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27 真の怪物。


     @


 あとで聞いた話である。


 鎮軍の将軍ソップは郷から現れる大男を見て、眉をひそめた。


 やけに堂々としていた。それだけでなく、その体躯、足運びに見覚えがあった気がしたのだ。


 ソップは目を細めて大男を見た。思い出せそうな気がしたが、結局思い出せなかったので諦めた。生真面目なソップの記憶の中には政軍問わず大量の容姿が名簿とともに蓄えられている。その誰かと似ているだけなのかも知れなかった。


 鎮軍の将軍ソップは帝国の名家の出であり、通常なら官僚になるところを、その座に宿った獣の力によって軍に入隊した。そして本人の能力と親族の力で順調に出世を重ね、二年前まで皇帝に近侍する禁軍の百人隊長とまでなっていた。禁軍の百人隊長は国軍では千人長に匹敵し、さらに皇帝に近侍するということは出世が約束されているも同然であり、実際、この地域の鎮軍に転属するに当たって将軍位を得て、『栄転』という形でやってきた。


 三十八歳だったソップは最初の挨拶で「私は五年以内に禁軍に将軍として戻ります。その際に、十名連れて行きます。私の帷幕に入る気概がある者を、この機に見つけたいと思っていますので、励みなさい」と告げて部下たちを競わせた。また、徹底した時間管理を行い、厳しい訓練を続けた。さらにのろしを利用した情報収集網を確立したことで、この地域の治安は一年ほどで驚くほど強化された。


 自ら鍛え上げた軍を率いたソップは、槍を担いで出てきた男を騎乗したまま見下ろした。


「投降する気ならば槍を捨てなさい」


 男はへらっと笑った。


「馬鹿を言うなよ。なんで俺が投降すんだよ」

「二百騎の騎兵相手に抵抗しても無駄ですよ」


 ソップがやや語気を強めていうと、男は周囲を見回し、


「なかなかいい軍だな。動きに乱れがない」

「お前如きに何がわかるというのですか」

「分かるさ。そもそも騎兵のみ突出して動けるだけでたいしたもんだ」

「……軍にいた経験があるのですね。なるほどその体格なら納得できます。しかし」


 ソップは幻力(ルン)を起動した。幻力(ルン)が身体全体に満ちた。


「真の軍とはどういうものか教えてあげましょう」

「ほう」

「怖じ気づきましたか」

「悪くないな。それくらいできたらうちの軍でもやっていけたぜ? まぁ、十人長はぎり無理か……伍長だな」

「馬鹿馬鹿しい。」


 そう言いつつ、ソップはわずかに怯んでいる自分を感じていた。その怯みを振り払うように大刀を抜いた。偃月刀ともいうそれは比較的短い柄の先に反りが大きく分厚い刃が付いたポールウェポンだった。非常に重たく扱いが難しい武器だが、ソップは日々鍛えることで自在に扱う事ができるようになっていた。


 騎馬を巧みに操ってソップが斬りかかった。その鋭い斬撃を男は槍を振るって受け止めた。男の動きは粗野な態度とは真逆で洗練の極みに達していて、ソップは驚いた。驚きながらもさらに数合刃を交わしあった。ソップの攻撃はすべていなされ逸らされ弾き返された。金属と金属のぶつかる音が止んだ瞬間、ソップの部下と、男の背後に現れた男の仲間と思われる男たちの間からどよめきが発せられた。


 ソップは騎馬を男から離した。負けるとは思わなかったが、簡単に倒せるとも思えなくなっていた。


「……それほどの腕。何者ですか?」


 男は槍を担ぎ直した。


「亡霊さ。十年前のな」


 十年前と言われてソップは目を見開いた。


 十年前、帝国を揺るがす事件が起きたことを思い出したからだった。そして当時禁軍にいたソップはそのただ中にいた。


 その上その事件はいまだ帝国にしこりを残している。


「……まさか、覇王将軍を僭称した反逆者の仲間ですか」

「イスカンダル将軍の麾下で戦っていたバンガオだ」


 ソップはいよいよ驚いた。思わず姿勢を正していた。


 仲間どころかバンガオはイスカンダル二十四将の一人だった。つまり暁軍と謳われたイスカンダル軍の幹部の一人で、当然ソップも名を知っていた。その戦いぶりが歌となって市井に流布された英雄のひとりだった。


 イスカンダルが宮廷から消えていなくなったあと、五十万を呼号する国軍のうち二十五万が一万のイスカンダル軍の反抗を抑えるために向かわされた。だが、イスカンダル軍の居留地はすでにもぬけの殻となっていた。イスカンダル軍の幹部は莫大な賞金を掛けられ帝国中に手配されたが、捕まえることができたのはわずかに三名。残りの者達の行方はようとして知れなかった。


 その一人が目の前にいた。


「……まことですか、それは、いや、あなたがただものでないのはわかっていますが」

「こんな嘘はつかねぇよ。そもそも将軍をお守りすることができなかったってのは恥の記憶だ」

「しかし、帝国の反逆者であることは間違いありません。ここで姿を見せたのが運の尽き。我が名誉に賭けて討ち果たします」

「おう。やれるもんならやってみろ」


 バンガオは槍を構えた。それだけで身体が大きくなったように見えた。


 ソップは騎馬を降りた。騎兵と歩兵であれば一般的には騎兵が有利である。だが、法術を絡めた戦闘になると、騎乗では反応がわずかに遅れる。だから降りた。


 降りてソップは偃月刀を構えた。


 幻力(ルン)を大きく流動させる。


 それを見て、バンガオもまた幻力(ルン)を起動した。

 ソップは表情が変わるのを必死に押さえ込んだ。それほど強烈な幻力(ルン)だった。

 幻力(ルン)の密度では明らかにバンガオが上。

 だがソップの座には雷獣がいる。法術の種類も多い。また雷獣の力は初見殺しと言ってもいい。


 おそらくバンガオも座には獣がいることは間違いないだろう。座の獣の種類が勝負を決める、とソップは思った。そう思い込んだ。


 まずは法術無しでお手並み拝見、とばかりにソップは大きく踏み込み、偃月刀を振るった。十キロ以上ある偃月刀が凄まじい勢いで横に振られる。

 それをバンガオの槍が上に弾いた。弾かれた偃月刀は空中で翻って、そのまま真下に振り下ろされる。


 それを槍が受け止めた。ぎりぎりと金属を削りあい、数瞬後に離れた。


 そのあとも繰り返し偃月刀と槍が交わり激しい音と火花が舞った。


 先ほど騎兵と歩兵として刃を交わせた時よりも、遥かに幻力(ルン)を込め速度を速めた一撃であったが、まるで同じ光景が繰り返された。


 なるほど。


 粗暴のように見せて極めて基本に忠実な槍術だ、とソップは思った。我流ではなく師について学んだものだろう。


 ソップの刀術もまた都の師範に習ったものであり、そこで教わった套路とうろを今なお繰り返し洗練を進めている。


 つまりお互いに理論的な技術を擁しており、簡単には決着が付かないと思われた。


 だからこそ。


 ソップは敢えて最初とまるで同じ動きのまま、偃月刀を横に振るった。だが今回は仕掛けがあった。法術を使っていたのだ。前と同じに見えるがこの偃月刀をそのまま弾けばソップの座にいる雷獣が纏わせた雷撃によって最悪気絶さえある。


 だがバンガオは気づいたようだった。

 偃月刀を今度は弾くことなく、敢えて大きく飛び下がって一撃を避けた。


 空気に焦げるような匂いが混じる。


 ソップはチャンスと見て踏み込んで追撃を放った。


 だが今度はバンガオはそれを槍で受け止めた。


 受け止めた瞬間、金属同士がぶつかったとは思えない破裂音がした。バンガオもまた法術を使いそれでソップの法術を受けたのだった。


 目をこらすとバンガオの槍に幻力(ルン)の揺らめきが見えた。


「……そう簡単にはいきませんか」

「そりゃそうだ。そんなこったろうと思ったぜ。にしても雷獣とはな。変わった獣をもってるじゃねぇか」

「……」


 バンガオは大きく両腕を開いた。


「じゃ、マジでやるって事でいいな」

「……お好きに」

「始めるぜ?」


 次の瞬間、ソップは顔に風を感じた。それほどの幻力(ルン)が目の前の男から迸っていた。一人の人間が放つ幻力(ルン)とは思えなかった。もともと強大な幻力(ルン)を持っていたが、それが倍以上に膨れあがっていた。


 ソップは愕然とした。自分が相対している者が、暁軍の二十四将と呼ばれていた相手であったことを強制的に思い出さされた。

 

「俺の座の闘神ーーを放獣(アラベスク)する。こよ!」


 巨大な影が顕れた。


 ソップはそれを呆然と見上げた。放獣は最上位の技術である。獣を座から外に出し、なおかつコントロール下に置くのは獣とどれほど関係性を築いているかが重要になる。


 バンガオは、闘神と呼ばれる扱いづらい人型の『獣』をそこまでに馴染ませ(・・・・)ているのだ。


 一対一など配慮している余裕はなかった。


 ソップは、自らも雷獣を出し、さらに放獣を使える部下たちに放獣を、法術を仕える部下たちには法術の使用を裏返った声で命じた。


 一対二百の全面戦争だった。

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