囚われの少女
訓練をサボった僕は今王城の地下を探索すことにした。
献身的な静乃は訓練前にわざわざ部屋に迎えに来るのでサボるにしても部屋でごろごろしてるわけにはいかない。だから最近は僕らがお世話になっている王城内を探検するようにしてる。地上はあらかた探検し尽くしたし、訓練ギリギリまで僕を探し回ってるであろう静乃とばったりで食わす可能性がある。実際、三日前にでくわしてそのまま訓練場まで連行されたし。というわけで僕は今地下に侵入している。無許可で。
一応宝物庫とかもあるらしいので入るのはそれなりに手間取ったが、地下といっても遺跡みたいな古ぼけた埃っぽい感じではなく掃除も行き届いている。
が個人の部屋以外は基本的に自由に出入りできた地上階とは違ってほとんどの部屋には鍵がかけられている。これでは探索していても面白みがない。
いいかげん埒が明かないのでどこかの鍵をこっそり開けてしまおうかと思ったその時突き当たりの壁に違和感を覚えた。近づいてみるとそこだけ壁についた小さな傷が不自然にずれていた。軽く押してみる意外なほどあっさりと壁が回転し奥にある空間へ誘われる。
そこはいかにもいわくありげなある意味期待通りの空間であった。壁や天井に至るまで古びた黄土色の煉瓦造りでまさに隠し遺跡といった風情だ。とはいってもそこまで広い空間というほどではなく道はさらに下の階へと伸びる階段が一本あるだけ。あかりもないためその深淵は見通せない。
その上階段にはびっしりと魔法陣が刻まれている。図書館で気まぐれに読んだ本に書いてあった。これはおそらく誰かが踏んだ途端に起動するタイプのトラップ。正規の手順で進むためには特定の詠唱で正しく魔力を流して一時的にトラップを解除する必要がある。
僕はその決まった詠唱とやらは知らないし、そもそも魔力を持ってないので魔方陣の機能を停められない。なので床に刻まれた魔方陣と魔方陣のほんのわずかな隙間につま先立ちしながら歩く。かなり無理な体勢な上に途中から壁にもトラップが現れ始めて手をつくことすらできなくなったがフミ姉のスパルタ教育を受けた僕の敵じゃない。
しばらく歩いていると廊下の角にいかにも何かありそうな鉄の扉があった。扉につけられた閂を鎖でぐるぐる巻きにして南京錠で固定している。ただでさえ隔離されたこの空間においてさらに厳重に隔絶するかのように明らかに異質な扉だ。
僕は扉の前で暫し悩む。探検という目的を考えればここは当然開けるべきだろう。しかし、開けた瞬間に凶悪な魔物とのガチバトルが開始することだって充分あり得る。僕はそんなアグレッシブな異世界生活をしたいわけではない。フミ姉のせいというかおかげというかでそれなりに強い自覚はあるが避けられる戦いはできるだけ避けた方がいい。自惚れは寿命を縮めるというのはフミ姉の言だ。よってここは開けないのが、賢い選択なのだろう。
とか考えかながら僕は手刀で南京錠を破壊してた。しょうがないだろう?こんなあからさまに何かありそうな扉を前にして背を向けて帰れるような性格はしてない。僕だって男の子なんだ。しかし我ながら、いくらある程度劣化しているとはいえ南京錠を素手で破壊するとは、もうフミ姉のことを言えないかもしれない。まあ、あいつの教育が悪いのだが。
伝説の剣でも眠ってないかなとか考えながら手早く鎖と閂を外して意外に重たい扉を押し開ける。
そこにいたのは危惧していた凶悪な魔物でも期待していた伝説の剣でもなく一人の少女だった。四肢を鎖で地面に繋がれており白いボロボロのワンピースのようなものを纏っただけの姿でぐったりと地面に寝そべり死んでるような目でぽーっと虚空を見つめている。陶器のように白い肌に全てを吸い込む蒼穹のような碧眼。まだ幼いのかそれともろくなものを食べてないのか四肢は枯れ枝のように細く小柄な僕よりも20㎝くらい背が低い。長く監禁されていたのか伸びきってあちこちにはねてる髪の毛は少し肌色っぽい白色で目を凝らさなければ髪と肌の境目が分からない。ある意味非人間的とすらいえる程整った顔立ちで、僕はただ漠然と綺麗だと感じてその容姿に見とれた。
暫くして少女がその宝石のような瞳をこちらに向けた。そしてその花弁のような小さな唇を開く。
「助、けて」
弱々しく、されど自然と心に響くような美しい声音。それだけで少女は僕の心をつかんでいた。その幻想的な姿に惹かれて思わず一歩踏み出す。
冷静に考えればかなり危険だったと思う。こんなところにいる少女が普通であるはずがない。しかしなぜか僕はこの少女を無視することはできなかった。
それほどまでに僕はこの少女の姿に呑まれていた。
「どうして、こんなところにいるんだ?お前も何か、罪を犯したのか?」
「違、う・・・私・・何も・・・悪いこと、してない。本当に・・・信じて。」
か細い声で途切れ途切れに少女は答える。ちょっと聞き取りづらい。だが言葉を選ぶ余裕がないくらい必死に訴えってきてるのはわかる。
部屋の中に足を踏み入れ少女に歩み寄る。
恐らく誰かと会話をするのは久しぶりなのだろう。たったこれだけの事を喋るだけで少し息切れを起こしている。少し聞き取りづらいが一応言ってることは分かった。
僕は少し迷った。本当の話だとしたら哀れな運命だ。助けてやりたいとは思う。しかし、助けるならそれ相応のリスクを負う覚悟がいる。
彼女を連れ出した後の状況を想像する。
もしこの話が嘘なら少女を連れ出せば罪人の逃走幇助。立派な犯罪だ。真実だとしても捉えているのはそれ相応の事情があるはず。まず間違いなく、王国は敵にまわるだろう。
神の使徒から犯罪者がでたら神徒の騎士団の立場は危うくなる。だがエルシアナ王国は神徒の騎士団を切り捨てることはできない。すでに他の四か国にも使いをだし神の使徒とその絶大な力を広く喧伝し、英雄の凱旋パレードまで用意しているのだ。今さら「やっぱ、こいつら人違いだったわ。」なんて言えるはずがない。
しかし、他国は容赦なく疑いの目を向けるはず。ならばどうするか?
僕が王国の立場なら魔力0という僕の異常性を利用する。
神徒の騎士団がそれぞれとてつもない魔力を有している中でどういうわけか魔力を持たない僕の存在は異端だ。
よって「神徒の騎士団が偽物だった。」ではなく「神の使徒にたった一人異端の裏切り者が混じっていた。」ということにするのが王国にとって最善。それを証明するためには神徒の騎士団自身で僕を捕縛あるいは粛清するのが都合いい。
したがって神徒の騎士団と同郷の仲間と真っ向から戦うことになる。
ああ、どうしようもなく、好都合だ。
「分かった。お前を助けてやるよ。」




