮平に女として選ばれたい。

亮平は、玲奈の仕事力と家柄を利用して評価を上げたい。

玲奈の背景にある古い人脈や品のいい看板は、

会社の上層部にとっても都合がいい。



そしてそのすべての下敷きに、私と子どもたちの生活がある。


「これを聞いてください」


南條は録音データを再生した。


店内のざわめき。

グラスの音。

亮平の声。


「今回の展示会、うまくいけば部長も俺の事をかなり考えてくれると思う」


「大丈夫です。亮平さんなら絶対に上に行けます」


その声は、会社の部下ではなかった。

男の自尊心を甘く撫でる女の声だった。


「簡単に言うなよ」


「簡単じゃないから、私も手伝ってるんです」


「助かってるよ、本当に」


「本当に?」


玲奈が少し黙る。それから、柔らかく言った。


「次長になったら、今より自由になりますよね」


「自由?」


「今より、選べる立場になるってことです。」



亮平はすぐに答えなかった。

沈黙の奥に、ずるさがあった。



「今は揉めたくない。昇進前に変な話が出たら、全部飛ぶ」



彼が恐れているのは、家庭が壊れることではない。

子どもたちが傷つくことでもない。

妻を裏切ったことが露見し、昇進が飛ぶことだ。


私たち家族は、彼のキャリアを守るための保険にすぎない。


「わかってますよ。じゃあ、昇進したら?」


「その時に考える。待ってて」


「私、ちゃんと待ってますよ。奥さんに負けたくないし」


玲奈にとって私は知らない誰かではない。

顔も声も知らない。


でも勝ち負けの相手としては、はっきり存在している。

私の暮らし。私の結婚。子どもたちの父親。

それを、彼女は奪うゲームの盤上に置いている。


「勝ち負けじゃないだろ」


「女には勝ち負けなんです」


「私、奥さんに勝ちたいんです」


録音はそこで止まった。部屋の中に沈黙が落ちた。

麻衣の顔は怒りで赤くなっていた。


「何なの、この女」


私は何も言わなかった。言葉が出なかったのではない。

出す必要がなかった。怒りは、もう形になっている。


見えてきた構図

二人は、ただ恋に溺れているだけではない。

互いに利用し合っている。


玲奈は亮平に女として選ばれたい。

亮平の昇進を手伝うことで、将来の約束を担保にしようとしている。


亮平は玲奈の仕事力と家柄を利用して評価を上げたい。

昇進まで問題を先送りし、その後で選ぶつもりでいる。


そのすべての下敷きに私と子どもたちの生活がある。

亮平の罪は、何をしたかだけではない。

何を止めなかったかにもある。


記憶の底から祖母の言葉をふと思い出した。


まだ私が結婚する前、祖母は一度だけ言った。


「家というものは、守る人間がいなくなった時に崩れるのではないよ。外の人間に、軽く見られた時に崩されるんだよ」



その時は、何の話かわからなかった。

祖母は華やかな人ではなかった。

けれど、電話一本で大人たちの声色が変わるような、

不思議な重みを持っていた。

祖父の名前を出すだけで、場の空気が変わることがあるのを、子どもの私は何度か見たことがある。



私はその記憶を、長い間しまっていた。

普通の妻になったから。

普通の母親になったから。

そういう家の空気から、距離を置いて生きると決めたから。


けれど今、桐島玲奈の家柄という言葉を聞いて、

胸の奥で古い扉が少しだけ軋んだ。

老舗のお嬢様。それが玲奈の盾になるなら。



私にも、まだ使っていないカードがある。


もちろん、今は出さない。

その札は、簡単に切るものではない。

ここぞという時のために、静かに持っていればいい。



けれど私は初めて、自分が完全に無力な妻ではないことを思い出した。


「南條さん」


「会社の中の評判、もっと集めてください。女性社員の声。玲奈がどう仕事を回しているか。亮平との距離感。

展示会プロジェクトで二人がどう関わっているか。

昇進話の出どころも」


「わかりました、このまま進めて行きます」


「玲奈の家の背景も、もう少し知りたいです」


麻衣が私を見る。


「紗季、そこまでやるんだね」



南條がファイルを閉じた。


「ただし、焦らないことです。昇進の話は、亮平氏にとって弱点になります。ですが、今はまだ泳がせた方がいい」


「わかっています」


泳がせる。


その言葉が、妙にしっくりきた。

亮平はまだ、水面の上にいるつもりだ。

玲奈と一緒に、これからもっと高い場所へ行けると思っている。なら、もう少し泳がせる。

自分たちがどれほど深い場所へ入っているのか、気づかないまま。



その夜、亮平は機嫌よく帰ってきた。夕飯の席で、彼は珍しく仕事の話をした。


「今日、部長に展示会の進捗を褒められた」


悠真が目を輝かせる。


「パパすごいじゃん!」


「まあ、今回は頑張ってるからな」


美月が聞く。


「パパ、偉くなるの?」


「まだわからないよ」


亮平は少し照れたように笑った。


昇進。玲奈。桐島家。展示会。

奥さんに負けたくない。昇進前に揉めたくない。


その全部が、亮平の笑顔の裏に重なっている。


「よかったね」


私は言った。亮平は私を見た。


「うん。これがうまくいけば、少し流れが変わるかも」


流れ。


あなたの人生の流れは、もう変わっている。

ただ、あなたがまだ気づいていないだけ。


私はにこやかに笑った。


「応援してる」


その言葉に、亮平は安心したように頷いた。


「ありがとう」



応援している。確かに、嘘ではない。


私は、あなたがもっと高く登るのを待っている。


落ちた時に、二度と立ち上がれない高さまで。

その時のあなたの顔を見るのが楽しみ

最後までお読みいただきありがとうございました少しでも心に残るものがありましたら、リアクションや評価のお星様をポチッと押していただけますと、とてもとても嬉しいです。

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