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27/32

26 敗北。


     @


 時間が経った。体感二時間くらいだろうか。


 俺とマイアはいったん郷の中に移動し、そこでぼんやりと待ち続けた。

 身体はようやくまともに動くようになった。

 その間、郷の中に入り込んだ盗賊達は次々と郷の財産ーー農具や食料などを運び出してきて、郷の中央の広場に積み上げていった。

 一方、その中に人間はいなかった。死体もカイザのもの以外はなかった。


 皆逃げられたのだろうか。フィリアは無事だろうか。なんにしろ俺の抵抗は時間稼ぎという意味では成功したと言えた。


 そう考えると少しだけ心穏やかになった。


 だが哀しかった。父を助けられなかった。


 俺は役に立たなかった。俺は郷の誰よりも強いつもりでいた。実際強かったと思う。だから天狗にもなっていたのだろう。


 だが俺の自信の源はこの世界の『座』という魔法のような力であり、郷の中には俺と同等の力を持ったものがたまたまいなかっただけで、強力な『座』を持つ相手であるならば、俺と同等以上の強さを発揮するということも全然あり得たのだ。俺がその可能性に思い至らなかっただけなのだ。


 父親に対する申し訳なさに穴があったら隠れたい気持ちになっていた。


 俺が敵わなかった相手ーーバンガオは襲撃には参加せず、俺たちの近くの小さな岩に腰を下ろして、ぼんやりと郷の方を眺めていた。


 それからふと立ち上がってどこかに行くと、パンとも饅頭ともつかぬものを一つを口にくわえ、二つを左右の手に持って戻ってきて、その手に持った二つを俺に向けて突き出した。


「食え。アルカスだったな」


 俺が戸惑っていると、


「ガキは遠慮なんかするんじゃねぇよ」


 俺の手の中に二つ押し込んで、自分は口にくわえたものを食べながら、


「それに食っておいた方がいいぞ。目の届く範囲にいりゃあ守ってやれるが、俺はザエロ殿じゃねぇ。百も目はねぇからかならず見えない場所ができる。そうするとお前はあいつらの食い物にされる。それをかばってやるほど、お前に義理はねぇ……お前の女を守れるのはお前だけだぞ」

「女って……姉です」

「姉を守ってんのか。えらいな」

「……さっきの百の目ってそういう異能を持った人がいたんですか?」

「ああ。俺と同じ二十四将の一人だ。いい奴だった。ま、二十四将なんて言われているらしいが、俺らにそんな気持ちはねぇよ。ただの百人将だ。それが二十二人いたってだけだ」

「二十二? 二十四ではなく?」

「残りの二席は双璧ーー文字通り、右腕と左腕と呼ばれていたお二人だ……今は何をしているかは知らねぇが、双璧の方々もお一人で一軍と戦えるようなお方だった。きっと生きているはずだ。そう簡単にはどうこうならん。俺と同じで、イスカンダル将軍の復活を待って雌伏されているんだろう。いつか必ずもう一度集まってーー」


 最後は呟きのようだった。

 もともと有名な軍人だったようだし、バンガオにも色々あるのかも知れなかった。


 とにかく飯を食っておくべきだという言に俺は納得した。

 俺は一つを姉に渡し、残った一つを食べ始めた。冷め切った饅頭で中には豆で作られた餡が入っていた。



 やがて郷のすべてを奪い尽くしたのか、頭目の号令一下、盗賊達が郷のあちこちに火をかけた。


 家々は決して立派なものではなく、掘っ立て小屋というよりは竪穴式住居といった方が正しそうな貧弱な建物であったが、馴染みがありそれが失われるのは哀しかった。


 燃える家を見ながら、自分の将来が改めて不安になった。今まで考えてこなかった恐怖が洪水のように押し寄せてきて、腹の底から、恐怖を感じた。自分は一体どうなるんだろう、と思った。


 バンガオの傍らにいる限り自分たちが殺されることはないだろう。


 だがそれは盗賊団の一員になると言うことを意味しているように思えた。


 絶望的な気持ちになった。


 そもそも姉はどうなるのだろう。


 盗賊団に女性はいるのだろうか。盗賊団の誰かの妻にされたりするのだろうか。それは絶対幸福になれないルートに思えるが、女性は好きな相手と添い遂げられたらそれでいいのかも知れない。好きになることが前提だが、盗賊を好きになれたりするのだろうか。


 考えれば考えるほどぐるぐるしてきた。


 いっそ逃走を試みて殺された方が幸せかもしれない、と思った。


 そんな夢想は盗賊の一人が駆け込んできたことで破られた。


「鎮軍が来たぜ!」


 バンガオが地面に突き刺していた槍を掴み、


「来たか!?」


 と立ち上がった。


「どこだ?」

「に、西側です。二手に分かれてこの郷を囲うみたいに動いてます」

「おう。いいな! どれ、様子を見てみるか」


 バンガオがいそいそと郷の西側に向かった。

 バンガオの姿が見えなくなると青い顔をした盗賊の一味が頭目に向かって、


「ち、鎮軍相手に本気で戦うんですかい?」

「そりゃ、まぁ、そうなるだろ。俺らもそろそろ名を上げる時期だろうし」

「いや、盗賊団なんだから、ひっそりでいいじゃないですか……」

「お前はあれか? 初代皇帝の出世物語を知らんのか?」

「いや知ってますよ?」

「男だったらあーいう風になりたいだろうが。初代皇帝はただの平民からのし上がったんだぞ? 最終的には奥さん二十人いたんだぞ? 一番若い奥さんは十三歳だぞ? 羨ましいだろうが!」

「ど、どうですかね」

「あー、じゃあ、俺がこの辺支配してもお前には郷の一つも任せねぇ。バランとコーアにはいい郷を選んでやらねぇとな」

「え? お、俺もジルガンの鷹立ち上げからずっと頭目と一緒にいたのに?」

「やる気のねぇ奴に郷は任せられねぇよ」

「いや、やりますよ! 俺もやれるって! バランとコーアには負けねぇ」

「わかったわかった。やる気があるならいいんだよ。ま、とにかく今は目先の鎮軍だ。あいつらを退けることが俺らの伝説の始まりだぜ。鎮軍をぶっ倒してやろうぜ」

「おう!」


 鎮軍との争いに疑問を持った盗賊が頭目に丸め込まれた頃、バンガオが槍を手に嬉しそうな顔で戻ってきた。


「けっこう来てたぜ! 二百人くらいいるぞ! しかも騎兵ばかりだ」

「騎兵? マジかよ」

「おそらく歩兵は遅れてやってくる。それにしても少し妙だな。ちょっと規模が大きい。郷長の言い草ははったりだと思っていたんだがな。騎兵二百って事は、もしかしたらこの郷に守るべき何かがあるのかもしれん。動きも悪くなかった」


 ざわめきが郷の外に湧き立った。


「お。始まるか?」


 突然、ひどく大きな声が遠くから響いてきた。

 

「投降せよ! 逃げる場所などない!」


 自信と威圧感に満ちた声だった。

 盗賊達が怯えつつ一人怯えてないバンガオのあとを続いて怖いものを遠望するように動いた。俺も姉の手を引っ張ってそれに付いていった。


 俺たちは皆建物の影からこっそりと郷の外を眺めた。


 先頭のバンガオひとりが平気な顔だった。顎を撫でながら、


「なかなかに立派な口上だな」

「ど、どどどどどどうします?」

「落ち着け馬鹿」


 バンガオはトイレでも行ってくるような気安さでひょいと槍を肩に担ぎ、


「行ってくらぁ」


 といって投降を薦める軍のもとへ出ていった。


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