28 とんでもない。
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俺は目の前で繰り広げられる戦いを見てつばを飲み込んだ。
巨人と怪物が戦い、戦士と戦士が戦っていた。
とんでもない戦いだった。
それは格闘ゲームのようだった。
それはなろう小説のようだった。
それはマンガのようだった。
それはアニメのようだった。
俺がゲームだったり小説だったりマンガだったりアニメだったりで「ふーん」とか「はーん」と言いながら摂取してきたはずの平凡な(?)バトルシーンは、目の前で実際に見ると「うげ」とか「グガ」としか言えなくなるほどの迫力があった。空気が震え、匂いが変わり、そしてなによりもことあるごとにいちいち肉体が反応するのだった。腹を撃たれれば腹がビクッとして右腕が落とされれば右腕がビクッとした。画面の中の花火大会と直接見た花火大会くらい違った。脳髄に届く凄まじい迫力だった。これまでエンタメのバトルシーンで生ぬるく感じていたのは、単に俺の想像力が足りてないだけだった。前の世界でいい加減に見てきた各種コンテンツに謝りたかった。
お詫びの気持ちと共に俺は瞬きも忘れて戦いを見続けた。
しばらく息を止めて観戦を続け、それから思い出したように俺は自分の手を見た。
いつか俺もあんな風に戦えるようになるのだろうか。
そんなことを考えていた。
俺にもなんだか力があることはわかっていたので、もしかしたら鍛えれば俺もああなれるのかも知れなかった。だがそもそもあんな化け物をどこから喚んだのかわからなかったし、なにより訓練は大変そうだった。だが俺は今回姉を守ることができなかった。ならばがんばるべきではないか。でもがんばるのは大変だと知っていた。日本でも程々にしかがんばらなかった。甲子園も目指さなかったし、東大に行こうとも思わなかった。がんばれた人たちはみんなそれが好きだった。俺は訓練は好きではない。もっとも姉は好きだ。姉のためなら頑張れるのだろうか。
ぐるぐる思考が空転し続け俺は混乱することしかできなかった。混乱しながら食い入るように戦いを見続けた。
俺が我に返ったのは俺の服の裾を引く手があったからだった。
振り向くとマイアがビックリするくらいに顔を近づけていた。
突然のことに俺はドギマギしていると、マイアはさらに顔を近づけてきて俺の耳に息を吹きかけるように、
「アルカス、今のうちに逃げよう……大丈夫。みんなこっちを見てない」
……は?
なんかエッチなことを言われるかと思っていたら、まったく違った。当たり前だった。俺は羞恥心で顔に熱を感じながら慌てて周囲を見回した。
バンガオと鎮軍の将軍が戦う横で、三面六臂の異形の巨人と奇っ怪な四足獣が戦っていた。その横で鎮軍の兵士達が異能を振るい、盗賊団の戦士が異能で対応していた。
鎮軍の兵士の方が数は多いが、三面六臂の異形の巨人が強すぎた。四足獣をあしらいながら、ところどころ盗賊の味方をするムーブで拮抗状態を作り上げていた。
「た、確かに」
「今なら逃げられるよ」
「う、うん」
マイアは俺の手を取り、その手に力を込めた。俺もその手を握り返した。
俺はマイアに手を引かれながらいた場所をそろりと離れた。
逃げはじめると改めて気づいた。戦いはあちこちで行われていた。組織だった戦いと言うよりは、個と個の戦いが至る所で発生している、という感じだった。
つまり乱戦状態だった。
村の中どころか村の周囲でも敵も味方も入り乱れていて、どこに逃げればいいかわからなかった。
とにかく俺たちは目の前の闘いを避ける、という感じで、右に行ったり左に行ったりした。
マイアと俺は必死に走った。
走っているうちに訳が分からなくなった。
どこにも逃げる場所がなかったのだ。
盗賊が敵なのは明確だったが、鎮軍が味方かもわからなかった。
さんざん彷徨ったあげく結局俺とマイアが村から出られないまま燃え残った家の影で息を殺していると、すぐ近くで闘いが始まった。
人間同士の闘いとは思えない爆発音が起こって俺とマイアが隠れていた家の壁を震わせた。
爆発は散発的に続き、ここに隠れている方がより危険だと俺が思ったとき、同じ事を思ったのかマイアが俺の手を強く引き、
「別の所へーー」
そう言って二人が家の影から飛び出した瞬間だった。
すぐ横で爆発が起こり、何かが俺の側面を叩いた。俺の体が浮いた。
視界がブラックアウトした。
音も不思議なほど何も聞こえなかった。
瞬間、意識が飛んでいたのだろう。
地面に投げ出されその痛みで覚醒した俺の上にマイアが守るように覆い被さった。
地面の固さと瓦礫が俺の背中を刺し、その上からマイアの柔らかい身体、さらにその上から崩れた家が轟音を立てて俺たちに降り注いだ。
俺はそのすべてをただ受け入れることしかできなかった。
時間の感覚が無くなっていた。
俺の鼓膜がようやく機能を取り戻した。
俺の顔のすぐ近くにあったマイアの顔が震えながら離れた。
マイアが無理に笑みを浮かべた。
「……だい、じょうぶ?」
「……う、うん」
「……よ……かった……」
俺は瓦礫を払いのけ身体を起こした。姉がぐったりと倒れ込むのを慌てて支えた。
脳にダメージがある場合揺らすのは厳禁だ。
俺は姉をそっと地面に寝かせ、それから必死に呼びかけた。
姉は三度目の呼びかけで、うっすら目を開いた。
「姉さん! よ、よかった……大丈夫? どこか痛いところはない? ごめん。俺がふがいなくてーーすぐに病院にってここ病院とか無いのか! くそう」
俺が姉の右手を握りしめて半泣きで言うと、姉は微笑みを浮かべて俺の頬に手を当てた。
「ごめんね……違うの。私はあなたの姉じゃないの。私はあなたの知らない場所から来たの……ごめんね。私の本当の名前は、目黒遙香って言うのーー」
「!」
俺は驚愕した。
とんでもない告白だった。目黒は俺の苗字だし、目黒遙香は俺の奥さんだ。
「ちょ、ちょっと、姉さんっていうか、遙香!? え?」
声が聞こえているのかなんなのか、姉は微笑み、それから俺の手を握り、そのまま意識を失った。
マイアの力が抜け、滑らかなマイアの手の感触が俺の頬を通り過ぎ、地面に落ちた。それからマイアは動かなくなった。
俺の視界が真っ赤になった。
次の瞬間、俺の中から何かがあふれた。俺の影が突然広がり、あらゆる影を飲み込み、この地表をテクスチャの様に張り付きながら拡がり続け水面のように波打った。
そして俺は意識を失った。
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