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浮気旦那の隠し方が完璧すぎたので、こちらも完璧に復讐の準備することにしました  作者: こまめ


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第十五章 反応

夫は愛人の部屋へ。

妻は愛人の心の中へ。

同じ日曜の午前、私たちは違う入口から、同じ女へ近づいていた。


白い花のアイコンが、初めて高瀬律子に反応した。



たった一つの「いいね」。



普通なら、何でもない反応だ。

誰かの投稿が流れてきて、少し気になったから押した。

それだけのこと。



でも私にとっては違った。

その白い花の向こうにいるのが桐島玲奈なら、

彼女はもう高瀬律子の言葉を読んだことになる。



私の投稿文その一文を、彼女は読んだ。

そして、反応した。


「これ、玲奈本人だったら、刺さってるってことだよね?」


「本人かわからないからまだ決めつけない」


「でも、候補ではあるんでしょ?」


「うん」


「じゃあ、次どうするの?」


その質問に、私はすぐには答えなかった。

今すぐ返信するわけではない。

いいねに対してこちらから反応するのは不自然だ。


玲奈らしきアカウントへ見に行き、こちらからフォローするのも早すぎる。

獲物を見つけた瞬間に動く人間は、狩る側には向いていない。


「まだ何もしない」


「何もしないの?」


「今はね」


「せっかく反応が来たのに?」


「だからこそ、何もしない」


「玲奈が本当にこのアカウントなら、こちらから寄っていかなくても、次も見る可能性がある。今こちらが動けば、私を見ている人になる。高瀬律子は、まだそこまで玲奈に興味を持っていない方が自然」



麻衣は少し黙って、それから感心したように息を吐いた。


「すごいね。紗季」


「何が?」


「怒ってるのに、ちゃんと考えて待てるところ」


私は笑わなかった。


「待たないと、負けるから」



その日の夜、亮平はいつもより早く帰ってきた。

リビングでは悠真が宿題を広げ、美月はソファで本を読んでいた。亮平はいつものように子どもたちへ声をかける。


「悠真、計算終わった?」


「あと三問」


「じゃあ先に終わらせろ。ゲームはその後」


「えー」


「えーじゃない」


私はキッチンで野菜を切りながら、亮平の声を聞いていた。


南條からメールが来ていた。

亮平氏、

十二時四十分頃、桐島玲奈と会社近くのカフェにて同席。

時間約二十五分。他の同僚の同席なし。退店後、別々に会社方向へ移動。


ホテルではない。女の部屋でもない。

それでも、二人は会っていた。私には今日は会議続きで昼もゆっくりできなかったとメッセージを送ってきた日だ。


ゆっくりできなかったのではない。

私に言えない相手と、昼の時間を分け合っていただけだ。


「紗季」


亮平に呼ばれて、私は包丁を止めた。


「週末さ、少し仕事入るかも」


心の奥が、冷たく反応した。


「土曜?」


「いや、日曜の午前。展示会の資料確認。会社行くほどじゃないけど、ちょっと外で集中したい」


日曜の午前。ジョギングではなく、仕事。

言い訳が変わった。



私は振り返らずに聞いた。


「どこか行くの?」


「近くのカフェかな。家だと悠真が話しかけてくるし」


悠真がすぐに反応した。


「え、俺のせい?」


「違う違う。パパが集中力ないだけ」



私はその場に立ったまま、手元のにんじんを薄く切った。

日曜朝の定例が、変化した。なぜか。


南條の調査に気づいたのか。

それとも玲奈側に都合があるのか。あるいは単に、ジョギングという設定を少しずつ変えているだけか。


決めつけない。


でも、記録する価値はある。


「わかった。お昼は?」


「帰って食べるよ」


「そう」


この人は、嘘を生活に馴染ませるのがうまい。

特別なことのように見せない。

家族の会話の中に、少しだけ未来の不在を置く。

そして、誰にも踏まれないように通り過ぎる。

でももうその嘘はバレているしその不在は私のノートに残る

馬鹿な男だ。今は何をしても怪しさでしかない。


翌日、麻衣の家で次の投稿を考えた。



「玲奈向けに見えない玲奈向け」


「何それ。」


「向こうが勝手に自分のことだと思う文章を作る」


「たとえば?」



私はペンを持ち、候補を並べた。


誰かに選ばれていると思える時間は、短くても人を強くする。でも、その時間の外で自分がどう扱われているかも、見た方がいい。


不倫っぽすぎる


大切にされているかどうかは、会っている時間より、会っていない時間に出る。


攻撃的すぎる、まだ早い


私は少し考えて、別の文章を書いた。


人は、欲しい言葉をくれる相手を信じたくなる。でも、その言葉が自分の事をどう考えているのかを時々見直した方がいい。

麻衣がゆっくり顔を上げた。


「これは……いい」


「いい?」


「責めてない。でも、玲奈が見たら考えると思う。仕事にも恋愛にも読める」


高瀬律子の言葉は、二重に読めなければならない。

仕事の悩みにも見える。人間関係の話にも見える。


けれど、秘密を抱える者が読めば、自分の胸の奥を触られたように感じる。罠は、形が見えたら罠ではない。

踏んだ本人が、自分で踏みに来たと思えるくらいでなければならない。



投稿は、その日の午後三時過ぎにした。

仕事が少し落ち着き、集中力が切れた人がスマホを見るような時間。写真は、窓際のテーブルに置いたノート。



投稿後、私はスマホを伏せた。


「また見ない?」


「見ない」


「何時間?」


「夜まで見ない」


「気になりすぎて死にそうじゃない?」


「死なない」


「強いね」


「強くないよ。」


その日は本当に見なかった。家に帰り、夕飯を作り、子どもたちを風呂に入れ、美月の音読を聞き、悠真の連絡帳に判を押した。亮平は少し遅れて帰ってきた。


「今日はほんと疲れた」


そう言って、ソファに沈み込む。


私はお茶を出しながら、何気なく言った。


「展示会、そんなに大変?」


「まあね。営業企画が細かいからさ」


営業企画。玲奈の部署。


亮平は、もう名前を出しそうにはならない。

以前のような小さな綻びは見せない。

浮気を続けるために、家庭の中では余計な個人名を出さない。そこが、逆に腹立たしかった。


この人は馬鹿ではない。だからこそ悪質なのだ。


「向こうが資料まとめてくれるから。こっちは確認するだけで済む時もあるし」


「いい人たちなんだね」


亮平は少し笑った。


「まあ、優秀だよ」



その声の温度を、私は聞き逃さなかった。


優秀。


ただの同僚への評価としても使える言葉。

けれど、そこにはほんの少しだけ私生活の影が混じっていた。


「よかったね」


「うん」


夜、亮平が風呂に入ってから、私は古いスマホを確認した。通知がいくつか来ていた。勉強会の主催アカウント。

広報関係の人。

前回も反応してくれた女性向けメディアの編集者。


そして、白い花のアイコン。

今度は、いいねだけではなかった。



『すごくわかります。欲しい言葉をくれる人がいると、それだけで救われた気持ちになってしまいますよね。』



私は画面を見つめた。白い花のアカウントが、初めて言葉を返してきた。



麻衣へすぐに送りたい衝動を抑えた。夜に連絡しない。

そう決めている。亮平がいつ風呂から出てくるかわからない。今ここで古いスマホを握りしめている姿を見られたら、それだけで危ない。私は返信しなかった。

すぐに返すのは不自然だ。

高瀬律子は、夜中に誰かのコメントへ飛びつく女ではない。



画面を閉じ、古いスマホを引き出しの奥へしまった。

心臓が静かに速かった。



玲奈かもしれない女が、私の言葉に自分の気持ちを重ねてきた。欲しい言葉をくれる人。救われた気持ち。


その人は亮平なのか。

亮平は彼女に、どんな言葉を与えているのだろう。


「妻とは終わっている」


「君だけがわかってくれる」


「離婚は簡単じゃない」


「もう少し待っていてほしい」。



そんな安い言葉でも、玲奈は救われた気持ちになるのか。

その裏で私や子どもたちが、どんな場所に置かれているかも見ずに。



翌朝、亮平は予定通り外で仕事をしてくると言って出かけた。日曜の午前。


ジョギングウェアではなく、カジュアルなシャツとパンツ。手にはノートパソコンの入ったバッグ。

子どもたちは朝食中だった。


「パパ、今日走らないの?」


「今日は仕事。昼までに終わらせてくる」


「日曜なのに?」


「大人は大変なんだよ」


亮平が笑う。


私はトーストを皿に置きながら言った。


「どこのカフェ?」


「駅前のところ。混んでたら別の店にする」


曖昧にしている。行き先を固定しない。

後で言い訳できる余地を残す。


「わかった。気をつけてね。」


亮平が出ていった後、私はすぐには古いスマホを見なかった。その代わり、高瀬律子として白い花のコメントへ返信する文章を考えた。



返信の推敲

欲しい言葉は、時に薬にもなりますよね。でも、薬が効いている間だけ見えなくなる痛みもある気がします。


強すぎる。踏み込みすぎ。


そうですね。誰かの言葉に救われることはありますよね。

だからこそ、その言葉を信じている時の自分が、何を我慢しているのかも大事にしたいと思います。

これなら、玲奈は逃げない。

否定していない。でも、奥へ進む道を残している。



その時、古いスマホが震えた。南條からだった。


本日、ご主人の行動確認中。駅前カフェには向かわず、桐島玲奈の居住マンション方面へ移動。詳細は後ほど

予想通りだった。仕事ではない。駅前のカフェでもない。

日曜朝の言い訳が変わっても、向かう先は同じ。

亮平は、また玲奈のところへ行った。


夫は愛人の部屋へ。

妻は愛人の心の中へ。


同じ日曜の午前、

私たちは違う入口から、同じ女へ近づいていた。

亮平は今、玲奈の部屋にいる。

私はキッチンで子どもたちの昼食を準備している。


そして今日、私は初めて、

高瀬律子として玲奈に言葉を返す。

最後までお読みいただきありがとうございました少しでも心に残るものがありましたら、リアクションや評価のお星様をポチッと押していただけますと、とてもとても嬉しいです。

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