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18 怪物。


      @


 あとで聞いた話である。


 旅人と偽って郷に入ってきた盗賊団の斥候役--アルハドは剣を構えながら愕然としていた。


 目の前のどう見ても十歳前後、選抜の儀前のガキが、恐るべき量の幻力(ルン)を操っていたからだった。

 幻力(ルン)は法術のもととなるエネルギーである。自らの身体のうちにあるエネルギーと座からもたらされるエネルギーを混ぜたもので、この世界の戦闘技術の根幹だった。


 幻力(ルン)は効率的な出力法が確立されており、法術と呼ばれている。だが目の前のガキは幻力(ルン)をそのまま使っていた。しかもどういう理屈なのか幻力(ルン)に回転力が付いていた。あり得ないやり方だった。


 アルハド自身は幻力(ルン)と法術を軍で習った。


 盗賊団の一員であるアルハドは南の郷の出身で、選抜の儀で治癒の祝福を得て軍に入った。治癒の祝福は他者に向けるものと自分にのみ力を及ぼすものの二種類あり、他者に向けるものを得た場合は天使庁に、自分にのみ力を及ぼすものを得た場合は軍に所属するのが通例だった。祝福が自分にのみ力を及ぼすものだったアルハドは当然軍に所属したのだが、その過酷な訓練と実戦の死の恐怖から三年で逃げ出した。ちょうど大規模な盗賊討伐の途中であったため、そのまま討伐先の盗賊団に入った。


 それから二十年、アルハドは盗賊団として暮らしてきた。


 アルハドがこれまで見てきた人間達、盗賊団の者達はもちろん、国軍の将軍でさえも、目の前の少年より幻力(ルン)の量で劣っていた。


 信じられねぇ、とアルハドは思った。


(このガキがマジで選抜の儀前なら……こいつの(スローン)にいるのはとんでもない大物だ。気の大きさから獣系。少なくとも魔獣クラス。名前付き(ネームド)かも知れねえ……いや、神獣だってあり得るぞ)


 選抜の儀前に(スローン)に何かが棲み着くのは普通である。そもそも生まれたときに(スローン)は何者かに占められる。選抜の儀はあくまでその何かを認識し覚醒させる(起こす)だけだ。


 だが覚醒前にこれほどの幻力(ルン)を発するのは異常だった。覚醒したら一体どれほどのことになるのか。法術を覚えたらどうなってしまうのか。


 アルハドの口の中はひどく乾いていた。


 軍にいた頃の実戦中の恐怖が突然蘇ってきた。


 アルハドは自らの幻力(ルン)(スローン)から引き出し身体に巡らせた。これで頭を吹き飛ばされでもしない限りそう簡単には死ななくなった。治癒の祝福の効果だった。


 相手の幻力(ルン)は異常だが、ひとつ安心できる要素があった。素手だ、という事実だった。強力な軍人は幻力(ルン)を武器に流し込んで、攻撃力を馬鹿みたいに跳ね上げる。そういう技術があり、実際(スローン)に獣が棲む幹部候補生達はその技術を教えられる。


 武器がないと言うことは目の前のガキはその技術までは知らないと想定できた。だがこういう化け物は何かの切っ掛けに誰にも教わらずに(・・・・・・・・)使い出したりするものだ。


 そうなる前に殺す。


 アルハドは意を決して、大きく踏み込み、腰を据えて剣を振るった。軍で教わった正式な剣技であり、軍から逃げたあとも練習を続けてきた動きで、毎日これだけは手入れを欠かしてない剣が吸い込まれるようにガキの首筋に伸びた。


 今回も硬い岩をハンマーで叩いたような感触で弾き返された。しかもアルハドの剣はただ跳ね返されたのではなく、再び捻れたようなベクトルを与えられていた。お陰で手首をひねって剣を落としかけた。


 驚愕するアルハドの懐にガキがするりと潜り込んできた。


 反射的にアルハドは全幻力(ルン)を腹に集めた。


 次の瞬間、肘打ちが来た。


 みぞおちで爆発が発生したと思った。爆発は激しい捻れを伴っていた。

 ガキの|幻力(ルン)はアルハドの幻力(ルン)を回転ではじき出しながら、アルハドの身体にたどり着き、そのままアルハドをへその辺りを中心にぐるぐる回転しながら十メートル近く吹き飛ばした。


 アルハドは岩だらけの地面をあちこち怪我しながら転がり、なんとか勢いが止まったあと、決死の覚悟で立ち上がった。

 ふらふらと身体が頼りなく揺れた。

 肘打ちを受けたみぞおちを抑えた。治癒の祝福を最大に使う。痛みがゆっくりと消えていく。


 アルハドはホッとした。内臓が爆発したかと思った。


 だが、これで死なないはずだ。自分の祝福が治癒でなければ死んでいただろう。


 だが、今のを頭に受けると、祝福を使う意識が消えて無くなる。つまり死ぬ。


 ガキは立ち上がったアルハドに驚き、警戒したように近づいてこなかった。


 アルハドは、死に物狂いで平静を装い、運良く握ったままだった剣を十メートル離れたガキに向けながら、懐を探った。


 これ以上自分の命を掛け金に賭けをする気にはなれなかった。


 アルハドは木片を取り出し、それを口に当て、吹いた。息を吸うのも吐くのもギリギリだった。


 金属音に似た音が荒れ地に響いた。それを三回。


 すぐに森の方から反応があった。同じ笛の音が四回。


 アルハドはようやく落ち着いた。


「……危ないところだったぜ」


 油断なく幻力(ルン)を使うガキに剣を向けながら周囲を見回した。


「これで仲間がすぐに来る」


 ガキが目を見張った。

 アルハドは必死に笑みを浮かべてみせ、


「仲間は強いぜ?」


 その日、近隣最大の盗賊団--ジルガンの鷹が西の小さな郷を襲った。



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