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22 蜘蛛の子を散らしました。


 郷長が叫んだ。


「皆、訓練通りに逃げよ!」


 え?

 マジ?

 振り返ると矢を放った郷の大人も弓さえ放り出して逃げ出していた。

 郷長も身を翻して逃げ出した。


 マジだった。


 信じられなかった。だが混乱していながらも混乱した脳は周囲に同調してしまって、俺も姉と一緒に慌てて逃げ出していた。


「に、逃がすな! あのガキを逃がすなァ!!!」


 なぜか盗賊の中から飛び出してきて元気に俺たちを追いかけ始めたのは盗賊サンだった。ちょっとボールの役をさせられて投げられたくらいでずいぶん心が狭い奴だった。


 俺一人なら逃げれたと思う。だが何を思ったのかカイザが俺と姉を両脇に抱えると駆けだした。

 だがさすがに重すぎたのか二十メートルほど走ったところで騎馬に乗った盗賊に回り込まれてしまった。

 十騎以上の騎兵に完全に周囲を囲まれた。

 逃げられなかった。

 俺はカイザの脇から降りて戦う体勢になった。二人を守って戦うつもりだったが、それが出来るとは思えなかった。

 カイザは武器代わりの鍬を構えながら、


「あ、アルカス、一人だけでも逃げろ。お前ならできる」

「そんなのイヤですよ」

「いいから父親の言うことを聞け! フィリアのことを頼む!」

「だからイヤですって!! 生き残ってあとで叱ってください」


 俺はとにかく最初に近づいてきたものを絶対殴り殺す覚悟で構えた。

 あっという間に徒歩の盗賊団もやってきて囲まれた。十メートル以内はカイザと俺が威嚇するから近寄ってこないが。完全にニヤニヤ笑いながら、俺の攻撃範囲に入ってこないようにぐるぐる回っている。たまに槍や剣で俺を切りつけてくる。その度に俺は必死に姉を守った。お陰で俺とカイザは傷ついてあちこちから血が流れていたが、姉はまだ傷はない、はずだった。姉は俺に守られながら泣いていた。

 傷つきながらも包囲を解く方法を考えていると、突然、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 と奇声を発しながらカイザが鍬を振り回しながら盗賊に飛びかかった。


「父さん!?」

「逃げろ!!」


 こちらも見ずにそう叫ぶカイザの身体に剣と槍が次々と突き刺さった。そのすべてを巻き込みカイザは前に進んだ。俺たちが逃げ出せるよう包囲に綻びを作ろうとしているのだとわかった。

 カイザがさらに三歩進んだ。

 血を吐いた。

 首をねじ曲げて俺たちを見た。


「母さんを……頼むぞーー」


 そう言って事切れた。

 マイアが悲鳴を上げた。

 俺もショックだった。俺にとってカイザは間違いなく父親だった。いい父親だった。その彼が無駄死にした。そしてそれを何も出来ないまま俺は見ているだけだった。無力感が俺を苛んだ。

 輪の中から一人が歩いて出てきて、動かなくなったカイザの身体を蹴飛ばした。

 俺は涙でにじむ視界でそいつを睨んだ。

 そいつは俺が手が届かないギリギリの場所で立ち止まり、下品な笑みを浮かべた。

 盗賊サンだった。

 盗賊サンはマイアを見て、


「やっぱ美人じゃねぇか。高く売れるぜ」


 俺の背中に触れるマイアの手に力が入ったのがわかった。恐怖を感じているのだと思った。姉が恐怖を覚えたことに俺は目がくらむような怒りを覚えた。

 百対一だととても勝てる気がしなかったが、せめて目の前のこいつだけでも首をねじ切ってやろうと飛びかかりかけたところで、


「やめろ、チロ!」


 と低いが鋭い声が聞こえてきた。全員が動きを止めた。俺も動きを止めた。

 バンガオが輪の外から怒鳴ったのだった。

 一声で全員が動きを止めた。さすがだった。

 チロと呼ばれた盗賊サンの顔色が変わっていた。


「あ、いや……その」


 怯えた感じでキョロキョロと救いの声を探したが、誰も答えがないまま、バンガオが輪の中に入ってきた。盗賊達が気圧されたようにバンガオと距離を取った。チロだけが立ち尽くしていた。バンガオが頭一つ分低いチロを見下ろした。


「俺の目の前で女子供に手を出すな」


 チロは返事ができなかった。すると頭目も輪の中に入ってきて、


「おいおい、兄弟。そりゃねぇだろ。仕事だよ。それが俺らの仕事」

「関係ない。俺の目の前では許さん。イスカンダル将軍が生きていたらそんなことは絶対に許さん。当然、俺も許さん……だが俺は万能ではないから、俺がわからないようにするのなら文句は言わん」

「ふむ」


 頭目が俺と姉をじろじろと見た。姉に向けられる視線の粘度が高くて思わず握りこぶしに力が入った。

 それからバンガオを見た。

 頭目は頭をかき、自分の顔を両手で何度も擦り、それから諦めたように言った。


「……しゃーねぇか」


 そこで俺は意を決して言った。


「待て」

「あん、なんだ?」

「俺と一対一で決闘しろ! 俺が勝ったら郷にも姉さんにも手を出すな!!」

「……」

「なんとかの鷹とか名乗るくらいえらそうな盗賊団が十歳のガキにビビってるのかよ!!? 俺に勝てる自信が無いのか!?」


 頭目は頬をかいて、チロを見た。チロはぶんぶんと首を振った。

 肩をすくめて頭目が部下の顔を見渡していると、


「俺がやる」


 スーパープロレスラー・バンガオが進み出た。最悪だが想定内だった。バンガオは「女子供に手を出すな」と言っていたし子供を本気で攻撃できるとは思えなかった。

 まっとうに戦えば絶望的だが、油断をしてくれればチャンスはある。

 俺は胸を張って答えた。


「よし。こいつをぶっ倒すからちゃんと約束は守れよ?」


読んでいただいてありがとうございます。GWが終わって辛い……。

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