レミアの名案
宿の部屋に入るや否や僕はベッドに腰掛け一つため息をついた。ルリは不安そうな、レミアは険しい顔をしている。総じて重い雰囲気だ。
「あの男の差し金じゃないでしょうね。」
レミアは不機嫌そうに疑念を口にする。
「いや、だからあいつはもう大丈夫だって。」
流石にこの状況をロビンが仕組んだというのは考えすぎだろう。だとしたらすぐにでも神徒の騎士団が襲いかかってきたはずだ。それにロビンにはもう僕らに敵対する意思も理由もない。
「まあそのことはもういいわ。で、どうするの?今あなたのお友達と鉢合わせるのはまずいでしょ?」
レミアも本気で追求してるわけではないようで、現実的な対処に話題を移す。
彼女の言う通りかなりまずい状況だ。別に神徒の騎士団を相手にするのはやぶさかではないのだが今はタイミングが悪い。戦って勝つのは可能だがその後に逃げ場がなくなる。騒ぎを起こせば国境を越えさせてはもらえないだろう。何らかの事情聴取を求められるはずだ。
かといってリビルの外に逃げるわけにもいかない。エルシアナにとどまっていれば人海戦術を駆使されいつまでも逃げ切れないし、追ってを撒きながら密入国するのはさらに難易度が高い。最悪の場合は行先の国の兵士も加わって追手が2倍になる。
「こんなことなら雫あたりには話して何かしらの連絡手段を準備しておくべきだったか。」
僕は頭を抱えて今さらな後悔を口にする。彼女なら話がわかるはずだし、リーダーの一ノ瀬の幼なじみで発言力も高い。協力を取り付けておけばそれとなく逃走をサポートしてくれただろう。半分以上なり行きで飛び出してきたのでそんなことまで考慮する余裕はなかったのだが。
「ひとまず明日一日はおとなしくしておくしかないですね。」
ルリが悲しそうに消極的な案を出す。だが実際問題そうするほかない。お祭りを楽しんでいたルリには悪いが明後日の出発まで万に一つも見つかるわけにはいかない。宿にこもるのが最も安全な選択だ。
「そうだよなぁ。」
他に代案も出せなくてはうつむいて嘆息するしかない。
「そうでもないわよ。」
しかし意外なところから反対の声が出た。見るとレミアが自身ありげに腕を組みながら胸を張っている。
「私に名案があるわ。」
そう言う彼女は悪女のような微笑みを浮かべてるように見えたのは気のせいだろうか?
翌日。
「何じゃコラァーーーーーーーーー!!!!!!」
気のせいではなかった。
洗面台の鏡の前に立った僕の絶叫が宿の一室に響き渡る。そこに写っていたのは睫毛とシャドウで引き立てられたパッチリした目に毛穴一つ見えないきめ細かい肌とほんのり朱を挿した唇。要は僕の顔は化粧を施されいた。
「あら、ステキよ悠一。」
「ご主人様、美人さんです。」
レミアは笑いを堪えながら、ルリは本気で感激した様子で褒め言葉をくれる。だが状況は依然として飲み込めない。朝起きてなにやら意味ありげに微笑む二人に誘導されて鏡の前に立ったら既にこうなっていた。
呆然と立ち尽くす僕にレミアが黒髪ストレートのウィッグをかぶせる。こうなるとどこからどう見ても女の子にしか見えない。
「何してんだよ!?」
「だってご主人様ぐっすりでしたから。」
「こっそりお化粧したのよ。」
二人の少女は顔を見合わせて「ねー」と頷き合う。楽しそうだなお前ら。
「そうじゃなくて何でこんなことしてるのか聞いてるんだよ!」
「それはもちろん変装よ。」
うん、まあ、何となくは分かってたけどね。
確かに神徒の騎士団もまさか僕が女装してるとは考えるまい。顔の造形は変わっていないため血眼になって探していたらバレるかもしれないが、偶然すれ違ったくらいでは分からないだろう。
「ていうか声とかでバレるだろ。」
「それはほら、何とかしなさい。」
「理不尽だな!こんな感じか。」
僕はダメもとで裏声を出してみる。これで無理なら諦めてくれるだろう。
「あら意外とイケるじゃない。小声なら多分バレないわ。」
「てきとう言うなよ。」
「ホントよ、ホント。じゃあつぎはこれに着替えて頂戴。」
そういってレミアは女性ものの洋服をわたして来る。昨晩なにやら一人で出かけて大きな紙袋を持って帰ってきたと思ったらこれを準備していたのか。
「おい、待て僕はまだ・・・」
「よかったわね、ルリちゃん。これで今日もお祭りを楽しめるわよ。」
「はい!ありがとうございますレミアさん。」
無邪気に万歳してるルリの頭を撫でながらレミアは「で、どうするの?」と言わんばかりの視線を向ける。それはそれは悪い笑顔で。
「覚えてろよ。」
ルリの笑顔を守るため僕は渋々、それはもう苦渋の決断でレミアの案を承諾する。
レミアが用意して女装用の服は紫陽花色のセーターと紺色のミニスカートだった。
「何でこんな短いんだよ!」
少しでも生地が伸びないかと膝上までしかないスカートの裾を引っ張り無駄な抵抗をする。もちろんそれで長さが変わるわけでもない。股間がスースーする。
「いいじゃない。あなたすね毛そんなに生えてないから足出しててもバレないわよ。一応剃刀も買ってきたから剃るわよ。」
「そう言うことを心配してるんじゃない。ってか剃るな剃るな、自分でやる。」
股下にしゃがみ込んだレミアから剃刀を奪い取って緊急離脱。距離をとって牽制する。
「あらそう、残念。」
そういってレミアはあっさり引き下がった。空いた手でルリの髪の手入れを始める。
「そういえば、ルリも変装してるんだな。」
「はい、昨夜レミアさんが一緒に買ってきてくれたんです。」
今までのやり取りで気に留める余裕もなかったがルリの服装もいつもとは異なっていた。黒を基調としたドレスにフリルがあしらわれた白いエプロン、いわゆるメイド服というやつだ。
「お忍びで旅行にきてる貴族の姉妹とその付き人っていう設定よ。そういうわけで、よろしくねユーリお姉ちゃん」
レミアは女装バージョンの僕の偽名を呼び、自身ありげな笑みを浮かべる。その声は揶揄うような色を含んでいるが、どこか頼もしさを感じさせられた。
ルリの髪を櫛で梳き終わり、癖のある長い髪を手でいじり始める。程なくして三つ編みに結えられた髪を左肩にかける。前髪を留めておでこを出して最後にフリフリのカチューシャをつける。髪型が変わりだいぶ大人びた印象になったルリがトドメに黒縁の丸メガネをつける。
「ご主人様、どうですか?」
「ああ、とっても似合ってるよ。」
ルリがコテンと首を傾げる。いつもより大人びた姿でいつも通りの可愛い仕草に思わず心臓が跳ね上がりついぶっきらぼうに返してしまう。それでも、ルリは褒められて嬉しそうに花が綻ぶような笑顔を見せる。
「と・に・か・く、これで神徒の騎士団がいても堂々と外を歩けるでしょ。私に感謝してよね。」
見つめ合う視線を両手で分断するようにして、レミアが不機嫌そうに割り込んでくる。
彼女が自己評価通りの冷酷な女なら誰よりも強く安全策を主張した筈だ。しかし実際には昨日あんなに言ってたルリの気持ちも蔑ろにせず、僕の都合もルリの希望も同時に解決して見せた。本当に頼りになるやつだ。
きっと、色々考えて、考えて、考え抜いたうえで用意してくれたのだ。ならば僕もその気持ちには応えるために多少の羞恥心は捨てるべきだ。たった一日スカートを履くくらいどうってことない。
「ありがとな、レミア。」
素直な気持ちを口にする。レミアはなおも不機嫌そうにそっぽを向いたが口の端が緩んでいるのは隠し切れていなかった。
「まあ、女装は半分以上私の趣味と悪ふざけだけど。」
「台無しだよ!」
お読みくださりありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。




