化け物
ん?
ごそごそと腕の中で何かが動く気配がして意識が浮上する。覚醒と同時に寝る前に抱いていたぬくもりがないことに気づく。あたりを見回すと洞窟からでてどこかへ向かおうとするルリの姿が見えた。
外はまだ暗く月も大きくかけていて明かりとしては心もとない。放置するわけにいかずルリの後を追いかける。
「何してるんだ?」
「ご主人様・・・」
幸い遠くに行く前に見つけることができた。
声をかけるとルリは驚いた様子で振り返る。
「こんな夜中に一人じゃ危ないだろ。何か用事があるなら僕も一緒に・・・あ、その、必要ならレミアを起こすけど。」
用を足す等であれば僕がついていくわけにはいかない。
配慮に欠けていたと反省しながらひとまずルリに近づく。しかしそれに合わせるようにしてルリは数歩あとずさった。
「来ないでください。」
震える声で拒絶された。愕然として思わず足が止まる。
「どうしたんだよ急に・・・」
頬が引きつっているのがわかる。自分でも驚くくらいルリの拒絶は衝撃的だった。
そんな僕にたいしてルリはいたたまれにような表情で俯いた。
「私ずっと自分の境遇が理不尽だって思ってたんです。なんで私がこんな目にって、私は何もしてないのにって。ずっとずっと周りの人たちを憎んでいました。」
「当たり前だろあんな扱いをうけてだれだって許せないに決まってる。」
「はい、確かにそうです。私の感情が間違っていたとは言いません。でも同時に私に対する扱いだって決して理不尽ではなかったんです。」
「何を言ってるんだ!?お前にだってまっとうに生きる権利があるだろ!」
うすうすルリの言いたいことが分かった。その先を聞きたくなくてルリの肩をつかみ必死に訴えかける。
一筋の涙がルリの頬を伝い落ちた。
「この姿を見ても同じことが言えますか?」
途端、ルリの姿が一変した。髪は豪奢な金色に、瞳は血のような赤に。その変化に合わせ大地が揺れ木々がざわめく。
予期せぬ衝撃に踏ん張ることもできず尻もちをつく。体が本能的な恐怖に震えている。
僕を見下ろしながら瞳は涙にぬれ、口元に諦観の笑みを浮かべてルリはぽつぽつと言葉を吐露する。
「私は本当の本当に正真正銘の化け物なんです。いまの私ならご主人様だって簡単に殺せてしまう。そんな力を私は制御できてないんです。そんな存在、怖い、ですよね。」
なげやりのようなルリの言葉。それに対し震えを自覚しながらただただ否定する。
「違う、僕はそんな・・・」
「やめてください。私が一番わかってるんです、自分がいちゃいけない存在だってことは。」
「違う。」
「生まれてくるべきじゃなかった。幸せを望むなんておこがましかった。」
「違う。」
「もう自分自身が怖いんです。早く死んでしまいたい。」
「違う、違う、違う。」
いやいやと首を振り、跪いてしがみつくような無様な姿勢でルリを抱きしめる。
何を言えばいい?どうすればルリの心を救える?上っ面の否定ばかりしても結局僕が恐怖を抱いている事実なのだ。今のルリの言葉を真っ向から覆せる論理を僕は持ってない。
「化け物は僕のほうだ」
僕にできるのは自分の心をぶつけることだけだ。
「遺跡でのこと覚えてるか?あの時僕はお前をさらったやつをひどく憎んで、許せなくて、そして殺そうとした。それだけじゃないロビンのことだって一度は殺そうと考えた。
目的のために敵の命に勝手に見切りをつけて、でもそれが戦いだからしょうがないって割り切れる僕はそんな人間だ。」
なんの生産性もない自分語り。ルリの言葉に何一つ応えちゃいない。ただでさえ追い込まれてるルリにこんな僕の懊悩まで押し付けるのは間違ってるのかもしれない。だが一度はいた言葉の奔流はどうあっても飲み込むことはできない。
「お前が居なかったら僕はどこまでも外道になっていた。お前が迷うことを思い出させてくれたから僕は人でいられた。それはもしかしたら弱さなのかもしれない。そのせいで間違えることだってあるかもしれない。でも、でもお前は、そんな僕のほうが強いってそんな僕のほうが好きだってそう言ってくれた。
僕はお前が思っているような無敵で最強のヒーローなんかじゃない。この先結局仕方ないで誰かを殺すかもしれない。それでもお前がいてくれたら僕は自分のあるべき姿を思い出せる。
だから、そばにいてくれ。」
真紅の瞳が見開かれ、肩が小刻みに震える。
「私はあなたを殺してしまうかもしれません。」
「けど、お前が居なかったらどのみち如月悠一は死んでしまう」
「怖くないんですか?私の力が。」
「怖いさ。でもそれ以上に感謝している。」
「私を守ってくれますか?」
「もちろんだ。」
「私自身が死にたいと思っていてもですか?」
一瞬、言葉に詰まる。でも視線はそらさない。ゆっくりと慎重に忠実に思いのたけを言葉に換える。
「これがエゴなのは分かってる。お前を苦しめるのも分かってる。だけど僕はどうしてもお前が必要だ。だから命令する、世界がお前を拒んでも、お前がお前を嫌いでも、僕のために生きろ。」
拒否権は与えない。愛と呼ぶのもおこがましい一方的な所有欲。
ルリは喜怒哀楽の入り混じった表情で口をパクパクさせ、やがて嘆息し、結局は微笑んでくれた。
「なんですかそれ。何も解決してないし、何も変わってない。それなのに私の心だけしばって。ずるいです。」
「ごめん・・・」
「いいえ、大好きですご主人様。」
そっと唇が重ねられた。柔らかな感触にほのかな温もり。甘い吐息が口腔を満たし脳みそのすべてが幸福感に支配される。
誓いのキス。ふとそんな言葉が脳裏をよぎった。
「これが私の答えです。お望み通り私のすべてをあなたのために捧げます。だから・・」
ルリは言いにくそうに一度口ごもる。もじもじと頬を赤らめ、こつんと額を僕の肩に乗せた。
「だからあなたも私を特別に想ってください。」
僕はルリの頭にポンと手を置き「喜んで」と囁いた。
お読みくださりありがとうございます。楽しんでいただけたら幸いです。
次かその次ぐらいで一章が完結すると思います。




