甘さ
砂地の道を二匹の馬が力強く駆ける。車輪が小石を踏むたびにガタガタと揺れる車内は快適とは言い難い。しかし馬車に初めて乗る身としてはこの不快感も旅の風情と思える。
隣に座るルリも振動を楽しむかのように体を揺らしてる。まるで初めての旅行に浮かれる子供のようだ。初めの町までは徒歩で森を踏破するというまさしく逃避行といった体裁だったがようやく旅らしい旅になってきて道程を楽しむ余裕が生まれたようだ。
しかしその様子とは対照的に向かいの席に座るレミアは不機嫌そうにソワソワしていた。腕を組み足を貧乏ゆすりさせている。
「なぁ、お前もいい加減機嫌なおせって。」
「別に不機嫌というわけじゃないわ。ただ、あの男が用意した馬車よ。何か仕掛けられていてもおかしくないわ。」
レミアが言うようにこの馬車はロビンが手配したものだ。迷惑をかけたせめてもの詫びにと冒険者としてのつてを使って評判の良い御者に声をかけ運賃まで負担してくれた。
「あいつはもう大丈夫だっていっただろ。」
「へぇ、私たちを都合よくおだてて利用した挙句、いきなり襲いかかってきた男の何が"大丈夫“なのかしら?」
軽く嗜めてみるもトゲのある声で返される。これは相当怒ってるな。
あの後僕はロビンに旅に同行しないかと申し出た。しかし結果的にロビンがついてくることはなかった。理由は主に二つ。ロビンじしんが自分にはその資格はないと言って辞退したこと。そしてもう一つはレミアが大反対したこと。
「襲いかかってきたのは、ほら、正気じゃなかったって言うか・・・・」
「じゃあ騙していたのは?あれも正気じゃなかったのかしら?正気って一体なんなのかしらね?」
レミアはため込んだ不満を爆発させ、畳み掛けるように言葉を並べる。
「だいたい貴方は甘いのよ。あそこまでされたらお返しに身ぐるみ全部奪ってもバチは当たらないわ。」
「いや、それやると僕らの方が強盗みたいじゃないか。」
「そもそもからして関わる必要のない相手だったのよ。カッコつけて首突っ込んで、それで散々な目にあってるんじゃない。」
「それは、うん、ごめん・・・」
「それに忘れて無いでしょうね。あの時私がいなかったらあなた、死んでたわよ。」
ぐうの音も出ない。確かに決着の時レミアの絶妙な援護射撃がなかったら、間違いなくの僕の首が先に落とされてた。
勝利を確信して油断していたのもある。ロビンの身体能力が異常だったのもある。だが一番の原因は僕がロビンを殺すのを躊躇ったことだ。
「悠一、あなたは確かに強い。魔法が使えないと言うハンデを差し引いても、あなたに勝てる人間は数えるほどしかいないでしょうね。でも戦いっていうのは一回負けたら基本そこで終わりなの。どんなに強さがあっても環境や運によって、装備や人数の差によって、そして土壇場での甘さによってその一回を引いてしまうかも知れない。 それが戦いなの。あなたのその甘さはいつか必ずあなたの命を奪うわ。」
射すくめるように瞳を覗き込まれ思わず顔を伏せてしまう。責めているようで、その実心から僕のことを案じるが故の言葉。だからこそ何も言い返せない。
「でも・・・」
思い返す。涙に濡れたルリの瞳を。そこに映った恐ろしい顔を。
「僕は人を殺すことが正しいことだとは思えない。」
こんな言葉でレミアを納得させられるとは思ってない。じゃあ何が正しいのかという答えも僕は持ってない。だが僕は絞り出すようにそういうことしかできなかった。
レミアもそのことは分かっているのだろう。満足したわけではないようだが、それ以上は何も言わなかった。やがて諦めるように溜息をつく。
「はぁ、分かったわよ。別にあなたをいじめたいわけじゃないの。だからそんな顔しないで頂戴。あなたの詰めが甘い分は私がフォローするわ。」
「恩に着るよ。お前がいてくれてよかった。」
「全く、調子いいんだから。でもその代わり余計な戦いはしないこと。あなたは別に無敵じゃない。手に負えないこともあるっていうのは理解しなさい。」
「分かった。これからはもう少し慎重になるよ。ロビンの提案に乗ったことは結果的には後悔はしてない。けど反省はしている。」
僕の答えに一応は納得したようだ。レミア瞑目してもう一度深いため息をついた後、横長の座席に寝そべった。
「少し眠るわ。ついたら起こして頂戴。」
寝つきがいい方なのか揺れる車内にも関わらず、そう言った後すぐにスヤスヤと寝息を立てる。車内に沈黙が降りる。
気分は重苦しく沈んでいて馬車の旅を楽しむどころではない。けれどレミアを責める気は起きない。これは必要なこと。そして彼女の心から僕のためを思った言葉だと分かるから。
隣で不安げな表情でハラハラしながら見守っていたルリを安心させるようにそっと撫でる。ルリはくすぐったそうにはにかんだ。心配そうな色は消えてないが気まずい空気が幾分かマシになる。
「ありがとう、レミア。」
すでに夢の中のレミアに聞こえているかはわからないが一言だけ呟いた。
お読みくださりありがとうございます。
しばらくぶりの投稿となってしまいましたが楽しんでいただけたら幸いです。




