三十八、過去と未来の交錯点
「……そうか」
目を覚ました蓬さんは、なぜ自分が生死を彷徨うほどの怪我で入院しているのかすら理解していなかった。髙橋さんが全てを説明し終わった後、蓬さんは静かに、寂しそうにそうつぶやいた。奇しくも、その姿は蓬さんにあったもう一つの人格「ハトミヤ」に酷似していた。
「ひとまず……星芒市を止めることは、できたんだね」
「ええ。後始末は、私と三嶋を中心に進めます」
「おい、俺はやるとは言ってねえぞ」
「そんなことを言っても、京都で動けるのは三嶋さんと藍さんくらいでしょう。事情を知っていて働ける人間にはしっかり働いていただかないと」
「つってもなあ……」
「星芒市にはまだ我々の知らない未知の科学が埋もれている可能性があるんですよ。それを掘り出すのも面白いと思いませんか」
「まあそれは認めるが、そんなに簡単に見つかるか?」
「女性どうしでの子孫繁栄の技術を創り出した街ですよ? もっと突拍子もない技術が眠っているかもしれません。……まあ、その分生命倫理のせの字もないかもしれませんが」
五十代のおじさんが年甲斐もなくはしゃいでいる様子を見せられた。こう見ると三嶋さんの方が落ち着いているようにすら感じる。
「生命倫理もクソもねえんじゃおしまいだろ。どんだけ画期的でも、ロステク化して、そのうち丸ごとなかったことになるのがオチだ」
「どのみち超能力科学は終わりです。星芒市の件が明るみに出るのは時間の問題ですし、元凶はやはり超能力科学ですから。吹田派の意見がいよいよ通ることになる。であれば、今のうちから、今後の身の振り方を考えておかねばなりません……その時に、私は、やっぱり研究者でありたいと思いました。もっと、人の役に立つ理由を堂々と言える研究に携わりたい。彼女の言葉で改めて、目が覚めましたよ」
髙橋さんが真鈴さんの方を見る。少し驚いて目を丸くして、真鈴さんは恥ずかしそうにうつむいた。
「……おい、それじゃ俺がまるで何も考えてねえバカみてえじゃねえか」
「そこまでは言っていませんよ。ただ……『聖域なき浄界』や鳩宮つぐみのことが心底嫌になって研究者側に来た三嶋さんにとって、今がセカンドライフを考え直すタイミングだと私は思います」
「チッ……よく言うぜ。髙橋、お前もそっち側の人間だろうが」
「まあまあ。髙橋、三嶋。私にとっては二人とも大事な仲間だし、少なくとも私の前では仲良くしてほしいな」
「さっきのお嬢さん見てからだと、余計調子狂うな……」
蓬さんが深呼吸を一回経て、また落ち着いた様子で話し始めた。
「髙橋は、どんな形であれ研究者を続けると思っていたよ。三嶋は……そうだな、確かに研究者以外の道を考えてみるのも、いいのかもしれない」
「お嬢さんまでそんなこと言うか」
「私の研究機関ももうすぐ解散だ。吹田くらい極度に進んだ研究をやっていた人間なら、大学でも国の研究機関でも引っ張りだこだろうけど、京都だとそうもいかない。藍もそう思うだろ?」
「……まあ。京都の研究は、科学とは少し距離を置いているから。それより、私のことは許してくれるのね」
「藍は何もしてないんだろ? どちらかというと奏だ。でも、奏も悪いことをしたとは思ってない。私を助けるために、銃を持ってくれたんだろうし」
もうすぐ来るよ、と蓬さんがつぶやくのとほとんど同時に、病室のドアが開いた。そこには蓬さんを狙撃した時と全く同じ服装の奏がいた。
「奏……!」
「早かったですね。『再設定』の勘は、そんなに簡単に戻るものなのですか」
「これくらいは深層意識でもできるさ。……おかえり、奏」
「僕の方こそ、母さんは許さなさそうだと思いましたが」
「許す許さないの話じゃないよ。でも、最初から私に計画を打ち明けてくれていれば、ここまで事態は複雑にならなかったのにね」
「母さんはもう一人の人格に記憶と体を支配されてたんですよ。そんなことをしたら計画はすべて破綻します」
「分かってるさ。それに、結果的に星芒市は崩せたし、奏の判断は正しかった」
奏と蓬さんがそこまで話したところで、ふわっと導が立ち上がった。
「親子の感動の再会に水を差してしまって悪いが、私が降り立った意味はもう一つあってね」
「『新人類』と『旧人類』の話かな」
「話が早い」
俺は一度聞いていたが、真鈴さんは初耳だったので蓬さんから説明される。およそ100年前に「新人類」が超能力を携えてやってきて、「旧人類」をほとんど淘汰してしまったこと。今いる日本人のほとんどは「新人類」の子孫だが、わずかに「旧人類」が残っているということ。「旧人類」はどんな方法を使っても超能力に適応できない点で判別でき、俺がその一人であること。
「ということは、真鈴さんは」
「いや、君も旧人類の側だ。仁方蓬があっさりとあの街から救い出せて、かつ研究者たちもあっさりと諦めたのは、超能力を獲得できない体質だったからだ」
「星芒市の研究者は旧人類とか新人類の話を知らないから、真鈴さんのことをただの失敗作だと思ってたってことか」
その方が結果的に俺は真鈴さんと一緒になれて助かるが、星芒市にとっては惜しい人材を手放したことになるのかもしれない。
そこからは蓬さんが何か言いたそうにしたので、導もそちらを向いた。
「まさか過去に干渉して、『新人類』に淘汰されないように歴史を変えると?」
「私がやってもよいが、それは君たちが望まぬだろう。私の力では選択的に『新人類』のみを殺すことは不可能だ。全員殺してもよいならそのようにするが」
「それは困る……でも、あなたは正解を知っている。『新人類』に淘汰されてしまった時点で、あの人の憂いていた未来にたどり着くことが確定してしまうと。たとえ超能力研究を完全に亡き者にしたとて、変わらないのかな」
「変わらない。『新人類』は愚かしさの集合体であるがゆえに、近いうちに必ず似たような学問を興し、繰り返す。人間とは究極に物事を学習しない種族だからな」
「だったら、どうすればいい?」
「画期的な方法はない。君たちの見つけた『最悪の未来へ向かい得る可能性』を一つずつ、地道に潰してゆくしかない。そしてどれだけ可能性を潰せばどのような未来に流れ着くかは、私にも分かり得ない」
「神様でも分からないことはあるんだね」
「君も奴ほどではないが不敬な物言いがあるな……やはり同じ体に宿った人格、ということか」
導がため息をつく。結局どうあがこうと、蓬さんたちが言う最悪の未来にたどり着いてしまう可能性は残り続ける。つまりどれだけ頑張っても無駄なこともあると言われているようなものなのに、唖然としたり、絶望したりする人はその場にはいなかった。俺にとってはそれがすごく、安心できる景色だった。
「あの」
不敬という言葉に一瞬場がぴりつく。そこでできた沈黙を最初に破ったのは真鈴さんだった。
「お聞きしたいことがあるのですが」
真鈴さんの透き通った声を聞いて、導の表情が和らいだように見えた。




