三十九、結節点からその先へ
「お聞きしたいことがあるのですが……あ、その前に、あなたのことは導さん、とお呼びしてよいのでしょうか」
「構わない。言いたいことは?」
「その、……これ一つで絶対に、その最悪の未来を回避できるような方法はないというのは、分かりました。であれば、今この場に集まったみなさんがそれぞれ何をすれば、可能性を少しでも低くできるか、そのヒントはいただけるのでしょうか?」
「なるほど。それは可能だ」
導が急に素直になった。真鈴さんの物言いがいたく気に入ったようだ。真鈴さんはこうした人たらしなところがあるのがいい。
「まず、そこの。玲央といったか」
「は、はい」
「君に一つ、情報を渡す」
真鈴さんのことを考えていたら、まず一番に名前を呼ばれた。俺の脳内に、一人の女性の写真が流れ込んできた。真鈴さんにも同じものが共有されたようで、俺の方を見てきょとんと首を傾げた。俺には、確かに見覚えがあった。
「この人は……」
「ご存じなのですか?」
「下市玲央の高祖母、柔らかい言い方をすればひいひいおばあちゃん、だ」
「ずいぶん前の方、ですね……」
「1900年ちょうどの生まれだからな」
「そんなに……でも玲央さんがご存じということは、有名人なのでしょうか」
「確か、京都大学……当時は京都帝国大学だったけど、そこの初めての女子学生だったって聞いたことがある」
「……っ!」
そうだ、思い出した。小さい頃にじいちゃんがしきりにその人の話をしていて、じいちゃんが亡くなって遺品整理をした時にもいくつか遺品が出てきていた。それぞれがどういうものか俺には理解できなかったが、記憶には残っている。
「名前を鳥羽桂子という。彼女が旧人類の代表として、超能力を携えてやってきた新人類と戦っていた。結果的に敗北したから、子孫にその話は継がなかったがな」
「実感は、湧かないけど」
「その歴史を今から変えることは過干渉ゆえできん。だが、過去に思いを馳せ、祈ることはできる。その祈りを過去に届けることなら、私にも可能だ」
「祈り……でも、もしその祈りが届いて、逆に旧人類が勝ってしまったら、歴史は変わりますよね」
「その通りだ。だがその場合、超能力も大正期の日本から淘汰され、最悪の未来へ行き着く可能性は大幅に下がる」
桂子さんは有名人なのかもしれないが、その時代にどんな生き方をしていたかまでは分からない。そういう日々の暮らしも含めて、おそらく子供たちに語り継がなかったのだろう。となれば、俺にできることは本当に祈るくらいだ。
「それから、真鈴」
「は、はいっ」
「君は確か、子供を産めない体質だったな」
「……それは」
「星芒市が生み出してしまった成果の一つだ。人間の女性どうしで子孫を残すことができるようになった代わりに、その技術で生まれた子供は生殖能力を欠く。生命倫理を軽々と踏み越えた時点で私には制御できぬものとなっていたが……因果とは憎めぬものだ」
「でも、納得はしています。自分がそういう存在だと、整理はつけているつもりです」
「深層心理を抑圧してなおそのように夫に伝えることが、君にとって本当に心情の整理になるか?」
「……っ!」
真鈴さんのお母さんに話を聞いて、真鈴さんの体質については理解していた。子供が持てなくても仕方ない、俺たち夫婦としてはそれでいいと。ただ、話し合って決めたその結論が、これからもずっと死ぬまで同じであり続けるかどうか。今はそれでいいと思い込んでいるだけなのかもしれない。
「星芒市には王がいた。柏菖蒲と真鈴での実験結果を基礎として、女性どうしで子孫を残すための研究が進み、完成した結果生まれた子だ。まだ生まれて一年も経っていない」
「そんな小さい子……幼児でもない、ということですよね」
「そうだ。しかし生まれながらにして『資源』としての素質を持っていた。かつて人間の超能力研究が『転生者』を犠牲としていたことをなぞらえる形だ。星芒市の研究者たちは王の力を使い潰して、独自性の高い研究を進め続けた。だが星芒市は間もなく解体される。研究者たちは軒並み審判にかけられ、たとえその罪が軽くなろうと残りの人生は塀の中で過ごすことになる。加えて、王の身に余る力を真の意味で制御できる人間はこの世には存在しない。……女性どうしから生まれたという同じ境遇ながら、『持たざる者』である女、ただ一人を除いてな」
「あの……で、でも」
「君という唯一の引き取り手が断れば、身寄りを期待できぬ王は斃れるのみだ」
「私が、断れば……?」
「しばらくはこの生意気な女が預かってくれるやもしれん。が、この女も星芒市の後始末に研究機関の事務処理と雑務に追われる」
「言ってくれるね、別にその王とやらの面倒を成人まで見るなんて無理だ、とは私は一言も言ってないよ」
「私には君ですら音を上げている姿が視えているがな。それに蓬、君には別の仕事がある」
「私にも押しつけるのか」
導が今度は蓬さんの方を見る。やはり真鈴さんの時とは態度が少し変わった。
「かつて君が支援していた子たち……そこに進展があったと言えば、分かるな?」
「そこまで視られていたなら、もう何も言い返せないね」
「よもさんが何か支援を?」
「……私が『聖域なき浄界』を解散させる少し前に、ほんのちょっとね。何とか離脱した二世信者の男の子と、その子に付き添った魔竜族の女の子に、個人的に援助をしていた」
「魔竜族……そんな存在が、現実にいたんですか」
「本来は『転生者』として呼び寄せたつもりだったんだ。無論、超能力研究に利用するためにね……けれど竜の血を引くこと以外は特筆すべき点がなくて、持て余していた。2024年以降『転生者』を呼び寄せることはできなくなったから、その子が最後の『転生者』だ」
「超能力科学の研究者であったと名乗るのであれば、その面倒も最後まで見るのが筋だろう。理論的な君なら納得できる話と思うが」
「そう言われてしまうとね……結局、仕事が増えただけか。いくらかは髙橋と三嶋に投げることも考えないと……」
それぞれがそれぞれにやることを抱えている。それらが未来を変えることにどう結びつくのかは、やってみなければ分からないということなのだろう。神様が分からないのなら、俺たちに分かるはずもない。ただ逆に言えば、無限の可能性が広がっていることをも意味する。
俺と真鈴さん、そして蓬さん。過去のどこかに叶えたかった「生き方」を忘れてきた俺たちは、「誰かのために生きる」ことを見出して、またそれぞれに歩み出す。
ふと目が合った真鈴さんは、今までで一番どきっとしてしまうくらい、晴れやかな表情になっていた。
―完―




